緑の木々に覆われた深い山あいにその寺はあった。水戸市から車で北に1時間。茨城県大子町の本覚寺を訪ねた。お堂の白壁がはがれ落ち、長くひとの手が入っていないことが一目で分かる。瓦屋根はぐにゃりとたわんでいた▼寺ができたのは1980年代だった。「水子の霊がついている」と言って信者を増やし、「霊視商法」と呼ばれる悪質な手口で莫大(ばくだい)な金を集めた。訴訟が相次ぐと、和歌山県にあった寺を買収して看板をすげ替える。それが2002年に違法行為で解散を命じられた明覚寺である▼全国には18万の宗教法人があるが、法令違反での解散命令は2例だけ。オウム真理教とこの明覚寺だ。世界平和統一家庭連合(旧統一教会)はそれに続く3例目となるのだろうか。きのうようやく、岸田首相が宗教法人法に基づく調査を始める考えを示した▼権力が宗教に介入することは常に慎重に議論されるべきだろう。だが、あまりにも多くの苦しみと悲しみが私たちの目の前にある。教団は訴えに向き合っているように見えない▼先日開かれた元2世信者の女性の記者会見では、彼女を中傷するファクスを送りつけ、会見中止を求めた。何とも異様である。「どうかこの団体を解散させてください」。女性の涙ながらの訴えに、心が揺さぶられた▼旧統一教会と明覚寺への政府の対応をここまで隔ててきたのは何だったのか。廃虚となった寺の前で考える。キューン。獣か鳥か。不気味な鳴き声が、誰もいない山中に響いた。
朝日新聞天声人語 2022/10/18(火)

朝日新聞天声人語 2022/10/18(火)


秋が本格化 傘と羽織物を
天気は周期的に変化します。厳しい残暑は落ち着き、肌寒く感じる日もありそうです。外出の際は傘と羽織物を持ち、体調管理をしっかりと行なってください。※10日11日も同じ


9日から3日間、大阪へ兄妹旅行に出かけます。
気になるのは天気模様
あまり良くないお天気のようです。
「田舎道。木が1本。夕暮れ」。サミュエル・ベケットの不条理劇「ゴドーを待ちながら」の有名なト書きだ。男2人がひたすら「ゴドー」が来るのを待っている。そこにあるのは希望か、絶望か。時代や状況で感じ方は大きく変わる▲1993年には電気も満足にない内戦下のサラエボで、米作家・批評家のスーザン・ソンタグ演出により上演され、観客の心を揺さぶった。「文化は人間の尊厳の表現である――それこそサラエボの人々が喪失したと感じているもの」。ソンタグはつづる▲2011年、東日本大震災直後の東京で見た舞台は、絶望の中で救いを待つ意味がリアルに感じられた。その「ゴドー」を沖縄版に翻案した舞台が、先月23日の「慰霊の日」を挟んで那覇市で上演された▲平和憲法下での暮らしを求めた復帰から半世紀。いまだ米軍施設が集中する不条理を抱えた島が待つ「ゴドー」とは何か。観客も考えを巡らせたに違いない▲沖縄では23日、20回目となる児童・青少年演劇の国際フェスティバルが始まる。これまで海外の優れた児童演劇を紹介してきた。コロナ禍でリアルな交流は難しくなっていたが、今回はアイスランドやベルギーなどからアーティストが来日予定だ▲10年前から「劇場は命薬(ぬちぐすい)」をテーマに掲げる。沖縄の言葉で、おいしい料理やお酒、心や体を元気にしてくれるもののことだ。演劇にもそんな力がある。長引くウクライナでの戦争が「人間の尊厳」に影を落とす。世界が「命薬」を必要としている。
毎日新聞余禄 2022/07/19

サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906年4月13日 - 1989年12月22日)は、アイルランドの劇作家、小説家、詩人。不条理演劇を代表する作家の一人であり、小説においても20世紀の重要作家の一人とされる。ウジェーヌ・イヨネスコと同様に、20世紀フランスを代表する劇作家としても知られている。1969年にはノーベル文学賞を受賞している。
ウィキペディアより
ト書き・・「ト書き」の言葉の由来は歌舞伎の台本の「…と立ち上がりながら」などの「と」から来ている。文体は「…であった」などの過去形ではなく「…である」などの現在進行形で書くのが一般的。
ゴドーを待ちながら
あらすじ
『ゴドーを待ちながら』は2幕劇。木が一本立つ田舎の一本道が舞台である。
第1幕ではウラディミールとエストラゴンという2人の浮浪者が、ゴドーという人物を待ち続けている。2人はゴドーに会ったことはなく、たわいもないゲームをしたり、滑稽で実りのない会話を交わし続ける。そこにポッツォと従者・ラッキーがやってくる。ラッキーは首にロープを付けられており、市場に売りに行く途中だとポッツォは言う。ラッキーはポッツォの命ずるまま踊ったりするが、「考えろ!」と命令されて突然、哲学的な演説を始める。ポッツォとラッキーが去った後、使者の少年がやってきて、今日は来ないが明日は来る、というゴドーの伝言を告げる。
第2幕においてもウラディミールとエストラゴンがゴドーを待っている。1幕と同様に、ポッツォとラッキーが来るが、ポッツォは盲目になっており、ラッキーは何もしゃべらない。2人が去った後に使者の少年がやってくる。ウラディミールとエストラゴンは自殺を試みるが失敗し、幕になる。
説明
2人が待ち続けるゴドー(Godot)の名は英語の神(God)を意味するという説もあるが、ゴドーが実際に何者であるかは劇中で明言されず、解釈はそれぞれの観客に委ねられる。木一本だけの背景は空虚感を表し、似たような展開が2度繰り返されることで永遠の繰り返しが暗示される。
毎日新聞余禄 2022/07/19

サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906年4月13日 - 1989年12月22日)は、アイルランドの劇作家、小説家、詩人。不条理演劇を代表する作家の一人であり、小説においても20世紀の重要作家の一人とされる。ウジェーヌ・イヨネスコと同様に、20世紀フランスを代表する劇作家としても知られている。1969年にはノーベル文学賞を受賞している。
ウィキペディアより
ト書き・・「ト書き」の言葉の由来は歌舞伎の台本の「…と立ち上がりながら」などの「と」から来ている。文体は「…であった」などの過去形ではなく「…である」などの現在進行形で書くのが一般的。
ゴドーを待ちながら
あらすじ
『ゴドーを待ちながら』は2幕劇。木が一本立つ田舎の一本道が舞台である。
第1幕ではウラディミールとエストラゴンという2人の浮浪者が、ゴドーという人物を待ち続けている。2人はゴドーに会ったことはなく、たわいもないゲームをしたり、滑稽で実りのない会話を交わし続ける。そこにポッツォと従者・ラッキーがやってくる。ラッキーは首にロープを付けられており、市場に売りに行く途中だとポッツォは言う。ラッキーはポッツォの命ずるまま踊ったりするが、「考えろ!」と命令されて突然、哲学的な演説を始める。ポッツォとラッキーが去った後、使者の少年がやってきて、今日は来ないが明日は来る、というゴドーの伝言を告げる。
第2幕においてもウラディミールとエストラゴンがゴドーを待っている。1幕と同様に、ポッツォとラッキーが来るが、ポッツォは盲目になっており、ラッキーは何もしゃべらない。2人が去った後に使者の少年がやってくる。ウラディミールとエストラゴンは自殺を試みるが失敗し、幕になる。
説明
2人が待ち続けるゴドー(Godot)の名は英語の神(God)を意味するという説もあるが、ゴドーが実際に何者であるかは劇中で明言されず、解釈はそれぞれの観客に委ねられる。木一本だけの背景は空虚感を表し、似たような展開が2度繰り返されることで永遠の繰り返しが暗示される。
劇作家で小説家、エッセーや社会評論も手がけた井上ひさしさんは、誤字の大家を自称していた。記憶する限りを著書『巷談辞典』(河出文庫)に書き留めている◆時世にあったものを、三つばかり引かせていただく。無規道な行い(無軌道な行い)。毎日の苦らし(毎日の暮らし)。全題未聞(前代未聞)。戦勝記念日にプーチン露大統領が演説する姿をテレビで見ていて、誤字などと言えるかと思った◆国際社会の規則や規範を無視した軍事大国の無規道な行いが、民主主義を脅かしている。ウクライナの人たちの暮らしは、砲弾に狙われる地獄の苦らしに変わった◆プーチン氏の主張は特に新しいものではなかった。「正義のために戦っている。ナチスに国土を脅かされる前に先手を打った。第3次世界大戦が起こらないように、ナチスの亡霊がまた現れることがないように」と 黙祷 を呼びかけた。相変わらずの全題未聞である。虚言を並べ立て侵攻を正当化した◆第3次大戦に言及したのはウクライナ支援国への脅しだろうか。真意はともかく、一人の愚かな為政者のために“大惨事”はすでに始まっている。
読売新聞 編集手帳 2022/05/10
※昨日、戦勝記念日でのプーチン大統領の演説は納得出来る内容のものではなかった。
情報操作が必然的にまかり通る国の中で真実がたち消されています。
早くロシアの人たちがその事に気付いてほしい。

精選版 日本国語大辞典「前代未聞」の解説
ぜんだい‐みもん【前代未聞】
〘名〙 (「せんだいみもん」とも) これまでに、まだ一度も耳にしたことがないような変わった珍しいこと。前代。先代未聞。
読売新聞 編集手帳 2022/05/10
※昨日、戦勝記念日でのプーチン大統領の演説は納得出来る内容のものではなかった。
情報操作が必然的にまかり通る国の中で真実がたち消されています。
早くロシアの人たちがその事に気付いてほしい。

精選版 日本国語大辞典「前代未聞」の解説
ぜんだい‐みもん【前代未聞】
〘名〙 (「せんだいみもん」とも) これまでに、まだ一度も耳にしたことがないような変わった珍しいこと。前代。先代未聞。


次から次へと買い求めて花の時期が終わってしまうと翌年また花が咲くと〝何という花だったっけ?〟・・・そんなことが多く続く歳になりました。
家内と二人で大騒動してやっと調べた花の名前が「アイリス」。
こんな事の繰り返しで老いていくのかな。
今朝食事中に家内が〝アッ・・咲いている〟と窓の方に向かってびっくりした様な声を出したものだからてっきり毎年駐車場の屋根の高さで咲くバラの花の事を言っているのかと思いあまりびっくりもしないでいたら、窓の方を指さすので初めてサボテンが咲いているのに気付きました。
この冬はあまり世話もしないでほったらかしにしていたのに時期になれば植物は花を咲かすものなんですね。
ありがとう。





この冬はあまり世話もしないでほったらかしにしていたのに時期になれば植物は花を咲かすものなんですね。
ありがとう。






「丁」の字には「よほろ」の訓がある。膝の裏のくぼみのことで健脚の意味を持った。古代中国から律令制を導入した際、課役を担う健康な成年男子を指す丁にこの読みを当てたらしい。大宝律令では21歳から60歳が「正丁(せいてい)」とされた。丁年は成年と同じ意味である▲江戸時代は「15歳で一人前」だったが、法規はなかった。明治政府は徴兵や課税など近代制度整備に基準が不可欠と気づき、1876年4月1日に「満二十年を以(もっ)て丁年と相定め候(そうろう)」と太政官布告を出した。旧民法に引き継がれた「20歳成人」の始まりである▲それから146年。きょうから成人年齢が18歳に引き下げられる。15年前に国民投票の投票年齢を18歳以上と定めて以来の懸案だったが、公選法改正で18歳投票は実現した。明治政府が参考にした欧米諸国も大半が18歳に引き下げているから時代の流れだろう▲といっても酒やたばこは20歳以上のままだし、刑事事件では少年の扱いを受ける。大きな変化は親の同意なしに契約が可能になることである。10代の起業家が増えるなら頼もしいが、高校生が詐欺まがい商法の餌食になる危険性も出てくる▲成人の生徒たちにどう対応するか。コロナ禍でてんてこ舞いの学校には新たな課題が加わった。センバツを終えた球児たちも夏には成年、未成年の「混成チーム」で甲子園を目指す▲権利だけでなく義務も負う新成人たちである。つまずかないように手助けし、温かく見守っていくことが社会全体の利益につながる。
2021/04/01 毎日新聞 余禄
昨日の毎日新聞の余禄に「丁」の字の意味について今迄知らなかった解説がありました。
また「よほろ」という言葉についても初耳のようにも思えます。
明日は「くまもとの大地の成り立ち・4月度」の例会です。
先ほど会の代表に脊柱管狭窄症の状態が良くなくて上手く歩けないので今回は欠席の連絡をしたばかりです。
菊池の穴川という所で上虎口玄武岩・菊池花崗岩の観察と令和4年度の活動計画の話し合いがこの日に行われる予定です。
今日の余禄を読みながら知識不足の自分と体力減退の自分に情けないやらつくづく愛想がつく年代になった事を再確認いたしました。
17日の孫の日には10か月ぶりに孫に会いに行きました。
昨夜の十三夜は雲の切れ間がなく残念ながらお月様は見ることができませんでした。
昨日は八代にゴルフを楽しみました。
後期高齢者が目の前に近づくと体力の低下をますます感じる毎日です。
衆院選はきょう公示との事・・候補者ポスターはまだ貼られていません。





近所の公園の石碑の岩石名調べてみようと思います。
昨夜の十三夜は雲の切れ間がなく残念ながらお月様は見ることができませんでした。
昨日は八代にゴルフを楽しみました。
後期高齢者が目の前に近づくと体力の低下をますます感じる毎日です。
衆院選はきょう公示との事・・候補者ポスターはまだ貼られていません。





近所の公園の石碑の岩石名調べてみようと思います。
健康維持のため毎朝食事の後に散歩に出かけます。
夏の間少しサボっていると筋肉が急に落ちて今まで歩いていた距離を約半分にして散歩を再開しています。
散歩のコースはいくつかあるのですが今日のコースは新しくできた団地の中を回遊するコースです。
往復すると約2,5㎞、折り返し点の途中に球磨川氾濫の災害住宅があってその中に犬を飼われている家があります。
この道を通るたびに犬のそばに寄っていると犬の方も私がくると喜んで迎えてくれます。
散歩途中のわずか2~3分間身体も心も癒されて帰ってきます。


夏の間少しサボっていると筋肉が急に落ちて今まで歩いていた距離を約半分にして散歩を再開しています。
散歩のコースはいくつかあるのですが今日のコースは新しくできた団地の中を回遊するコースです。
往復すると約2,5㎞、折り返し点の途中に球磨川氾濫の災害住宅があってその中に犬を飼われている家があります。
この道を通るたびに犬のそばに寄っていると犬の方も私がくると喜んで迎えてくれます。
散歩途中のわずか2~3分間身体も心も癒されて帰ってきます。


今日の勉強はこれ。・・・ことわざ「元の木阿弥」
戦国大名の筒井順昭が病死した時、子の順慶はまだ幼かった。敵に攻め込まれたらひとたまりもない。当主の死を隠すため僧の木阿弥(もくあみ)を影武者に。やがて順慶は成長し、木阿弥は元の僧に戻った。いったん良くなったものが再び元の状態に戻ることを「元の木阿弥」と言うのはこの話から、と一説に▼この国の情勢も「元の木阿弥」になってしまうのか。武装勢力タリバンが政権を掌握したアフガニスタンである。2001年の米中枢同時テロ後、米英軍の攻撃によって旧タリバン政権が倒れ、発足した民主政権は約20年で崩壊した▼米軍撤退の機をタリバンは逃さなかった。一方、政府には汚職がはびこり、内紛続きだった。敵が迫ると、ガニ大統領は大金を抱えて国外逃亡。これでは、攻め込まれたらひとたまりもない。首都は無抵抗で陥落した▼旧タリバン政権は国際テロ組織をかくまい、女性の人権を抑圧した。人類の宝であるバーミヤンの大仏爆破は世界に衝撃を与えた。タリバン復権でアフガンはどうなるのだろう。故中村哲医師が命をささげた人道支援活動の行方も気掛かりだ▼順慶は明智光秀と親しかった。本能寺の変の後の合戦で「洞が峠」まで出陣したが、日和見をして光秀に加勢しなかった、との俗説が残る▼アフガンに強権支配の悪夢をよみがえらせてはなるまい。国際社会は洞が峠を決め込まず、結束してタリバンに働き掛けてほしい。
2021・08・19 西日本新聞・春秋

努力が無駄になる
良くなったものが元の状態に戻る
苦労して一度は良くなったものが、また元の好ましくない状態に戻る事。
せっかくの苦労や努力が無駄になる事。
戦国大名の筒井順昭が病死した時、子の順慶はまだ幼かった。敵に攻め込まれたらひとたまりもない。当主の死を隠すため僧の木阿弥(もくあみ)を影武者に。やがて順慶は成長し、木阿弥は元の僧に戻った。いったん良くなったものが再び元の状態に戻ることを「元の木阿弥」と言うのはこの話から、と一説に▼この国の情勢も「元の木阿弥」になってしまうのか。武装勢力タリバンが政権を掌握したアフガニスタンである。2001年の米中枢同時テロ後、米英軍の攻撃によって旧タリバン政権が倒れ、発足した民主政権は約20年で崩壊した▼米軍撤退の機をタリバンは逃さなかった。一方、政府には汚職がはびこり、内紛続きだった。敵が迫ると、ガニ大統領は大金を抱えて国外逃亡。これでは、攻め込まれたらひとたまりもない。首都は無抵抗で陥落した▼旧タリバン政権は国際テロ組織をかくまい、女性の人権を抑圧した。人類の宝であるバーミヤンの大仏爆破は世界に衝撃を与えた。タリバン復権でアフガンはどうなるのだろう。故中村哲医師が命をささげた人道支援活動の行方も気掛かりだ▼順慶は明智光秀と親しかった。本能寺の変の後の合戦で「洞が峠」まで出陣したが、日和見をして光秀に加勢しなかった、との俗説が残る▼アフガンに強権支配の悪夢をよみがえらせてはなるまい。国際社会は洞が峠を決め込まず、結束してタリバンに働き掛けてほしい。
2021・08・19 西日本新聞・春秋

努力が無駄になる
良くなったものが元の状態に戻る
苦労して一度は良くなったものが、また元の好ましくない状態に戻る事。
せっかくの苦労や努力が無駄になる事。

角膜潰瘍で入院したのは2年前だったか?
その後病院に通っていたが視力が戻らず今年になってモノが歪んで見えるようになりました。
歳をとるにつれて体のそこらじゅうが悪くなってきて不自由さを感じます。
加齢性眼疾患の一種で加齢黄斑変性という病気で視野の中心、見たいところが見えずらくなる疾患だそうです。
ひと月以上前から手術の段取りを立て7月28日に大牟田の佐藤眼科で白内障の手術と一緒に加齢黄斑変性の手術もしてもらうことになりました。
今日も朝から手術前の診断と打ち合わせのため近所の眼科に行って来ました。
※欧米人に多い疾患と言われてきましたが日本でも発症する人が増加しているそうです。米国では中途失明原因のトップだそうです。

9日にあった党首討論,Yahoo!ニュースに上手にまとめた記事があります。
端的に分かりやすく書かれていると思います。
1時間にも及ばない中身のつまらない討論であったが折角やるのであれば時間無制限でやってみれば国民が納得いくものになったかもしれません。
国民のための政治を行うのであれば本気でやれと檄を飛ばしたい。
コロナ禍という有事なのだ。そしてこの状況下で菅首相は、国民の命と暮らしを守る明確な対策を示さないまま、東京五輪・パラリンピック開催に向け突き進んでいる。
どうやって国民の命と暮らしを守るのか。菅首相にその能力はあるのか。枝野代表は、菅首相にとって代わって国を動かせるのか。党首討論は、そうした切羽詰まった論戦の場として期待されるべきものだった。
そしてその期待は「最初の一問一答」で崩れ落ちた。(ジャーナリスト=尾中香尚里)
枝野氏は冒頭、3度目の緊急事態宣言発令を招いた原因が、菅政権が2度目の緊急事態宣言を解除したのが早すぎたことにあると指摘。感染者数のリバウンドを防ぐために、飲食店などへの補償をセットにした上で、東京で新規感染者が50人程度になるまで現在の緊急事態宣言を解除しないよう求めた。
対する菅首相の最初の答えがこれだった。
「世界のさまざまな国でロックダウンを行ってきたが、外出禁止などの厳しい措置を行った国々でも、結果として(感染拡大を)収束できなかった」
菅首相自身の政治判断で緊急事態宣言やまん延防止等重点措置が各地に出され、国民は長期にわたり、外出自粛や営業自粛などのさまざまな私権制限に苦しみ続けている。一つ一つ例を挙げればきりがないが、中には命を落とした人もいる。
そこまで国民に無理を強いる政治判断をした以上、菅首相には緊急事態宣言を発令している間に、何としても感染拡大を抑え、国民の痛みを最小限にとどめる重い責任があるはずだ。それなのに、菅首相は結果を出すどころか「そんな政策には意味がない」に等しいことを、あっさりと言い放った。それも党首討論の第一声で。
[地球を読む]遅れたコロナ対応 日本、非常時体制に不備…田中明彦 政策研究大学院大学長
新型コロナウイルスの感染拡大という異常事態は、なかなか収束しない。しかし、そろそろパンデミック後に日本が国家として何をなすべきか、考えていかなければならない。そのためには、この1年余りの経験から何を学ぶのか、整理する必要がある。
最大の確認事項は、日本という国家には異常事態に対応するための仕組みと能力が大きく欠如していたことである。PCR検査の実施体制を迅速に強化できなかったこと、ワクチン開発を国が主導して実施できなかったこと、そして現在目の当たりにしているように、ワクチン接種にも長期の時間を要すること。これらは皆、国家としての日本の体制不備と能力欠如を示している。
平時と非常時の日本の国の在り方を考えてどんな非常時であれ対応が出来るように法整備を整えておくのが国の役目である。
国会議員も官僚もこのコロナ下の非常時にはこの1年半何も役に立っていない。
学び改める時間はいっぱいありました。・・審議を尽くさず国会を閉めてしまった事もありました。国民のだれもが疑問に思うような問題も解決せずに解決したかのように先延ばしをしている問題もいっぱいあります。こんな状況の中で緊急事態宣言や蔓延防止策を何回も繰り返しても効果はどんどんなくなるばかり。政策を施工する側の法律違反が次々にあからさまになる報道が続く中、国民とまともに向き合おうともしない菅首相は何が何でも東京オリンピックの開催に躍起である。言っていることとしていることが真反対。
〝今日の地球を読む〟に日本の非常時体制に不備という記事を政策研究大学院大学長の田中明彦さんが分かりやすく書かれておられます。

田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は、日本の国際政治学者。国立大学法人政策研究大学院大学学長。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、独立行政法人国際協力機構理事長を歴任。三極委員会アジア太平洋地域議長。
おそらく安倍前首相も菅首相も、いくら指示をしてもほとんど意図したとおりのことが実現せず切歯扼腕したのではないか。
しかし、制度も能力もないことは、いくら命令しても実現しない。誰かがサボっていて物事が進まないのではない。皆頑張っているが、できないことはできないのである。
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『切歯扼腕・(せっしやくわん)四字熟語「切歯扼腕」の意味。切歯扼腕とは、激しく怒って、悔しがる様子のこと。「切歯」は歯ぎしりをすることや歯を食いしばること。「扼腕」は自身の片方の腕をもう片方の手で握り締めること。
意味: 激しく怒って、悔しがる様子のこと。; 「切歯」...
読み方: せっしやくわん』
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なぜできないのか。非常時には、平時には必要のない人が大勢必要とされるからである。しばしば指摘されるように、PCR検査を迅速に拡大し、感染者を追跡調査するには、それ以外の業務を犠牲にしてもなお人が足りなかった。感染者を治療するには、恒常的に発生する病気の治療に加えて、さらなる医師・看護師が必要とされる。国民全体に急速にワクチンを接種するには、接種にあたる人を大勢用意しなければできない。今後の接種がどれだけ進むかは、接種できる人の確保にかかっている。
どうしたらよいのか。あらゆる危機に対応できるように人材や資源を政府が常時確保しようとするのは現実的ではないであろう。感染症だけが将来起こりうる異常事態ではない。大地震や津波、大水害、原発事故、外国からの攻撃や侵略、大規模テロなどあらゆる可能性を想定して対応できる人材を政府が確保したら、平時にはとてつもない余剰人材を抱えることになる。
現実的なのは、非常時に有効に対応できる人材と資源を政府が維持しつつ、非常時に市場と社会から人材や資源を「動員」する仕組みを制度化しておくことである。いうまでもなく、このような発想のプロトタイプは戦時動員体制である。平時には必要最小限の軍と軍事生産を確保しておき、有事には予備役の動員や徴兵によって軍を拡大し、軍事生産も民間を動員して一挙に拡大するというパターンである。第2次世界大戦の時の米国がこれを最も効果的に実現した。
人材・資源動員へ法整備を
日本では、戦前・戦中の国家総動員体制に関する悪夢もあり、戦時を思い起こさせる一切の制度に対する忌避感があった。有事関連法制ですら実現したのは21世紀にはいってからであり、戦時を想定した国家規模での動員体制はいまだ構想すらされていない。
しかし、基幹部分を国が平時から維持し非常時に人材や資源を市場や社会から「動員」するパターンが有効なのは戦争に限らない。
今回の新型コロナウイルス対応で、米国政府は大統領権限で民間企業に協力を求める「国防生産法」を発動し、ファイザーなど薬品会社によるワクチンの開発・生産を促進させた。ワクチン接種率で米英両国とイスラエルが、他国を圧倒しているのは偶然ではない。
わが国においても、大規模自然災害では、平時は各自治体が防災にあたり、自治体のみで対応できない場合は自衛隊に支援を求め、さらに復旧・復興過程ではボランティアや民間企業からの協力を求めることは、繰り返されている。東日本大震災の後も、被災自治体には全国各地の自治体から応援がよせられた。
今回も似たパターンのことが実際に起きた。菅首相が自衛隊にワクチンの大規模接種会場の設営を指示したのは、国家の基幹的な非常事態対応組織への命令である。国民にマスクを配る業務や接触アプリの開発を民間企業に委託したことは、市場からの資源や人材の動員であり、潜在看護師に復職を依頼してワクチン接種に協力してもらうというのは、社会に存在する潜在的人材の動員である。
わが国で問題なのは、これらの非常事態対応の基幹組織が十分でなかった上に、市場や社会からの動員が、迅速でも効果的でもなかった場合が多かったことである。そもそも自衛隊は、医療に対する国家としての基幹組織ではない。国立病院機構や国立感染症研究所、保健所などの体制の強化について、早急に検討を始めるべきだ。
さらに必要なのは「動員体制」の整備であろう。すでに述べたように、非常時でもすべてを国家が行うことはできない。現在日本が直面している困難は、非常時に市場や社会に対して、何をどういう仕組みで指示できるのかがはっきりしていないことなのである。
コロナ対応の改正新型インフルエンザ対策特別措置法は本来、第1波直後の昨年夏くらいには成立させておいてしかるべきだった。遅きに失したとはいえ実現したのはよかったが、この法律の規定は、緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置が実施されている際に、何時以降営業するなとか、酒を提供するなといった禁止事項が中心である。つまり「○○するな」という制度体系である。
これに対して、「○○せよ」という制度も必要である。改正感染症法で、医療機関に「病床確保」が求められている。これは「○○せよ」という制度である。しかし、「○○せよ」という制度は、「○○するな」という制度より、一般には体制構築が難しい。「○○せよ」という指示は、それがそもそもできないことであれば、いくら命令しても実現しないからだ。
市場で調達したくても、供給可能でなければ調達できない。マスクの配布がなかなか実現できなかったことを思い出してほしい。
アプリ開発を市場に丸投げしてもうまくいくとは限らない。また、潜在看護師を社会から調達しようとしても、あらかじめ依頼する人々の都合を配慮した仕組みを作っておかなければうまくいかない。
今後おこりうる非常事態は、さらに危険な新しい感染症、大規模災害、あるいは有事を含む安全保障上の危機かもしれない。国家が常に維持しておくべき非常事態に対応する基幹組織の規模や機能を精査し、整備しておきたい。
それぞれの危機において市場や社会から動員するための法整備を行い、市場や社会との対話によって私権に配慮しつつ、効果的な動員能力を確保する仕組みを築かねばならない。
新型コロナウイルスの感染拡大という異常事態は、なかなか収束しない。しかし、そろそろパンデミック後に日本が国家として何をなすべきか、考えていかなければならない。そのためには、この1年余りの経験から何を学ぶのか、整理する必要がある。
最大の確認事項は、日本という国家には異常事態に対応するための仕組みと能力が大きく欠如していたことである。PCR検査の実施体制を迅速に強化できなかったこと、ワクチン開発を国が主導して実施できなかったこと、そして現在目の当たりにしているように、ワクチン接種にも長期の時間を要すること。これらは皆、国家としての日本の体制不備と能力欠如を示している。
平時と非常時の日本の国の在り方を考えてどんな非常時であれ対応が出来るように法整備を整えておくのが国の役目である。
国会議員も官僚もこのコロナ下の非常時にはこの1年半何も役に立っていない。
学び改める時間はいっぱいありました。・・審議を尽くさず国会を閉めてしまった事もありました。国民のだれもが疑問に思うような問題も解決せずに解決したかのように先延ばしをしている問題もいっぱいあります。こんな状況の中で緊急事態宣言や蔓延防止策を何回も繰り返しても効果はどんどんなくなるばかり。政策を施工する側の法律違反が次々にあからさまになる報道が続く中、国民とまともに向き合おうともしない菅首相は何が何でも東京オリンピックの開催に躍起である。言っていることとしていることが真反対。
〝今日の地球を読む〟に日本の非常時体制に不備という記事を政策研究大学院大学長の田中明彦さんが分かりやすく書かれておられます。

田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は、日本の国際政治学者。国立大学法人政策研究大学院大学学長。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、独立行政法人国際協力機構理事長を歴任。三極委員会アジア太平洋地域議長。
おそらく安倍前首相も菅首相も、いくら指示をしてもほとんど意図したとおりのことが実現せず切歯扼腕したのではないか。
しかし、制度も能力もないことは、いくら命令しても実現しない。誰かがサボっていて物事が進まないのではない。皆頑張っているが、できないことはできないのである。
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『切歯扼腕・(せっしやくわん)四字熟語「切歯扼腕」の意味。切歯扼腕とは、激しく怒って、悔しがる様子のこと。「切歯」は歯ぎしりをすることや歯を食いしばること。「扼腕」は自身の片方の腕をもう片方の手で握り締めること。
意味: 激しく怒って、悔しがる様子のこと。; 「切歯」...
読み方: せっしやくわん』
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なぜできないのか。非常時には、平時には必要のない人が大勢必要とされるからである。しばしば指摘されるように、PCR検査を迅速に拡大し、感染者を追跡調査するには、それ以外の業務を犠牲にしてもなお人が足りなかった。感染者を治療するには、恒常的に発生する病気の治療に加えて、さらなる医師・看護師が必要とされる。国民全体に急速にワクチンを接種するには、接種にあたる人を大勢用意しなければできない。今後の接種がどれだけ進むかは、接種できる人の確保にかかっている。
どうしたらよいのか。あらゆる危機に対応できるように人材や資源を政府が常時確保しようとするのは現実的ではないであろう。感染症だけが将来起こりうる異常事態ではない。大地震や津波、大水害、原発事故、外国からの攻撃や侵略、大規模テロなどあらゆる可能性を想定して対応できる人材を政府が確保したら、平時にはとてつもない余剰人材を抱えることになる。
現実的なのは、非常時に有効に対応できる人材と資源を政府が維持しつつ、非常時に市場と社会から人材や資源を「動員」する仕組みを制度化しておくことである。いうまでもなく、このような発想のプロトタイプは戦時動員体制である。平時には必要最小限の軍と軍事生産を確保しておき、有事には予備役の動員や徴兵によって軍を拡大し、軍事生産も民間を動員して一挙に拡大するというパターンである。第2次世界大戦の時の米国がこれを最も効果的に実現した。
人材・資源動員へ法整備を
日本では、戦前・戦中の国家総動員体制に関する悪夢もあり、戦時を思い起こさせる一切の制度に対する忌避感があった。有事関連法制ですら実現したのは21世紀にはいってからであり、戦時を想定した国家規模での動員体制はいまだ構想すらされていない。
しかし、基幹部分を国が平時から維持し非常時に人材や資源を市場や社会から「動員」するパターンが有効なのは戦争に限らない。
今回の新型コロナウイルス対応で、米国政府は大統領権限で民間企業に協力を求める「国防生産法」を発動し、ファイザーなど薬品会社によるワクチンの開発・生産を促進させた。ワクチン接種率で米英両国とイスラエルが、他国を圧倒しているのは偶然ではない。
わが国においても、大規模自然災害では、平時は各自治体が防災にあたり、自治体のみで対応できない場合は自衛隊に支援を求め、さらに復旧・復興過程ではボランティアや民間企業からの協力を求めることは、繰り返されている。東日本大震災の後も、被災自治体には全国各地の自治体から応援がよせられた。
今回も似たパターンのことが実際に起きた。菅首相が自衛隊にワクチンの大規模接種会場の設営を指示したのは、国家の基幹的な非常事態対応組織への命令である。国民にマスクを配る業務や接触アプリの開発を民間企業に委託したことは、市場からの資源や人材の動員であり、潜在看護師に復職を依頼してワクチン接種に協力してもらうというのは、社会に存在する潜在的人材の動員である。
わが国で問題なのは、これらの非常事態対応の基幹組織が十分でなかった上に、市場や社会からの動員が、迅速でも効果的でもなかった場合が多かったことである。そもそも自衛隊は、医療に対する国家としての基幹組織ではない。国立病院機構や国立感染症研究所、保健所などの体制の強化について、早急に検討を始めるべきだ。
さらに必要なのは「動員体制」の整備であろう。すでに述べたように、非常時でもすべてを国家が行うことはできない。現在日本が直面している困難は、非常時に市場や社会に対して、何をどういう仕組みで指示できるのかがはっきりしていないことなのである。
コロナ対応の改正新型インフルエンザ対策特別措置法は本来、第1波直後の昨年夏くらいには成立させておいてしかるべきだった。遅きに失したとはいえ実現したのはよかったが、この法律の規定は、緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置が実施されている際に、何時以降営業するなとか、酒を提供するなといった禁止事項が中心である。つまり「○○するな」という制度体系である。
これに対して、「○○せよ」という制度も必要である。改正感染症法で、医療機関に「病床確保」が求められている。これは「○○せよ」という制度である。しかし、「○○せよ」という制度は、「○○するな」という制度より、一般には体制構築が難しい。「○○せよ」という指示は、それがそもそもできないことであれば、いくら命令しても実現しないからだ。
市場で調達したくても、供給可能でなければ調達できない。マスクの配布がなかなか実現できなかったことを思い出してほしい。
アプリ開発を市場に丸投げしてもうまくいくとは限らない。また、潜在看護師を社会から調達しようとしても、あらかじめ依頼する人々の都合を配慮した仕組みを作っておかなければうまくいかない。
今後おこりうる非常事態は、さらに危険な新しい感染症、大規模災害、あるいは有事を含む安全保障上の危機かもしれない。国家が常に維持しておくべき非常事態に対応する基幹組織の規模や機能を精査し、整備しておきたい。
それぞれの危機において市場や社会から動員するための法整備を行い、市場や社会との対話によって私権に配慮しつつ、効果的な動員能力を確保する仕組みを築かねばならない。


昨日は24年ぶりのスーパームーンで皆既月食でしたがあいにく八代では夕方5時頃から雨が降り出して月食の観察は出来ませんでした。
九州はまた梅雨が戻って来たようです。



この雨のお陰で皐月に追われるように紫陽花が次から次へと花を付けています。
今日は胃と大腸の内視鏡検査です。
歳をとるとそこらじゅうの検査が必要になってきます。

今日は母の日、1週間ほど前に早々と届いた長男坊から母の日の贈り物。
毎年毎年母の日に届いた花は庭のあちこちにきれいな花を咲き続けてくれています。
ありがとう。

我が家の〝さつき〟もやっと咲き始めこれから花が楽しめそうです。
この花はサツキツツジ(皐月躑躅)、映山紅(えいさんこう)などとも呼ばれており、他のツツジに比べ1ヶ月程度遅い5~6月頃、つまり旧暦の5月 (皐月) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われている。ほかのツツジ類と比べて花形や樹形についてはほとんど相違がないが、開花期が異なるために園芸的に区別されている。関東以西と九州南部に分布し、南限の屋久島では多数の自生のサツキを見ることができる。
本来は渓流沿いの岩の上に生育し水際に自生するだけに根が水に強く、加湿を嫌うツツジとは対照的である。強い酸性土壌を好み耐寒性も比較的あり、丈夫で育てやすい。

ツクシイバラ(筑紫薔薇、)は、バラ科のバラ属に分類される植物。 九州を意味するつくし(筑紫)とイバラを合わせた名前で、南九州独特のノイバラの意味である。バラ栽培の土台として適していたため、盗掘や河川環境の変化に伴い減少傾向にあった。 そのため県では2004年に熊本県レッドデータブックに絶滅危惧種II類として登録し保全を図っている。
現在自生している場所は少なく熊本県球磨郡錦町の球磨川河川敷で唯一、群生したツクシイバラを見ることができる。
母種のノイバラより全体にやや大きく、花は淡紅色または白色で、直径3-5cmと大きい。 花序や花柄、萼に紅色の長い腺毛が密生するのが特徴で、特に花序は真っ赤になる程密生する。
小葉は5-7枚、深緑色で粗い鋸歯があり、他のノイバラと異なり小葉に光沢がある。 葉裏の毛は少なく、葉軸は無毛で腺毛が生える。
果実は直径5-8ミリ長さ8-10ミリ程で、花期は5-6月。

孔雀サボテン

アジサイ

●花序
花序(かじょ)とは枝上における花の配列状態のことである。チューリップのように茎の先端(茎頂)に単独で花をつけるもの(こうしたものを単頂花序という)もあるが、ヒマワリやアジサイのように花が集団で咲くものもある。このような花の集団を花序という。花の配置、軸の長短、花柄の有無、比率等により、いくつかの基本形態がある。
●花柄
花柄(かへい、)または花梗(かこう)とは、花序(受精後は果実)を支えるための茎である。
花柄は通常緑色であるが、色が付いていることもある。また小さな葉が付いている場合もある。花柄は分岐していることもあり、その場合、分岐は小花柄 (pedicel) と呼ばれる。
●萼
萼 (がく、ガク、) とは、花において最も外側にあり、その内側の花冠とは明らかに色・大きさなどが異なる葉的な要素に対する集合名称である。萼を構成する個々の要素は、萼片 (がく片、ガク片) とよばれる。
花を構成する要素のうち、ふつう萼片は最も葉的な特徴をもち、緑色で気孔をもつことが多い。萼は、ふつう開花前の花 (つぼみ) において、他の花要素を保護する役割を担うが (右図)、目立つ色・大きさで送粉者を誘引するもの (ガクアジサイなど) や、果実の発達を補助するもの、花後に発達して種子散布に寄与するもの (タンポポなど) もある。また果実に残っている萼 (と花托の一部) は、一般名としてへた (蔕) とよばれることがある (イチゴ、カキ、トマトなど)。
この花はサツキツツジ(皐月躑躅)、映山紅(えいさんこう)などとも呼ばれており、他のツツジに比べ1ヶ月程度遅い5~6月頃、つまり旧暦の5月 (皐月) の頃に一斉に咲き揃うところからその名が付いたと言われている。ほかのツツジ類と比べて花形や樹形についてはほとんど相違がないが、開花期が異なるために園芸的に区別されている。関東以西と九州南部に分布し、南限の屋久島では多数の自生のサツキを見ることができる。
本来は渓流沿いの岩の上に生育し水際に自生するだけに根が水に強く、加湿を嫌うツツジとは対照的である。強い酸性土壌を好み耐寒性も比較的あり、丈夫で育てやすい。

ツクシイバラ(筑紫薔薇、)は、バラ科のバラ属に分類される植物。 九州を意味するつくし(筑紫)とイバラを合わせた名前で、南九州独特のノイバラの意味である。バラ栽培の土台として適していたため、盗掘や河川環境の変化に伴い減少傾向にあった。 そのため県では2004年に熊本県レッドデータブックに絶滅危惧種II類として登録し保全を図っている。
現在自生している場所は少なく熊本県球磨郡錦町の球磨川河川敷で唯一、群生したツクシイバラを見ることができる。
母種のノイバラより全体にやや大きく、花は淡紅色または白色で、直径3-5cmと大きい。 花序や花柄、萼に紅色の長い腺毛が密生するのが特徴で、特に花序は真っ赤になる程密生する。
小葉は5-7枚、深緑色で粗い鋸歯があり、他のノイバラと異なり小葉に光沢がある。 葉裏の毛は少なく、葉軸は無毛で腺毛が生える。
果実は直径5-8ミリ長さ8-10ミリ程で、花期は5-6月。

孔雀サボテン

アジサイ

●花序
花序(かじょ)とは枝上における花の配列状態のことである。チューリップのように茎の先端(茎頂)に単独で花をつけるもの(こうしたものを単頂花序という)もあるが、ヒマワリやアジサイのように花が集団で咲くものもある。このような花の集団を花序という。花の配置、軸の長短、花柄の有無、比率等により、いくつかの基本形態がある。
●花柄
花柄(かへい、)または花梗(かこう)とは、花序(受精後は果実)を支えるための茎である。
花柄は通常緑色であるが、色が付いていることもある。また小さな葉が付いている場合もある。花柄は分岐していることもあり、その場合、分岐は小花柄 (pedicel) と呼ばれる。
●萼
萼 (がく、ガク、) とは、花において最も外側にあり、その内側の花冠とは明らかに色・大きさなどが異なる葉的な要素に対する集合名称である。萼を構成する個々の要素は、萼片 (がく片、ガク片) とよばれる。
花を構成する要素のうち、ふつう萼片は最も葉的な特徴をもち、緑色で気孔をもつことが多い。萼は、ふつう開花前の花 (つぼみ) において、他の花要素を保護する役割を担うが (右図)、目立つ色・大きさで送粉者を誘引するもの (ガクアジサイなど) や、果実の発達を補助するもの、花後に発達して種子散布に寄与するもの (タンポポなど) もある。また果実に残っている萼 (と花托の一部) は、一般名としてへた (蔕) とよばれることがある (イチゴ、カキ、トマトなど)。
昨日は熊本市熊本博物館に行って来ました。
場所が分からなかったので加藤神社の駐車場に車を預け約1㎞お城の登坂を上って博物館へ。
博物館での作業は私たちの活動紹介の展示です。
「熊本の大地の成り立ち」の活動内容を写真と採集した石を展示することによって熊本のこんな場所でこんなに珍しい石や化石など色々な種類の石を見ていただき熊本の自然を理解してもらい、熊本を好きになってもらう事が目的です。〈個人の意見です〉
自粛生活が続く中、展示応援には12~3人の方が集まりました。
毎日家にいるよりは何か行動する・・このことが気分転換にもなります。

本日は休館日のため裏口から出入りをさせていただきました。




作業は1時間ほどで終わりました。
博物館からの帰り道はほとんどが下り道、桜の写真を撮りながら博物館への往復はいい運動になりました。





今日は彼岸明けです。

場所が分からなかったので加藤神社の駐車場に車を預け約1㎞お城の登坂を上って博物館へ。
博物館での作業は私たちの活動紹介の展示です。
「熊本の大地の成り立ち」の活動内容を写真と採集した石を展示することによって熊本のこんな場所でこんなに珍しい石や化石など色々な種類の石を見ていただき熊本の自然を理解してもらい、熊本を好きになってもらう事が目的です。〈個人の意見です〉
自粛生活が続く中、展示応援には12~3人の方が集まりました。
毎日家にいるよりは何か行動する・・このことが気分転換にもなります。

本日は休館日のため裏口から出入りをさせていただきました。




作業は1時間ほどで終わりました。
博物館からの帰り道はほとんどが下り道、桜の写真を撮りながら博物館への往復はいい運動になりました。





今日は彼岸明けです。







パソコンの調子が悪くて2~3日パソコンと奮闘中。
気分転換を兼ねて庭に咲いている花々を写真に撮ってみました。
柿、花梨、紅葉、花が終わったばかりの梅の木など、ここ2~3日の気温の変化で若葉を付け始めています。
ようやく春が来そうです。
昨日は奮起一転、朝から大島ゴルフに打ちっ放しの練習に行きました。

今迄月1回のコンペと仲間内でのプレーを一回、合わせて月2回のゴルフを続けてきましたが年と共にだんだんスコアーがまとまらず最近ではプレーするのが億劫になってきました。
歳をとるにつれて徐々に仲間が少しづつ減ってきます。
プレーをする度に情けない想いをしながら続けている自分に嫌気がさす・・皆さんこんな想いをしながら引退して行くのでしょうか。
もう少しゴルフを楽しみたい。
こんな想いでもう一度練習から始めようと練習場に週一回通うことにしました。
2月23日
2月21日
画像の撮り入れ、NECさんに先日教えていただきなんとか出来るようになりましたがまだ完全に熟知したとは言えません。
時間をかけてやっと画像の取入れが出来る程度。
完全に理解して操作をしていないんでしょうね。
ゴルフも一緒。


今日はロータリー設立記念日(2月23日 記念日)・・八代宮の入り口にあるロタリークラブの石碑には「4つのテスト」の文章が刻まれています。
昔現役時代に寿崎社長からよくこの教えについて繰り返し学びました。
1905年(明治38年)のこの日、アメリカ・シカゴで、青年弁護士ポール・ハリスが友人3人とともに世界初のロータリークラブを設立した。
ロータリークラブは、「会員同士の親睦を深め自己啓発を進めながら自分の職業を生かして世界や地域に奉仕して行くこと」を目的としている。現在では200以上の国や地域に約3万のロータリークラブがあり、約120万人の会員がいる。輪番・回転にちなみ、6本スポークの歯車がシンボルマーク(エンブレム)である。
そして今日は天皇誕生日で祝日です。
毎日休日の私達にはいつもと同じ。


今迄月1回のコンペと仲間内でのプレーを一回、合わせて月2回のゴルフを続けてきましたが年と共にだんだんスコアーがまとまらず最近ではプレーするのが億劫になってきました。
歳をとるにつれて徐々に仲間が少しづつ減ってきます。
プレーをする度に情けない想いをしながら続けている自分に嫌気がさす・・皆さんこんな想いをしながら引退して行くのでしょうか。
もう少しゴルフを楽しみたい。
こんな想いでもう一度練習から始めようと練習場に週一回通うことにしました。


画像の撮り入れ、NECさんに先日教えていただきなんとか出来るようになりましたがまだ完全に熟知したとは言えません。
時間をかけてやっと画像の取入れが出来る程度。
完全に理解して操作をしていないんでしょうね。
ゴルフも一緒。


今日はロータリー設立記念日(2月23日 記念日)・・八代宮の入り口にあるロタリークラブの石碑には「4つのテスト」の文章が刻まれています。
昔現役時代に寿崎社長からよくこの教えについて繰り返し学びました。
1905年(明治38年)のこの日、アメリカ・シカゴで、青年弁護士ポール・ハリスが友人3人とともに世界初のロータリークラブを設立した。
ロータリークラブは、「会員同士の親睦を深め自己啓発を進めながら自分の職業を生かして世界や地域に奉仕して行くこと」を目的としている。現在では200以上の国や地域に約3万のロータリークラブがあり、約120万人の会員がいる。輪番・回転にちなみ、6本スポークの歯車がシンボルマーク(エンブレム)である。
そして今日は天皇誕生日で祝日です。
毎日休日の私達にはいつもと同じ。



今日の勉強はこれ。
新聞の読み方には色々あるそうですが私は1面の見出しと1面のコラムは必ず目を通すようにしています。
欲を言えば社説までは読み込みたいのですが今は題目を見て気に入ったもので選別しています。
今日の読売編集手帳、キャラクターについての話のようだが何度かは目にしたことはあるかも知れないのに思い出せないキャラが多くて少し読みずらい感じがしました。キャラが全部頭に浮かべばサラッと読み通せるのですが分からないものが多くて話がつかみにくい。
皆さんはこの記事良く理解できますか?
1円切手の顔と言えば、前島密(ひそか)だ。郵便制度を建議した明治新政府の高官だけに厳いかめしいが、創業150年を迎える4月、別のデザインの1円切手が発行される◆日本郵便のキャラクター「ぽすくま」をあしらう。“密”で前島が消えるわけではなく、かわいい封筒に合う切手も、との声に応えたのだとか。くまキャラ、人気だなと感心しつつ、ユウちゃんやポポックを思い出す◆郵便局ではその昔、リスのユウちゃんが貯金を呼びかけていた。郵政民営化を経て、架空の世界に暮らすポポックたち3人組がしばらくグループをPRしたが、これまた引退して久しい◆ほかにも官庁から地方の町村まで、膨大なキャラを作ってきた。みんな元気なのだろうか。かつて愛知万博が閉幕した後、ホラーじみたキャラにひるんだことがある。当初は「モリゾー」の姿に樹木を剪定せんていしていたはずが、ボウボウに繁茂していた◆折しも雛ひな飾りの時期である。50年前の本紙寄稿で、作家の津村節子さんは〈一年に一度は出してやらないとお雛さまが泣く〉と母に聞かされていたと記す。キャラも同じ心で大切にしたらよさそうだが。
●前島 密(まえじま ひそか、天保6年1月7日(1835年2月4日) - 大正8年(1919年)4月27日)は、日本の官僚、政治家。本姓は上野。通称は来輔。号は如々山翁鴻爪(こうそう)。日本の近代郵便制度の創設者の一人であり、その功績から「郵便制度の父」と呼ばれる。今日も使われる「郵便」「切手」「葉書」という名称を定めたほか、1円切手の肖像で知られる。
津村 節子は、日本の小説家。本名は吉村 節子。 福井市生まれ。1965年「玩具」で芥川賞、1990年『流星雨』で女流文学賞、1998年『智恵子飛ぶ』で芸術選奨文部大臣賞、2003年「長年にわたる作家としての業績」で恩賜賞・日本芸術院賞受賞。同年日本芸術院会員となる。2011年「異郷」で川端康成文学賞受賞。
生年月日: 1928年6月5日 (年齢 92歳)
