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Posted by おてもやん at

2013年11月30日

小豆島③



小豆島は福田港、大部港、土庄港、池田港、草壁港、坂手港と本州(姫路、日生、新岡山、宇野)からと四国(高松)からの連絡船で結ばれています。

約400年前、冬・夏の陣で落城した大阪城を修復する際に切り出され使われることなく放置された約40個の残石が「大阪城残石記念公園」オアシスにあり、古文書などを通じて当時の歴史が詳しく説明されています。








小豆島といえば坪井栄の小説で有名な「二十四の瞳」 ここには小説の舞台となった明治35年に建てられた岬の分教場や、映画のロケ地として昭和62年に建てられた二十四の瞳映画村があります。

















映画村の中のコスモス畑も綺麗でした。














映画村の教室は分教場と全く同じように造られています。


「世界で一番狭い海峡」としてギネスブックに平成8年に登録された土渕海峡です。

小豆島はこの他にも「迷路の町」としても有名で昔懐かしい街並みが残っています。また醤油と佃煮の香りが漂う醬(ひしお)の郷としても有名です。小豆島八十八カ所霊場は「島四国」と呼ばれ、1年中多くのお遍路さんが訪れ、霊場めぐりでも親しまれています。若い恋人たちには、潮の満ち引きで道が現れたり消えたりする人気の観光スッポト、天使の散歩道(エンジェルロード)やそれを見下ろす約束の丘展望台など観光には最適な所です。

時間の関係で多くは廻れませんでした。又の楽しみにしておきます。  


Posted by マー君 at 10:31Comments(0)

2013年11月29日

小豆島②

寒霞渓頂上の石碑です。23日に小豆島に着いてすぐに寒霞渓に向かったのですが、この時期は四国や岡山、関西方面からの観光客が多くてケーブルに乗るのに2時間待ちが普通の状態との事で翌日早々から見物に行く事にしました。

3時頃、頂上付近の景色です。
小豆島オリーブ公園のオリーブの木です。小豆島は瀬戸内の温暖な気候に恵まれた所で、日本のオリーブ発祥の地です。





実はブドウくらいの大きさで黒くなれば落ちます。





公園の中にこんなオブジェもありました。





















物産館の中に石像が。








翌朝ケーブルカーの中から寒霞渓の9時頃の景色です。  


Posted by マー君 at 15:06Comments(0)

2013年11月28日

寒霞渓に魅せられて


今年の兄弟旅行は紅葉を楽しもうと言う事で寒霞渓(香川県小豆郡小豆島町)に11/23~11/24で行ってきました。1300万年前の火山活動で誕生し、200万年の歳月が創造した渓谷美、日本三大渓谷美のひとつとして知られています。標高差317メートル、全長917メートル、ロープウェイからの展望は世界に誇る景勝地とも言われています。

ケーブルから下向きに見た紅葉がなんとも言えないほど綺麗でした。京都、奈良などの人がつくった紅葉とは一味趣が違います。  


Posted by マー君 at 14:01Comments(0)

2013年11月27日

なんじゃ・・こりゃ‼


えらいこっちゃ‼えらいこっちゃ‼ 世の中が変わる。 日本が変わる。・・・政権与党ののやりたい放題・・今日の西日本新聞一面見出し【秘密保護法案衆院通過】自公み 採決を強行「知る権利」保障なく 二面 第三者機関、指定期間・・・課題山積 「生煮え」法案参院へ 二面社説 秘密保護法案あらためて廃案を求める 三面総合 「巨大与党の暴走」 官邸主導 国会無力 「政権 牙をむき出し」 
社説から 「国民統制」色強く 素直に言って、安全保障上の必要性を主眼に掲げた法案の向こうに透けて見えるのは、先進民主主義国の一つのモデルとして情報公開を社会の基本に据えた「開かれた国家」とは異なる、政府・官僚組織による国民統制・治安維持強化の色合いの濃い国家像だ。 
法案作成で強く意識した米国でさえ、機密保全に国家運営の大きな重心を置く一方で、秘密指定・解除に関してきわめて権限の強い観察機関を置き、政府の「独走」を防止する機能を負わせている。
また米国は公文書について機密指定から25年後までの原則公開を定めているのに対し、特定秘密保護法案は例外的文書について秘密指定後60年以降も半永久的に非公開となる可能性があり、基本理念がまったく異なる。
情報公開を担保する具体策が明確でないまま、社会全体に「秘密保持」の空気が蔓延すれば、日本から個人の自由な活動、発言を基盤とした民主主義社会の生気を失わせることにならないか。大きな危惧を抱かざるを得ない。・・・
「国防上の必要性」を前面に国民への管理を強化することは過去の歴史に照らしても極めて重大な問題をはらんでいる。・・・このまま法案成立を急いでは将来に大きな禍根を残す。政府と与党はいま一度、考え直すべきだ。

全くその通りだが・・・  


Posted by マー君 at 17:45Comments(0)
小雪(しょうせつ)・・「こゆき」ではなく「しょうせつ」と読みます 立冬 → 小雪 → 大雪 二十四節気の第20 立冬から数えて15日目頃 定気法では太陽黄経が240度のときで11月22日ごろ 期間としての意味もあり、この日から、次の節気の大雪前日まで。  

わずかながら雪が降り始める頃。本格的な冬の到来がすぐそこに感じられる時季です。

今年は異常気象の為違っていますが通年は日本の気象は図柄どうりだと思われます。
11月22日 お天気豆知識 - goo天気にこんな記事がありました。 

【二十四節気と初雪】

二十四節気の「小雪(しょうせつ)」
寒さが厳しくなり、雪が降り出すころという意味です。
暦の上では雪の季節を迎えますが、実際はどうでしょうか?

初雪の平年日をみますと、
北海道や東北の北部は、「小雪」の前に初雪が降ります。
東北の南部から北陸、山陰地方かけては暦通りで、
「小雪」から「大雪(たいせつ)」までの間。
一方、関東から九州にかけては「大雪」を過ぎてからで、
暦より遅れて初雪を迎えるところが多いようです。

「小雪」を過ぎれば、高い山の雪は深まり、
東北や北海道は、平地でも雪が積もる日があります。
初雪にうながされるように、冬支度を進める季節がやってきます。

しかし今年は寒いですね。・・・今日は妙見祭神幸行列のお下りの日です。  


Posted by マー君 at 08:00Comments(0)

2013年11月20日

妙見祭にちなんで③


妙見祭の1か月(市報参考)の流れを見てみますと以下のようになっており注連卸・しめおろしで始まり注連納・しめおさめで一段落つくような流れのようです。笠鉾や奴を担当する町内はそれぞれ町内での段取りがあるようです。
■11/1(金) 12:00 注連卸・しめおろし 八代神社(妙見宮)に納めていた獅子頭の封印を解き、舞を奉納します。
■11/11(月) 7:00 馬揃い その年に奉納される飾馬の計測とお祓いをします。
■11/15(金) 11:00 浅井神社大祭 七五三でも有名な浅井神社(八王社)の祭りで、獅子舞と神馬を奉納します。午後からは、松浜軒の庭園
             でも獅子舞が見られます。
■11/18(月) 11:00 中宮祭 砥崎河原上流の妙見中宮で祭事が行われます。
■11/22(金) 14:00 行列(お下り) 神馬と神輿を中心に塩屋八幡宮まで行列を行います。
■11/23(土・祝) 7:30 行列(お上り)
■12/1(日) 11:00 注連納・しめおさめ 封印した獅子頭を神社に返し、また次年度の神馬奉納者を決定します。

獅子は行列の先頭で神が通る道を祓う役目を持っています。八代の商人井桜屋勘七が長崎で見た獅子に感銘し、始めたと言われています(1691年) この獅子は中国風の獅子で、角が2本で胴体が赤と白の雄獅子と角が1本で胴体が赤と黄の雌獅子、毛で覆われた胴体と長い耳、大きな尻尾が八代の獅子の特徴です。日本でも八代周辺にしかいないとの事で300年以上伝統を引き継いでいます。




九州三大祭りの一つである八代神社(妙見宮)の妙見祭、神幸行列の御旅所で「お下り」、「お上り」両方に関係する神社(塩屋八幡宮)です。  


Posted by マー君 at 14:37Comments(1)

2013年11月19日

そうだったのか‼③


人を国、世の中に変えてみると・・

特定秘密保護法案・・・  みんなと与党合意へ 秘密法案 修正協議大詰め・「自公み」で採決も 維新の取り込みは難航・・上記の法案今日(11/19)の西日本新聞1面、2面の見出しです。

【春秋】のコラムが面白い記事を書いていたので紹介します。

植物図鑑を操る手が、その奇妙な名で止まった。「ヘビノボラズ」。蛇登らず? 黄色のかれんな花が咲く野草だが、枝に鋭いとげがあるのでこの名が付いたと言う。「トリトマラズ」とも言うそうだ姿形が目に浮かぶ名は他にも。傘が椅子のように見えるキノコは「サルノコシカケ」。樹皮がつるつるで滑りそうな「サルスベリ(百日紅)」。振ると猫が追い掛けるエノコログサは「ネコジャラシ」。葉にとげのあるヒイラギは、節分に邪鬼を追い払う「鬼の目突き」になる見慣れない植物ヒトツバタゴなどを「ナンジャモンジャ」と呼んだり、2枚の葉だけで何百年も生きる砂漠の珍植物には「キソウテンガイ(奇想天外)」の和名を付けたり。先人のセンスには感心するナンジャモンジャ!と言いたくなる正体不明な法案が国会で審議中だ。特定秘密保護法案。防衛機密などを漏らした公務員らへの罰則を強化するものだ。だが、何が特別に秘密にすべき秘密なのかは、秘密だという。都合の悪い事は、何でも秘密にされかねないいっそ「ヤクニンクチフウジ」法とか「マスコミダマラセロ」法とか「タミニハシラセズ」法といった名にした方が、姿形がはっきりするのではないかもしも、国民の知る権利を奪った戦前の悪法がよみがえる奇想天外が現実となるなら、蛇は登れず鳥は止まれず、人も安心して住めないとげだらけの国になろう。



ヒトツバタゴ  別名「ナンジャモンジャ」と呼ばれる国の天然記念物 で、中国、台湾、朝鮮半島および日本では対馬、岐阜県東濃地方の木曽川周辺、愛知県に隔離分布する珍しい分布形態をとる対馬の鰐浦は日本最大の自生地だそうです。  高さ15m、径70cmにも達する落葉高木。


八代にはこの木はないのかな?  


Posted by マー君 at 13:27Comments(0)記事

2013年11月16日

そうだったのか‼ ②


 11/14 国家のベール【特定秘密保護法案を問う】② 拡大解釈 知らぬ間に市民も監視
1面から社会面に移ったこのシリーズ2回目の内容は・・2007年6月8日、宮城県亘理町(わたりちょう)のシンガー・ソングライターの男性が新聞社から突然電話で2003年12月に地元で9日間「イラクに自衛隊を行かせないライブ」を行った活動。反戦を訴える自作曲を歌い、知人女性が署名を集めた。それが調べられていたという。政府は直前の臨時閣議で自衛隊イラク派遣の基本計画を決定。防ちょう活動を担当する陸上自衛隊情報保全隊は、2003年11月から2004年2月にかけ、イラク派遣に反対する市民団体やメディアの活動状況を収集、分析したとされる。監視対象は41都道府県、289団体・個人に上がる。男性は情報保全隊の監視差し止め訴訟の原告に加わった。
■今年10月28日、仙台高裁。証人出廷した当時の陸自情報保全隊長は証言拒否を繰り返した。「職務上の秘密に該当するため答えられない」。自衛隊はいまだに、監視も、内部資料を作成した事実も認めていない。

特定秘密保護法案は、特定秘密の対象となる「テロリズム」の定義にこんな文言を盛り込んでいる。「政治上その他の主義主張に基づき、国家もしくは他人にこれを強要する活動」 法制化されれば、市民の反戦や反原発運動が安全保障やテロに「関連する」と拡大解釈され、当局に監視される恐れがある。監視自体が特定秘密となれば、その公表さえも違法となりかねない。

・・部分的に記事を抜粋しました。

この様に解説されるとまるで【治安維持法】の再来の様に思えて来て恐ろしくなります。 この法律みんなの為になるのかな?

11/15社会面 ・・③では情報公開 検討過程 今も黒塗り 2011年、情報公開法に基づき開示請求したその資料はほとんど黒塗り、その理由を、政府は「公にすると国の安全が害される恐れがある」・・内閣府の情報公開・個人情報保護審査会に不服申し立てをしても、その答申は「政府側の決定は妥当」・・・・

11/16社会面・・④では核持ち込み 「密約」隠し続けた政府森政権の時に共産党の不破委員長との討論・・1960年の岸内閣の時の日米安保条約改定時、「核持ち込み機密文書」いわゆる核持ち込みの密約があったと言う話。自民党政権は日米同盟の闇と言われる4件の密約「①核持ち込み密約②朝鮮半島有事における米軍の戦闘作戦行動③72年の沖縄返還を受けた有事の核再持込み④沖縄返還時の現状回復補償費の肩代わり」を一貫して否定し続けた。・・・最初の3件は、民主党政権になってようやく認められ④は通称「西山事件」に繋がって行く。・・・
国会議員を退いた不破氏は現在83歳。2年前、自民党の中曽根康弘元首相(95)と雑誌で対談した。
「本当は核密約のこと知ってたんでしょ」。中曽根氏はあっさり答えた。「知ってたよ」

この話、まだまだ続きそう特定秘密保護法案、十分な審議が必要と思いませんか?
  


Posted by マー君 at 10:21Comments(0)記事

2013年11月14日

七五三について

 七五三の由来・・宮廷行事に髪置(かみおき)の儀式【男女とも三歳に成るまでは髪を剃っていましたが三歳になると髪を伸ばし始めます】 袴着(はかまぎ)の儀式【男の子は五歳になると初めて袴をつけます】 帯解(おびとき)の儀式【女の子が七歳に成ると初めて帯を使い始めます、それまでは付紐です】これらの儀式が七五三の基になったと考えられています。男の子は3歳と5歳で、女の子は3歳と7歳で祝い、一般的には数え年で行います。
七五三は節目を迎えた子どもの成長を祝って参拝し、健やかな成長を祈願する行事です。昔は7歳までは神の子といわれ、7歳という節目の年に「帯解の儀」を男女とも行っていましが、やがて3歳の男女が「髪置」、5歳の男の子が「袴着」、7歳の女の子が「帯解」を単独で行うようになり、その後、3歳の男女が「髪置(かみおき)」、5歳の男の子が「袴着(はかまぎ)」、7歳の女の子が「帯解(おびとき)」の祝いを正月や誕生日にするようになり、明治時代に七五三として11月15日に祝うようになりました。現在、男の子は5歳のみをお祝いするのが一般的です。
七五三は毎年11月15日に行われますがなぜ11月15日に、七五三のお参りが行われるようになったかには諸説あります。
•旧暦の15日が、秋の収穫に感謝するお祭りの日「霜月祭」であり、 子供の成長を祈るのに、ふさわしい節目の日とされた
•江戸時代の3代将軍・徳川家光が四男・徳松(のちの5代将軍・綱吉)の5歳の祝いを11月15日「鬼宿日(きしゅくにち 陰暦で鬼宿にあたり、嫁取りのほかは、万事に大吉とされる日)・鬼に邪魔されずにお参りができる」などと言われる吉日に行われた


現在では年齢も満年齢で行ったり、日付も11月15日前後の都合のいい日を見計らって行われているのが普通になりました。時代の流れを感じます。


写真は八代宮 2013・11・13の朝に撮ったものです。下の写真は七五三の飾り付けをした塩屋八幡宮です。

七五三の起源・・室町時代に始まった「帯解(おびとき)の儀」です。昔は7歳までは神の子と考えられていたことや、7歳までの死亡率が高かったため、無事に成長した子どもを神様に見せて感謝する意味もあり、性別を問わず立派な人に育ったことを祝ったのです。それまでの幼児の着物は紐で結ぶだけですが、「帯解の儀」で帯を締めることで、魂が外にとびださないようにする意味もあるそうです。



11/15朝 浅井神社(八代市北の丸町)の様子です。代陽小学校の子供達もいます。








七五三の神事に訪れる人たちも増えてきました。【浅井神社は八代では七五三では伝統ある神社です。】

  


Posted by マー君 at 15:44Comments(0)行事

2013年11月12日

そうだったのか‼

最近になってメディアの間で騒がれだした『特定秘密保護法案』11月12日の西日本新聞にいきさつを含めわかり易く解説してありました。国家のベール『特定秘密保護法案』①の見出しになっているので連載ものかもしれません。
政権の意向 不都合な真実闇から闇 2010年11月4日夜第5管区海上保安本部(神戸)の海上保安官だった一色正春さんが尖閣諸島周辺で中国漁船が海保の巡視船に衝突する映像をネットに投稿しました。映像は瞬く間にネット上に広がり、翌朝メディアが取り上げ日本中が大騒ぎになった事件がありました。あれから3年あの事件はいま形を変え『特定秘密保護法案』というぶっそうな法案として現われてきました。以下記事の抜粋・・

「いつかは捕まるだろうと思った。上司や家族に迷惑が掛かるのも分かっていた」 当時の民主党政権は映像の「保秘」を命じた。それまでは海保職員なら自由に閲覧できた。職場の共用パソコンから映像をUSBにコピーした後も、数日間迷い続けた。「政府は隠したがったが、映像を見たら中国が悪いと一発で分かる。黙っていれば、事実は闇から闇に葬られる」犯人捜しが始まった。投稿から6日後、自ら上司に名乗り出た。警視庁から国家公務員法の守秘義務違反容疑で書類送検され、起訴猶予。停職1年の懲戒処分を受け、海保を依願退職した。それでも、「今もあれが国家の秘密には当たらない」と確信している。 

■民主党政権は、映像流出を「犯罪行為」と断定。当時の仙石由人官房長官は情報漏えい防止のため、秘密保全法案の検討を指示した。11年8月、有識者会議は「最高刑懲役10年の罰則を盛り込んだ秘密保全法制を早急に整備すべきだ」との報告書をまとめた。現在審議中の特定秘密保護法案は、この報告書が土台だ。
安倍晋三首相は10月17日の参院代表質問で「過去15年で公務員による主要な情報漏えい事件は5件で、大変遺憾だ」と秘密法制の必要性を強調した。5件には映像流出事件も含まれる。だが、今月7日から始まった法案審議で、首相は「映像流出は特定秘密に当たらない」と軌道修正した。特定秘密の拡大解釈に批判が高まり、「外された」可能性が高い。
時の政権の意向によって左右されかねない「特定秘密」の範囲。法案のきかっけをつくったといえる一色さんは「当時、秘密保護法があっても投稿しただろう。秘密とは国家のためにあるもので、政権のためじゃない」と考える。
法案が成立すれば、情報公開に対する公務員の姿勢を萎縮させる懸念もある。その是非は別として、一色さんのような「内部告発」のドアに、厳罰の鍵が掛かろうとしている。

知る事、隠す事、みんなの為にどちらが大事なのかな?  


Posted by マー君 at 15:59Comments(0)記事

2013年11月10日

妙見祭にちなんで②


細川家の家紋(九曜紋)が八代神社妙見宮の神紋と同じ
熊本県八代市 妙見宮大祭・・九州三大祭の妙見祭は笠鉾に亀蛇(ガメ)が出てくる不思議な奇祭 平成23年(2011)に国重要無形民俗文化財の指定を受け、全国でも有数の神幸行事として知られるようになりました。
亀蛇が妙見祭の行列に加わるようになったのは、今から300年以上前の江戸時代中期、天和・貞享頃(江戸時代・1680年代頃)と考えられ、今から約1300年前、中国から妙見神が亀蛇(きだ)に乗って八代に上陸したという故事にもとづいて始まったといわれています。神輿や笠鉾、獅子、亀蛇、花奴、鉄砲隊、神馬、飾馬などが参加し塩屋八幡宮と八代神社(妙見宮)の間を練り歩く江戸の時代絵巻さながらの神寺行列を、今も見ることができます。九州三大祭りの一つと言われます。  祭の人気者は「ガメ」と呼ばれる亀蛇(きだ)で、首が2.5m、胴の大きさは畳4枚ほど、全体の重さは200kgあります。砥崎の河原などでユーモラスな妙技を披露しながら走り回ります。16世紀にはすでに祭礼が行われていた記録が残っており、後に細川忠興(ただおき)が妙見祭を復興し、今日の神幸行列の原型を作りました。細川忠興(ただおき)が妙見祭の復興に力を入れたのは、八代神社妙見宮の神紋と細川家の家紋(九曜紋)が、妙見宮の神紋と同じであることを「不思議の因縁」と感じたためといわれています。



妙見菩薩、妙見(北辰)信仰の亀 北極星や北斗七星を神格化した密教の仏、妙見菩薩の神使は、 北の守護神の玄武(亀と蛇の合体)とされ、亀とされた。妙見信仰とは、星座の日周運動の中心が北極星であることから、「北極星(=北辰星)」を高貴な星としてあがめ、北極星に人の運命は支配されるとする思想(=北辰信仰)を基にして、北極星や北斗七星を神格化した妙見菩薩を祀るものである。
東西南北の天体は、東は歳星、西は太白、南は蛍惑、北は辰星である。 北極星は北辰星と呼ばれる。ここから、妙見信仰は北辰信仰ともいう。 密教の陰陽道とも密接な関係にあった。
神使は亀(玄武・亀蛇)東西南北の方位の四神(守護神)のうち、北は玄武である。 北方の守護神、玄武(げんぶ)は、中国の想像上の神獣で、足・首の長い亀に蛇が巻きついた形をしている。また玄武は亀蛇(キダ)とも呼ばれる。
この事から、北極星や北斗七星の化身、妙見菩薩の神使は、北の守護神の玄武(亀蛇)とされ、一般には亀が象徴している。
なお、妙見菩薩は、神仏習合や陰陽道の中で、鎮宅霊符(チンタクレイフ)神、北辰尊星王、真武神ともよばれる。
また、神社系妙見社では仏教系の妙見菩薩ではなく、天御中主命(アメノミナカヌシノミコト)、国常立尊(クニタチトコノミコト)を主祭神ともする。

八代神社(妙見宮)の神紋の九曜紋が神社のあちこちに施されています。
  


Posted by マー君 at 13:08Comments(0)

2013年11月07日

今朝の冬(けさのふゆ)


立冬(りっとう)

11月7・8日頃(2013年は11月7日)。および小雪までの期間。 太陽黄径225度。霜降から数えて15日目頃。 霜降 → 立冬 → 小雪 
立冬とは?冬のはじまりの日です。 「立」には、「季節の変わり目になる」というふうな漢字の意味があり、新しい季節になるという意味で「立春」「立夏」「立秋」と同様に、季節の節目です。
『ホトトギス新歳時記 改訂版』を見ると「立冬」の項には「今朝の冬・けさのふゆ」「冬立つ」「冬に入(い)る」「冬来(きた)る」と挙げられています。「今朝の冬」も「立冬」のこと、立冬当日の朝 「俳句で、立冬の日の朝。引き締まった寒さの感慨をいう語。[季語]冬。」と『三省堂大辞林 』にあります。
●出羽人も 知らぬ山見ゆ 今朝の冬   河東碧梧桐

毎年11月7・8日頃および立冬から小雪の前日までの期間を立冬といいます。
この頃になると、、日中の陽射しも弱まって来て、冬が近いことを感じさせる。木枯らしが吹いたり初霜のたよりが聞こえてきたりするように朝晩の気温が低くなり、冬の気配が見え隠れする時期です。
立冬を過ぎると、初霜が降りて冬の佇(たたず)まいへと変わります。この日から立春の前日までが冬。

昨日八代市図書館で米村恒憲先生の 俳句を楽しむ②実作をめざして と言う講座がありました。本歌取と言うお話から小林一茶が31歳の時に八代に3か月正教寺に逗留していた話【寛政4年(1792年)、30歳から、36歳の年まで俳諧の修行のため近畿・四国・九州を歴遊する】などを交え、俳句の楽しみ方について話されました。なかなかうまく作ることはできませんが、先生の俳句に向き合う熱い想いがお話の節目に感じられ、少し勉強してみようかなそんな思いにさせられる講座でした。次回先生の講座は3月5日にあります。一緒にお話を聞いてみませんか?

君が代や 旅にしあれど 筍(い)の雑煮  

正教寺で正月を迎えた一茶(31歳)の句
  


Posted by マー君 at 09:46Comments(0)

2013年11月01日

妙見祭にちなんで


 お下り 11月22日(金) 午後2時~八代神社発  お上り 11月23日(土) 午前7時30分~塩屋八幡宮発

広報やつしろに八代妙見祭の神幸行列の由来が載っていました。
寛永9年(1632)に八代城主となった細川忠興(三斎)は、入城以来、在城14年間に妙見祭の振興に心魂を傾けました。寛永12年(1635)に寄進した神輿の天井には、自ら龍の絵を描いたと記録されています。忠興の没後は、八代城に入城した松井氏がその意志を引き継ぐことになりました。そして、元禄期以降、行列に獅子、奴、笠鉾、亀蛇などがお供するようになりました。こうして、町衆や百姓衆も参加して天下泰平を楽しむ祭礼へと発展してきたといわれています。

妙見祭と妙見神との関係は 妙見神は白鳳9(680)年、中国の明州(今の寧波)から目深、手長、早足という3人の人間に姿を変えて、亀蛇(きだ)に乗って渡来したとか、百済の聖琳太子となって渡来したという伝説があります。妙見神は竹崎の津から上陸し妙見宮に着かれたと言いますが、八代に来て最初に着いたのが植柳の津(港)、つづいて浅井の津に寄港したといわれています。浅井の津は現在は八代市の中心地になっていて古い港があった様な面影は全くありませんが、八代城の北側、代陽小学校の校庭の南隅に【八王社の樟・くす】と呼ばれるクスの巨木(八代市指定天然記念物 根回り24.5m 幹の回り11.2m)があり、この木の根もとに、浅井神社【もと八王社と呼ばれ明治になり浅井神社と改称される】があります。今、代陽小学校から海はまったく見えませんが、昔は入り江の港になっていました。そこに、底まで見える清らかな湧き水「八つ縄池」があったので、その地を「浅井」と呼ぶようになったといいます。
 さて、浅井の津に着いた妙見神一行はこの浅井で沐浴(もくよく)し身を清めたと伝えられています。そして、妙見宮が創建されるとき、ここに水神である八竜大王を祭る八王社が設けられたと言います。浅井は今は涸れてしまっていますが、以前は妙見祭に奉仕する人や馬はすべて祭りの前にこの泉で身を清めなければならなかったと言います。
 平野の発達に伴い、浅井の津は港としての機能をやがて失います。江戸時代には加藤正方(かとうまさかた)が八代城を今の位置に造りますが、八王社の周辺はその出丸となります。本丸からは北東の鬼門(きもん)にあたり鎮護(ちんご)神として社殿を再興されました。加藤家が改易(かいえき)され、松井氏が城代として八代を治めるようになりますが、代々守護神として、そして農業の神様としてまつられました。享和3(1803)年には神殿・拝殿(しんでん・はいでん)が造営されました。江戸中期以降は妙見宮の末社となり、神馬(しんめ)や獅子舞(ししまい)が奉納されるようになりました。
八王社(浅井神社)は代陽小学校校庭にあり、 海神八竜大王をまつり、八代城北東(鬼門)の守り神でもある。「やつおうさん」と呼ばれている。 今でも11月15日の七五三の祝いの日には妙見さんの神馬や獅子舞を見ることができます。


お城の近くには色々な歴史がありますね。史跡が学校の中とか側にあるのも珍しいと思いませんか?

 

 
 
  


Posted by マー君 at 19:13Comments(0)