ファンタジー文学「ハリー・ポッター」の魔法魔術学校で、最も難しい学問の一つは占い学だとされていた。担当の教授も「書物はあるところまでしか教えてくれませんの」と語っている◆人類は古くから、未来を透視しようと試行錯誤してきた。東京・丸の内で開催中の「ハリー・ポッターと魔法の歴史」展では、各地で使われていた水晶玉や魔術鏡などの実物が展示されている◆新型コロナウイルスの第6波は、どこまで拡大し、いつになったら収束するのだろうか。科学が発達した現代でも、未来を予測することは難しいようだ◆抗原検査キットが不足しているため、感染実態を正しくつかめているのかどうかもおぼつかない。オミクロン株は、これまで封じ込めが比較的成功してきた学校や保育園でも広がりがみられる。より感染力の高い別系統も見つかった。未知の怖さがある◆岸田首相は就任まもなく、第6波への備えとして、ウイルスの感染力がデルタ株の2倍になっても対応できるよう、病床確保などの医療体制の強化を指示した。予測の範囲内に収まっているのか、想定外を今、目にしているのか。
讀賣新聞編集手帳・2022/01/31
以下yahooニュースより
新型コロナ 日本・世界中で急激な感染者の増加 なぜオミクロン株は広がりやすいのか?

・上気道で増殖しやすい
・潜伏期が短い
・ワクチンや過去の感染による免疫から逃れやすい
讀賣新聞編集手帳・2022/01/31
以下yahooニュースより
新型コロナ 日本・世界中で急激な感染者の増加 なぜオミクロン株は広がりやすいのか?

・上気道で増殖しやすい
・潜伏期が短い
・ワクチンや過去の感染による免疫から逃れやすい
「南部の野山で/あけがたに/ずらりとそろって/カチャカチャカチャ/骨たちが踊る/カチャーシー」。沖縄在住の詩人、
芝憲子さんの詩「骨のカチャーシー」は、こう始まる。カチャーシーはテンポの速い沖縄民謡に合わせた即興の踊りだ▲太平洋戦争末期、激戦地となった本島南部には、犠牲になった沖縄県民や兵士の遺骨が残る。本土復帰を翌月に控えた1972年4月、夫の赴任に伴い沖縄に移り住んだ芝さんが、南部の山中を案内され遺骨を見た衝撃が、詩のきっかけとなった▲74年に出した同名の詩集のあとがきには「遺骨を見て、はじめて戦争というものが少しばかりわかったような気がした」と記している。50年前の詩は、詩劇になり、歌手のまよなかしんやさんによって歌われた▲それが今また注目されている。舞台の劇中歌に使われ、銅版画にもなった。政府が辺野古で進める米軍基地建設用土砂の調達候補地に、遺骨が残る南部を加えたからだ▲死者への冒とくだとして、遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんらから反対の声が上がる。沖縄はかつて本土防衛の捨て石にされた。そんな沖縄の歴史に寄り添う姿勢が欠けてはいまいか▲「でも俺たちはいつまでもここにいる/ここで殺されたと証明するために」。詩には死者の魂を思うこんなフレーズもある。「かき回し」に由来するカチャーシーは、喜怒哀楽をかき混ぜるという意味もあるという。骨たちは、いまどんな思いでカチャーシーを踊っているのだろうか。
毎日新聞余禄・2022/01/30

詩 「骨のカチャーシー」
南部の野山で
あけがたに
ずらりとそろって
カチャカチャカチャ
骨たちが踊る
カチャーシー
半分になった頭蓋骨ふりふり
苔の生えた足の骨曲げて
カチャーシー
これは俺の腕の骨ではない
でも今となってはどれでも同じ
どこの誰だか
気にするものなどいはしない
とにかく骨が集まって
踊ることだけが俺たちの楽しみ
みすぼらしい姿を忘れ
木の枝を踏み鳴らして
ひたすら踊る
カチャカチャカチャ
太陽が輝き出すと
草むらに横たわらねばならない
それから始まる長い長い一日
でも俺たちはいつまでもここにいる
ここで殺されたと証明するために
殺したやつらを忘れないために
やつらが今何をしているか知るために
簡単に拾われて
神社にまつられたりしない (英訳ここまで)
そのうち生きている人たちと踊るのだ
野山から街に繰り出して
俺の得意な三味線(さんしん)をかき鳴らして
島いっぱいにカチャーシー
そうなったら矢も楯もたまらなくなって
島までドッカドッカと踊り出すだろう
さぞ無様なかっこうだろう
明日(あす)の踊りを楽しみに草むらに横たわると
生きている人はのろのろと起きあがり
つらい昨日(きのう)を思い出す
それから始まる短い一日
(1974年詩集『骨のカチャーシー』、2021年『1/2』65号より)
芝憲子さんの詩「骨のカチャーシー」は、こう始まる。カチャーシーはテンポの速い沖縄民謡に合わせた即興の踊りだ▲太平洋戦争末期、激戦地となった本島南部には、犠牲になった沖縄県民や兵士の遺骨が残る。本土復帰を翌月に控えた1972年4月、夫の赴任に伴い沖縄に移り住んだ芝さんが、南部の山中を案内され遺骨を見た衝撃が、詩のきっかけとなった▲74年に出した同名の詩集のあとがきには「遺骨を見て、はじめて戦争というものが少しばかりわかったような気がした」と記している。50年前の詩は、詩劇になり、歌手のまよなかしんやさんによって歌われた▲それが今また注目されている。舞台の劇中歌に使われ、銅版画にもなった。政府が辺野古で進める米軍基地建設用土砂の調達候補地に、遺骨が残る南部を加えたからだ▲死者への冒とくだとして、遺骨収集ボランティアの具志堅隆松さんらから反対の声が上がる。沖縄はかつて本土防衛の捨て石にされた。そんな沖縄の歴史に寄り添う姿勢が欠けてはいまいか▲「でも俺たちはいつまでもここにいる/ここで殺されたと証明するために」。詩には死者の魂を思うこんなフレーズもある。「かき回し」に由来するカチャーシーは、喜怒哀楽をかき混ぜるという意味もあるという。骨たちは、いまどんな思いでカチャーシーを踊っているのだろうか。
毎日新聞余禄・2022/01/30

詩 「骨のカチャーシー」
南部の野山で
あけがたに
ずらりとそろって
カチャカチャカチャ
骨たちが踊る
カチャーシー
半分になった頭蓋骨ふりふり
苔の生えた足の骨曲げて
カチャーシー
これは俺の腕の骨ではない
でも今となってはどれでも同じ
どこの誰だか
気にするものなどいはしない
とにかく骨が集まって
踊ることだけが俺たちの楽しみ
みすぼらしい姿を忘れ
木の枝を踏み鳴らして
ひたすら踊る
カチャカチャカチャ
太陽が輝き出すと
草むらに横たわらねばならない
それから始まる長い長い一日
でも俺たちはいつまでもここにいる
ここで殺されたと証明するために
殺したやつらを忘れないために
やつらが今何をしているか知るために
簡単に拾われて
神社にまつられたりしない (英訳ここまで)
そのうち生きている人たちと踊るのだ
野山から街に繰り出して
俺の得意な三味線(さんしん)をかき鳴らして
島いっぱいにカチャーシー
そうなったら矢も楯もたまらなくなって
島までドッカドッカと踊り出すだろう
さぞ無様なかっこうだろう
明日(あす)の踊りを楽しみに草むらに横たわると
生きている人はのろのろと起きあがり
つらい昨日(きのう)を思い出す
それから始まる短い一日
(1974年詩集『骨のカチャーシー』、2021年『1/2』65号より)
英国の実質的な初代首相とされるのが1721年に第1大蔵卿に就任したロバート・ウォルポールである。首相の名称はまだなかったが、議会与党の支持を背景に閣議を主宰し、責任内閣制の基礎を作った▲印刷された政治風刺画の登場も同時期だった。21年の長期政権を保ったウォルポールは政界を牛耳る巨人に描かれた。国庫に入ろうとする人々が巨人のむきだしの尻の下をくぐらされる絵柄が残る(「風刺画で読み解くイギリス宰相列伝」ミネルヴァ書房)▲英首相の代名詞である「ダウニング街10番地」の官邸を国王から与えられたのもウォルポールだった。その場所がジョンソン首相の「パーティーゲート」に揺れている▲ジョンソン氏の誕生日やクリスマス、果てはエリザベス女王の夫フィリップ殿下の葬儀前日。コロナ禍で庶民の行動が制限されたロックダウン(都市封鎖)の最中に官邸でパーティーを開いていたという。英メディアは特ダネを競い、辛辣(しんらつ)な1コマ漫画を掲載している▲「去年のクリスマスにどんちゃん騒ぎをやったぜ」とサンタ姿でヒット曲「ラスト・クリスマス」の替え歌を歌うジョンソン氏。ピノキオさながらに鼻が伸びて「ライアー(うそつき)」ぶりを示す姿も。風刺画300年の伝統は衰えていない▲スコットランドヤード(ロンドン警視庁)も捜査に着手した。人気が高かったサッチャー元首相も最後にはつるされて葬儀に向かう姿に描かれた。疑惑の結末ではどんな風刺漫画が登場するのだろうか。
毎日新聞余禄・2022・01.29

毎日新聞余禄・2022・01.29

ひそかな行為を意味するステルスはスチール(盗む)と語源が同じで中世からある言葉だが、1980年代に広く使われるようになった。米軍が開発したステルス爆撃機F117がレーダーで探知されにくい「見えない爆撃機」として脚光を浴びた▲日本企業が開発した電波を吸収する塗料も一役買ったとされる。機密保持のために輸出されなかったが、99年のユーゴ空爆時に1機が撃墜された。機体の一部が中国に渡ったという説が根強く残る▲自衛隊が導入した米国製のF35戦闘機も高いステルス性能を持つ。米海軍が運用するその最新鋭機が今週、空母への着艦に失敗して南シナ海に沈んだ。中国が歴史的権利を主張する敏感な海域。中国軍に先回りされることを警戒して回収を急いでいるという▲隠密性を示すには便利なことばだからだろう。軍事以外でも使われる。宣伝であることを隠したステルスマーケティングもその一つだ。動画投稿アプリ「TikTok(ティックトック)」はお金を払って動画投稿を依頼していた。ステマと批判されても言い訳はできまい▲オミクロン株の派生株の一つはPCR検査で発見しづらく「ステルスオミクロン」と呼ばれているそうだ。欧州やアジアで拡大し、日本にも上陸した。より感染力が強いという分析もある▲新型コロナウイルスの流行が始まって2年。さまざまな変異株が生まれたが、感染急拡大の局面での新顔登場には身構えざるをえない。これまでの対策で十分か。検討が急がれる。
毎日新聞余禄・2022/01/28

国立感染症研究所で分離に成功した新型コロナウイルスのオミクロン株の電子顕微鏡写真=国立感染症研究所提供
毎日新聞余禄・2022/01/28

国立感染症研究所で分離に成功した新型コロナウイルスのオミクロン株の電子顕微鏡写真=国立感染症研究所提供
文豪、夏目漱石(なつめそうせき)は大学予備門(旧制一高の前身)の入試で、隣の受験生の答案を写したことを告白している。苦手の数学で「見せて貰(もら)ったのか、それともこっそり見たのか、まアそんなことをして……」だそうな▲ぼかしたのは、やはり後ろめたかったからか。漱石と大学予備門の同窓で親友となった正岡子規(まさおかしき)の入試カンニングも有名だ。こちらは英語の単語の意味を隣から聞いて「幇間(ほうかん)(たいこもち)」と書いたが、実は「法官」だったという▲二つの話に共通するのは、答えを教えた隣の受験生が試験に落ち、漱石と子規は合格したことである。明治の入試のおおざっぱさをうかがわせる若き偉人のカンニングだが、今やことと次第では警察が捜査に乗り出す入試不正である▲コロナ対策で隣の席が遠かったからというわけでもあるまい。大学入学共通テストの試験時間中に「世界史B」の問題用紙の画像が外部に送信され、それを見た男性が解答案を返信していたという話である。オンラインカンニングだ▲男性によれば、送信者は家庭教師仲介サービスで知った女性名の高校2年生を名乗る人物で、試しに問題を解くよう依頼してきたという。男性は返答送信後にこの問題が共通テストのものと知り、大学入試センターに通報したそうだ▲そういえば、11年前にも大学入試の最中に問題をネット掲示板に送り、解答を募集したとして予備校生が警察に逮捕された。親切な?「隣の受験生」はネットで探せ――という当世カンニング事情である。
毎日新聞余禄・2022/01/27

毎日新聞余禄・2022/01/27

きのう気象庁が全国の3か月予報を発表した。寒い冬のただ中にいると、遠く感じるものの、来たる春がうっすらと見えてきた◆3月の気温は北日本と東日本が平年より暖かく、西日本は平年並みだという。多くの随筆を残した箏曲家、宮城道雄が次のように書いている。<人生には不幸を通ってくる幸福があるように、落葉のかなたには春の芽生えが待っている>(「落葉をふんで」)◆世の中全体として不幸とまでは言わなくとも、幸せ感に乏しい落ち葉の季節になったことは間違いないだろう。感染症が猛威をふるい、まん延防止措置の18道府県への追加が決まった◆列島の地図に措置の講じられた自治体を警戒の赤で塗るとすれば、白地のままの地域がかなり少なくなった。ピークはいつだろうか。専門家によれば、オミクロン株の感染の波が急上昇から急降下に転じた例が海外にあるそうだが、日本と単純に比べられないため予測がつかないという。どんな心持ちで次の季節を迎えることになるのだろう◆春になれば桜前線を刻む日本地図が楽しみになる。その頃、もう一方の地図は見たくないものである。
読売新聞編集手帳・2022/01/26

※桜前線の地図よりも感染の波の方がスピードが速いのでは・・・。
読売新聞編集手帳・2022/01/26

※桜前線の地図よりも感染の波の方がスピードが速いのでは・・・。
今となれば共感しない方が多かろう。家庭の食事が大きく変わった昭和の半ば、手抜き料理の代名詞にオカーサンヤスメという語呂合わせが使われた◆オムレツ、カレーライス、サンドイッチ、焼きそば、スパゲティ、目玉焼き。きのうの朝刊くらし面にこの中の一つの料理が取り上げられていた。俳優のサヘル・ローズさんにとって「トマト入り目玉焼き」がお母さんの味だという◆イランで実の親を亡くし、養護施設に暮らしたローズさんは7歳のとき、施設でボランティアをしていた大学院生のフローラさんに引き取られた◆母はパートナーを頼って来日するも、親子で家を追い出され、トイレ掃除にじゅうたん織り。働きづめのなか、ごちそうが 炒いた めたトマトに卵を割って落とした目玉焼きだった。ある日、一つを分け合って食べた。フローラさんが「栄養があるから」と言って、黄身を全部くれたことが娘の思い出になっている。おなかも心も満たされた◆目玉焼きのどこが手抜きなのか、なおのこと分からなくなった。オカーサンエライと語呂合わせを改めたいところだが、目玉焼きがうまく入らない。
讀賣新聞編集手帳・2022/01/25

元素記号の覚え方・・語呂合わせ
讀賣新聞編集手帳・2022/01/25

元素記号の覚え方・・語呂合わせ
毎月24日は「地蔵菩薩」(じぞうぼさつ)の縁日である。この日には、地蔵菩薩を祀る寺院において供養や法要が営まれる。
その中でも特に7月15日の「お盆」に近い旧暦7月24日の縁日は「地蔵盆」と呼ばれる。現在では新暦で行われ、新暦7月24日前後の地域と、月遅れで8月24日前後の地域に分かれるが、8月23日・24日に行われることが多い。
また、1月24日の一年で最初の縁日は「初地蔵」、12月24日の一年で最後の縁日は「納めの地蔵」と呼ばれ、全国各地の寺院において様々な行事が行われる。
地蔵菩薩を祀る寺院として、関東では東京・巣鴨にある「高岩寺」が「とげぬき地蔵」として親しまれており、病気の治癒・改善に利益(りやく)があるとされる。
その他、大阪・八尾にあり「八尾地蔵」と呼ばれる「常光寺」や、京都・壬生にある「壬生寺」などが有名である。また、奈良の「法隆寺」や「東大寺」でも地蔵菩薩が祀られている。
リンク:Wikipedia、コトバンク

地蔵信仰・・小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
地蔵は釈迦入滅(しゃかにゅうめつ)のとき、その依嘱を受けて弥勒(みろく)出世まで六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の衆生(しゅじょう)を済度(さいど)教化する菩薩とされたのである。地蔵菩薩は日本へは奈良時代にその経典が移入されたというが、その信仰は平安朝末から中世にかけて民間信仰として普及されるようになった。堂宇に祀(まつ)るだけでなく、道の辻(つじ)、橋のたもとなどに石像を立てて祀るようになった。今日民間における地蔵信仰をみると、何々地蔵とよばれて100以上にも及ぶ名称があり、その信仰内容がきわめて雑多なことがわかる。二、三の例をあげると、出産育児の祈願について子育て地蔵、子安(こやす)地蔵、夜泣き地蔵、乳貰(もら)い地蔵などがある。農村にある田植地蔵、鼻取り地蔵というのは、田の代掻(しろか)きのとき馬の鼻取りの役を子供にかわって地蔵がしてくれたという伝説のある地蔵で、その足元に泥がついていたのでわかったという。次に多いのは病気の祈願に関する地蔵で、いぼ取り地蔵というのが各地にある。縛(しば)り地蔵ともいい、地蔵を縄で縛り、いぼをとってくれたら縄を解くといって祈るといぼが落ちるという。雨降り地蔵、雨止(や)み地蔵というのはそれぞれ祈ると雨が降ったり雨が止んだりするという。仏説に基づく六地蔵というのが各地にある。上述の六道の衆生を済度するという。地蔵講をつくって信仰している回(まわ)り地蔵、巡(めぐ)り地蔵というのがある。地蔵の縁日である月の24日の前日に講をつくっている隣村または隣字(あざ)の講元(こうもと)に地蔵を送り込むのである。地蔵の縁日としては、7月24日の地蔵盆が関西地方で盛んに行われ、灯籠(とうろう)流しがみられる。
その中でも特に7月15日の「お盆」に近い旧暦7月24日の縁日は「地蔵盆」と呼ばれる。現在では新暦で行われ、新暦7月24日前後の地域と、月遅れで8月24日前後の地域に分かれるが、8月23日・24日に行われることが多い。
また、1月24日の一年で最初の縁日は「初地蔵」、12月24日の一年で最後の縁日は「納めの地蔵」と呼ばれ、全国各地の寺院において様々な行事が行われる。
地蔵菩薩を祀る寺院として、関東では東京・巣鴨にある「高岩寺」が「とげぬき地蔵」として親しまれており、病気の治癒・改善に利益(りやく)があるとされる。
その他、大阪・八尾にあり「八尾地蔵」と呼ばれる「常光寺」や、京都・壬生にある「壬生寺」などが有名である。また、奈良の「法隆寺」や「東大寺」でも地蔵菩薩が祀られている。
リンク:Wikipedia、コトバンク

地蔵信仰・・小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
地蔵は釈迦入滅(しゃかにゅうめつ)のとき、その依嘱を受けて弥勒(みろく)出世まで六道(地獄、餓鬼、畜生、修羅、人間、天上)の衆生(しゅじょう)を済度(さいど)教化する菩薩とされたのである。地蔵菩薩は日本へは奈良時代にその経典が移入されたというが、その信仰は平安朝末から中世にかけて民間信仰として普及されるようになった。堂宇に祀(まつ)るだけでなく、道の辻(つじ)、橋のたもとなどに石像を立てて祀るようになった。今日民間における地蔵信仰をみると、何々地蔵とよばれて100以上にも及ぶ名称があり、その信仰内容がきわめて雑多なことがわかる。二、三の例をあげると、出産育児の祈願について子育て地蔵、子安(こやす)地蔵、夜泣き地蔵、乳貰(もら)い地蔵などがある。農村にある田植地蔵、鼻取り地蔵というのは、田の代掻(しろか)きのとき馬の鼻取りの役を子供にかわって地蔵がしてくれたという伝説のある地蔵で、その足元に泥がついていたのでわかったという。次に多いのは病気の祈願に関する地蔵で、いぼ取り地蔵というのが各地にある。縛(しば)り地蔵ともいい、地蔵を縄で縛り、いぼをとってくれたら縄を解くといって祈るといぼが落ちるという。雨降り地蔵、雨止(や)み地蔵というのはそれぞれ祈ると雨が降ったり雨が止んだりするという。仏説に基づく六地蔵というのが各地にある。上述の六道の衆生を済度するという。地蔵講をつくって信仰している回(まわ)り地蔵、巡(めぐ)り地蔵というのがある。地蔵の縁日である月の24日の前日に講をつくっている隣村または隣字(あざ)の講元(こうもと)に地蔵を送り込むのである。地蔵の縁日としては、7月24日の地蔵盆が関西地方で盛んに行われ、灯籠(とうろう)流しがみられる。
1902年(明治35年)のこの日、青森県の「八甲田山」へ雪中行軍に出かけた兵士210名が猛吹雪の中で遭難した。

この日は北海道・東北に大寒波が接近していた。スキーはまだ日本に伝わっておらず、雪中行軍のノウハウも知らないまま、歩兵第5連隊は八甲田山突破のため弘前を出発した。
猛吹雪の中で道に迷い、寒さと空腹と疲労の中で遭難し、199名が凍死した。「為せば成る」の精神主義だけでは、大自然を相手に勝つことができなかった。
この死の行軍は、1971年(昭和46年)に刊行された新田次郎(にった じろう、1912~1980年)の小説『八甲田山死の彷徨』の題材となり、1977年(昭和52年)にはこの小説を原作として『八甲田山』のタイトルで映画化もされた。
リンク:Wikipedia
今日は何の日雑学ネタ帳より
※精神論だけでは自然には勝てない。

この日は北海道・東北に大寒波が接近していた。スキーはまだ日本に伝わっておらず、雪中行軍のノウハウも知らないまま、歩兵第5連隊は八甲田山突破のため弘前を出発した。
猛吹雪の中で道に迷い、寒さと空腹と疲労の中で遭難し、199名が凍死した。「為せば成る」の精神主義だけでは、大自然を相手に勝つことができなかった。
この死の行軍は、1971年(昭和46年)に刊行された新田次郎(にった じろう、1912~1980年)の小説『八甲田山死の彷徨』の題材となり、1977年(昭和52年)にはこの小説を原作として『八甲田山』のタイトルで映画化もされた。
リンク:Wikipedia
今日は何の日雑学ネタ帳より
※精神論だけでは自然には勝てない。
北陸・東北地方の日本海側に伝わる風の呼び名に「たまかぜ」がある。冬に北西方向から吹く強い季節風のことで、暴風を含む◆その名の由来について、民俗学者の柳田国男の説はいささか怖い。「魂風」と解釈し、悪霊にかかわると述べている。ホッとするのは広辞苑である。「玉風」の字をあてている。強風の招く高波で 翡翠ひすい の原石が海岸に打ち上げられることがあり、拾って磨き、玉(ぎょく)にしたのを由来とする説もある◆とはいえ一昨日の速報には怖い方の「たまかぜ」を思った。秋田沿岸で竜巻とみられる突風が吹き、民家の屋根が飛ばされた◆雪国が厳しい気象状況にある。きのうは京都にも大雪警報が出た。テレビで古都のニュース映像を見たとき、優しいまなざしを雪に向ける金子みすゞの詩を浮かべた。<上の雪/さむかろな/つめたい月がさしていて/下の雪/重かろな/何百人ものせていて/中の雪/さみしかろな/空も 地面じべた もみえないで>(「積った雪」)◆荒天が落ち着かないことには、雪の気持ちを思いやる余裕もないだろう。安全に、なるべく穏やかに残りの冬が過ぎゆくことを。
讀賣新聞編集手帳・2022/01/22

柳田国男
讀賣新聞編集手帳・2022/01/22

柳田国男
『冬威』と名づけられた徳冨蘆花の随想がある。〈雪 猶融(なほと) けず。地は凍り、水は 冰(こう) り、万象口を 噤(つぐ) みて、 殆(ほとん) ど生意を見る 能(あた は)ず〉◆明治の昔、寒の内につづられた名文に今冬の寒さを重ねながら、一首を思う。〈降りつもる 今宵(こよい) の雪はふかからむ響き大きく 梁(うつばり) のきしみ〉(平福 百穂(ひゃくすい) )。雪国に生まれたその日本画家にとっての冬威は、いっそうすさまじい◆寒波が列島を覆っている。北国は雪が降り積もり、きのう山形で除雪作業中の男性が雪崩に遭って亡くなった。札幌の工事現場でも雪の仕業とみられる仮設屋根の崩落事故が起きている◆雪に脅かされる人々の暮らしを思う大寒である。いまはオミクロン株の感染拡大という冬威にも見舞われているから、日々の苦労は並大抵ではあるまい◆凍える通勤の道すがら、中学校の壁に張られた墨書をみた。『明るい方へ』とある。金子みすゞの詩を用いたメッセージだろう。〈明るい方へ 明るい方へ。/一分もひろく 日の 射(さ) すとこへ〉。繰り返し唱えたら心が少し軽くなる。
1月20日 よみうり寸評

1月20日 よみうり寸評

今日は二十四節気の大寒です。

1月20日頃(2022年は1月20日)。および立春までの期間。
太陽黄経300度
小寒から数えて15日目頃。
冬の季節の最後の節気。(1/20~2/3頃)
寒さがさらに厳しくなり、1年中で最も寒い時季です。小寒から立春までの30日間を寒の内といい、大寒はそのまん中にあたります。
寒稽古など、耐寒のためのいろいろな行事が行われます。
また「寒仕込み」といって、寒気を利用した食べ物(凍り豆腐、寒天、酒、味噌など)を仕込むのに最もよい時期とされています。
日本の行事・暦より

1月20日頃(2022年は1月20日)。および立春までの期間。
太陽黄経300度
小寒から数えて15日目頃。
冬の季節の最後の節気。(1/20~2/3頃)
寒さがさらに厳しくなり、1年中で最も寒い時季です。小寒から立春までの30日間を寒の内といい、大寒はそのまん中にあたります。
寒稽古など、耐寒のためのいろいろな行事が行われます。
また「寒仕込み」といって、寒気を利用した食べ物(凍り豆腐、寒天、酒、味噌など)を仕込むのに最もよい時期とされています。
日本の行事・暦より
2世紀の中国、後漢末期の戸籍人口は約5600万という。その後は「黄巾(こうきん)の乱」を経て、激動の魏(ぎ)・呉(ご)・蜀(しょく)の三国志の時代へ入るが、ではこの3国の合計戸籍人口はどうか。何とわずか760万人だった▲混乱の時代だけに戸籍からもれた住民も多かろうが、戦乱と飢饉(ききん)による「人口崩壊」があったのは間違いない。中国文学者の加藤徹(かとう・とおる)さんの「貝と羊の中国人」によれば、中国の歴代王朝の興亡は人口の急増と激減のサイクルに重なる▲漢から明までは実人口約1億を上限とする増減が王朝の興亡と共にくり返された。それをもたらしたのは人口と食料・資源のぎりぎりのバランスで、王朝の命脈はそのバランスの制御にかかっていた▲清時代からの人口爆発を引き継ぐ現代だが、人口のもたらす問題が中国の統治に重くのしかかるのは昔と変わらない。ただ今日の問題は出生数が減り続け、ついに昨年は1949年の建国以来最少を記録、戦乱や飢餓によらない総人口減少が目前に迫っていることだ▲政府は従来の人口抑制策を事実上廃止したが、教育費の膨張をはじめ将来不安を抱える若い世代の出産意欲は乏しいままだという。高齢化も日本を上回るペースで進み、「未富先老(豊かになる前に老いる)」が現実味を増している▲やがて訪れよう人口減少社会は、かつてのように“王朝”のたそがれを示すのか。どうあれ軍備拡張や対外的な国威発揚は何の役にも立たない少子高齢化である。必要なのは足元の地道な制度改革しかあるまい。
毎日新聞余禄 2022/01/19
未富先老・・読み(みふせんろう

毎日新聞余禄 2022/01/19
未富先老・・読み(みふせんろう


1883(明治16)年8月27日午後5時50分、東京気象台の自記晴雨計は突然、異様な気圧の乱れを示した。この日午前、6000キロ近く離れたオランダ領東インドのクラカタウ島が巨大噴火を起こしたのだ▲その噴火音は約4800キロ離れたインド洋のロドリゲス島でも聞こえたという。現地では津波などで3万人以上の犠牲者が出た。「空振」とは火山噴火による大気圧の変動だが、その気圧異常が初めて世界規模で観測されたのである▲トンガの海底火山が大噴火した15日、日本では午後8時ごろ突然の気圧上昇が観測されたという。その直後から起こった各地の潮位の変動で、翌未明に発令された津波警報や注意報により太平洋岸各地の住民は眠れぬ一夜を過ごした▲「私たちはこういう現象を知りません」。噴火に伴う地震や山体崩壊による大きな津波はないと見ていた気象庁の担当者は、突然の潮位の上昇にそう語った。どうやら気圧の急変が日本近海での大きな潮位の変動をもたらしたらしい▲港での船の転覆などの被害が出た異常潮位だが、火山災害の未知のパターンとしてその分析を急ぐべきだろう。何より心配なのは、人類史上最大級の噴火のそれに劣らない空振を引き起こした大噴火の現地、トンガの被害状況である▲通信不良で依然はっきりしないが、大量の降灰の情報も聞く。ラグビーや相撲といったスポーツの交流でも日本と関係の深いトンガである。まずは太平洋の火山島の住民同士の連帯をかたちにして示したい。
毎日新聞余禄 2022/01/18


南太平洋のトンガ沖で起きた大規模噴火に伴う津波について、今村文彦東北大教授(津波工学)は「爆発で生じた『空振(くうしん)』と呼ばれる空気の圧力変化が、海面変動を引き起こし、日本に伝わる過程で増幅したと考えられる」と分析。過去に例のない珍しいメカニズムだとの見方を示す。
河北新報社 2022/01/17
毎日新聞余禄 2022/01/18


南太平洋のトンガ沖で起きた大規模噴火に伴う津波について、今村文彦東北大教授(津波工学)は「爆発で生じた『空振(くうしん)』と呼ばれる空気の圧力変化が、海面変動を引き起こし、日本に伝わる過程で増幅したと考えられる」と分析。過去に例のない珍しいメカニズムだとの見方を示す。
河北新報社 2022/01/17
冬の土用は立春の直前、約18日間で1月17日ごろ~2月3日ごろになります。 2022年の冬の土用は1月17日(月)~2月3日(木)です。 冬の土用はインフルエンザにかかったり、風邪に注意が必要といわれています。 そして、冬の土用は未(ひつじ)の日に「ひ」のつくものや赤いものを食べるといいそうです。日本文化研究ブログより


「天網恢々疎(てんもうかいかいそ)にして漏(も)らさず」は中国古代の思想家、老子の言葉に由来する。天の神が張り巡らした網の目は粗いが、決して悪を見逃すことはない。だから行動は慎まなければならないという教えである▲日本の昔ながらの言い方なら「おてんとう様は見てござる」だろうか。浄土真宗には「見てござる。聞いてござる。知ってござる」という言葉があるそうだ。仏様は何でもお見通しというわけである▲戦後まもなく発表された童謡の名曲「見てござる」は昨年末に亡くなった元童謡歌手の川田孝子(かわだ・たかこ)さんが子どもの頃に吹き込んでヒットした▲「お猿のかごや」で知られる作詞家の山上武夫(やまがみ・たけお)さんが故郷の長野・松代の思い出を描いた歌詞は「見てござる」がリズミカルに繰り返される。「村のはずれのお地蔵さん」が子どもたちの遊びを見守り、「たんぼ田中のかかしどん」が田のようすをうかがう▲他人の目ばかり気にするのは同調圧力につながる日本人の悪弊かもしれない。しかし、人間を超越した存在を意識し自省の念を持つのは悪いことではあるまい。近年相次ぐ官庁の統計不正や企業の検査不正に「見てござる」という意識はどこに消えたのかと心配になる▲きょうは地獄も休むという初閻魔(えんま)の祭日。旧暦ではお盆と2回だけの「藪(やぶ)入り」の休日と重なり、江戸時代の奉公人たちは実家に帰る前に閻魔様を参った。地蔵菩薩(ぼさつ)と同一という伝承がある閻魔大王も我々を「見てござる」存在である。<初閻魔天網雪をこぼしけり/岩崎健一>
毎日新聞余禄 2022/1/16
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トップ tenki.jpサプリ ライフ 藪入り?初閻魔?1月16日は地獄も休むご縁日
地獄の窯の蓋が緩む「初閻魔」

1月16日は、藪入りの日であるとともに「初閻魔」と呼ばれる閻魔様のご縁日です。閻魔様のご縁日は毎月1日と16日。その中でも1月16日のご縁日は初閻魔と呼ばれ、閻魔様をご本尊とするお寺では御開帳が行われます。初閻魔になると獄卒は仕事を休み、亡者も骨休みができる日とされていました。そして、藪入りの日にあたるこの日は、多くの人々が縁日に出かけていたのです。1月16日は人間だけではなく、地獄のお休みでもあったんですね。
閻魔様といえば、死者の裁判を行う10人の王のうちの一人。「閻魔様=恐い」という印象を持っている人が多いのではないでしょうか。そんな閻魔様のところへお参りに行くと、どんなご利益があるのか…。あまりイメージが湧かないですよね。
閻魔様には眼病治癒のご利益があると言われています。昔、眼を患った老婆がいました。ある日老婆は夢の中で閻魔様に「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われます。すると、満願の日に老婆の眼が治ったのだそうです。この逸話をきっかけに、閻魔様には眼病治癒のご利益があると言われるようになったのだとか。恐いイメージがある閻魔様には、こんなご利益があったんですね。
毎日新聞余禄 2022/1/16
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地獄の窯の蓋が緩む「初閻魔」

1月16日は、藪入りの日であるとともに「初閻魔」と呼ばれる閻魔様のご縁日です。閻魔様のご縁日は毎月1日と16日。その中でも1月16日のご縁日は初閻魔と呼ばれ、閻魔様をご本尊とするお寺では御開帳が行われます。初閻魔になると獄卒は仕事を休み、亡者も骨休みができる日とされていました。そして、藪入りの日にあたるこの日は、多くの人々が縁日に出かけていたのです。1月16日は人間だけではなく、地獄のお休みでもあったんですね。
閻魔様といえば、死者の裁判を行う10人の王のうちの一人。「閻魔様=恐い」という印象を持っている人が多いのではないでしょうか。そんな閻魔様のところへお参りに行くと、どんなご利益があるのか…。あまりイメージが湧かないですよね。
閻魔様には眼病治癒のご利益があると言われています。昔、眼を患った老婆がいました。ある日老婆は夢の中で閻魔様に「願掛けの満願成就の暁には、私の両目の内、ひとつを貴方に差し上げよう」と言われます。すると、満願の日に老婆の眼が治ったのだそうです。この逸話をきっかけに、閻魔様には眼病治癒のご利益があると言われるようになったのだとか。恐いイメージがある閻魔様には、こんなご利益があったんですね。
1月1日の「大正月(おおしょうがつ)」に対して、1月15日を「小正月(こしょうがつ)」という。また、14日から16日までの3日間を「小正月」とする場合などがある。
1月1日から1月7日までを「大正月」と呼ぶ場合もあり、この「小正月」までが門松を飾る期間として「松の内」ともいう。「松の内」に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、「小正月」を「女正月」という地方もある。その他、「小年(こどし)」「二番正月」「若年」「花正月」「返り正月」「戻り正月」と呼ぶ地方もある。
この日の朝には米と小豆を炊き込んだ「小豆粥(あずきがゆ)」を食べる習慣があり、早朝に食べることから「あかつき粥」などとも呼ばれる。また、地方によっては餅花(もちばな)や繭玉(まゆだま)を飾る。
「小正月」の伝統行事として、左義長(さぎちょう:日本各地)、なまはげ(秋田県)、あまめはぎ(石川県・新潟県)、かまくら(秋田県や新潟県など降雪地域)などがあり、行事を通して病気や厄災を払ったりする。
かつて「元服の儀」を「小正月」に行っていたことから、1月15日は「成人の日」という国民の祝日となった。「成人の日」は2000年(平成12年)から1月の第2月曜日に変更されている。
リンク:Wikipedia

1月1日から1月7日までを「大正月」と呼ぶ場合もあり、この「小正月」までが門松を飾る期間として「松の内」ともいう。「松の内」に忙しく働いた主婦をねぎらう意味で、「小正月」を「女正月」という地方もある。その他、「小年(こどし)」「二番正月」「若年」「花正月」「返り正月」「戻り正月」と呼ぶ地方もある。
この日の朝には米と小豆を炊き込んだ「小豆粥(あずきがゆ)」を食べる習慣があり、早朝に食べることから「あかつき粥」などとも呼ばれる。また、地方によっては餅花(もちばな)や繭玉(まゆだま)を飾る。
「小正月」の伝統行事として、左義長(さぎちょう:日本各地)、なまはげ(秋田県)、あまめはぎ(石川県・新潟県)、かまくら(秋田県や新潟県など降雪地域)などがあり、行事を通して病気や厄災を払ったりする。
かつて「元服の儀」を「小正月」に行っていたことから、1月15日は「成人の日」という国民の祝日となった。「成人の日」は2000年(平成12年)から1月の第2月曜日に変更されている。
リンク:Wikipedia

冷え込んで、窓ガラスの内側に霜が現れる現象を「窓霜」という。室内の水蒸気が凍って氷の結晶となる現象で、暖房の整った建物では見られなくなった◆結晶は美しく羽毛やシダの葉に例えられる。花に見立てたのは石川啄木である。<水蒸気列車の窓に花のごと凍てしを染むるあかつきの色>。この歌が詠まれたのは北海道の旭川駅とされる。雪がやんだのか朝日が差し、色づく氷の花に癒やされたらしい◆降雪が中断し、除雪作業に適した天気だったのかもしれない。雪をどけてはまた降られ、北国の生活は重労働を伴う◆独り暮らしの高齢者宅などを対象にした除雪ボランティアが不足しているという。自治体が交通費を払う制度に都会の若者が登録し、派遣される仕組みだが、感染症の拡大で自治体側は募集を控えざるをえない状況にある。以前、この活動の記事を読んで若い人たちの気持ちに感心したことがある◆今年のルポは山形県上山市からだった。病気で足の悪い91歳の男性宅で地元の中学生らが作業を買って出た(12日夕刊東京版)。氷の結晶以上に癒やされるものが、窓に映ったことだろう。
讀賣新聞編集手帳・2022/01/14

讀賣新聞編集手帳・2022/01/14

今年のカレンダーを後ろのほうまで眺めてみて、今さら気づいた。祝日が「飛び石」になることがほとんどなく、3連休が9回もある◆去年が6回(4連休、5連休を含む)だったので、休むことの幸せを多く実感できる一年になるかもしれない。正岡子規につぎの一句がある。<世の中の重荷おろして昼寝 哉かな >。とても気持ちのよさそうな光景が浮かぶけれど、普通に暮らしていれば、おろさなければならない重荷があるということでもある◆『子規句集』(岩波文庫)によると、1895年(明治28年)の作という。この頃、子規はすでに病に伏していた◆荷を担いだり、おろしたりすることができた日々への 憧憬しょうけい かもしれない。働くということには、心身の健康が小さくはない条件となる。あるいは病気との付き合い方…。感染症の急拡大に伴い、日常生活の支えとなる医療の 逼迫ひっぱく が懸念されている◆心配が尽きない。大方の予想より早く広がったオミクロン株にざわざわしながら、今年1回目の3連休は通り過ぎた。休んだにしても、すっきり荷おろしできたかどうか。休むことと休めることは、かなり違う。
読売新聞編集手帳・2022/01/13

小学館 類語例解辞典
休める/休む の使い分け
1「休める」は、中止して憩うという意を含むことがある。「峠の茶屋で足を休める」
2「休む」は「風邪で学校を休む」のように欠勤、欠席の意、「主人はもう休みました」「お休みなさい」のように就寝の意、「木陰でちょっと休んでいこう」のように休憩の意にもなる。
読売新聞編集手帳・2022/01/13

小学館 類語例解辞典
休める/休む の使い分け
1「休める」は、中止して憩うという意を含むことがある。「峠の茶屋で足を休める」
2「休む」は「風邪で学校を休む」のように欠勤、欠席の意、「主人はもう休みました」「お休みなさい」のように就寝の意、「木陰でちょっと休んでいこう」のように休憩の意にもなる。
2022年の「二十四節気」一覧
「二十四節気」には1太陽年を日数によって24等分する「平気法」と、太陽の黄道上の視位置によって24等分する「定気法」がある。当初は平気法により二十四節気を定めていたが、日本では江戸時代の天保暦から定気法により定めるようになった。
二十四節気の日付は年によって誤差が生じるため、日付は前年と同じ場合もあれば1日ずれる場合もある。2022年の二十四節気の日付は以下の通り。


「二十四節気」には1太陽年を日数によって24等分する「平気法」と、太陽の黄道上の視位置によって24等分する「定気法」がある。当初は平気法により二十四節気を定めていたが、日本では江戸時代の天保暦から定気法により定めるようになった。
二十四節気の日付は年によって誤差が生じるため、日付は前年と同じ場合もあれば1日ずれる場合もある。2022年の二十四節気の日付は以下の通り。


