スポンサーサイト

上記の広告は90日以上記事の更新がないブログに表示されます。新しい記事を書くことで、こちらの広告が消せます。

  

Posted by おてもやん at
        八代市本町3丁目にある正教寺


正教寺と文暁、芭蕉、高桑蘭公、正岡子規、芥川龍之介、小林一茶 

【標識に書かれている内容】

文暁は正教寺十世 住持、了幻法侶上人のことで、文化十三年に八十二歳で没した。和漢の学問に通じ、九州における俳壇の宗匠的存在であった。芭蕉の臨終前後に著した「花屋日記」で中央に名が知られ、京都東山に芭蕉堂を建てた蕉門の中心人物、高桑蘭公(たかくわらんこう)はじめ多くの俳人たちと交流している。後世正岡子規をして1大奇書と感涙せしめ、芥川龍之介はこの「花屋日記」を土台として「枯野抄」を書いている。
小林一茶は寛政四年三月江戸を発ち、四国九州を旅行、八代に文暁を訪ね数か月逗留し、正教寺で正月を迎えている。

一茶31歳の時で「君が代や旅にしあれど笥(け)の雑煮」の句がある。


※花屋日記

花屋日記は江戸後期の俳諧書で藁井文暁(わらいぶんきょう)編、最初は「芭蕉翁反古文・ばしょうおうほごぶみ」の書名で文化8年(1811年)刊、天保年間(1830~1844年)の再販で現書名となった。芭蕉の門人の手記や手紙を集めた形をよそおった偽書と扱われている。
文暁は自分が書いた本が「花屋日記」という名で再販された事は知りません。
芭蕉の生涯は寛永21年(1644年)~元禄7年(1694年)
文暁の生涯は享保20年(1735年)~文化13年(1816年)
この2人、文暁が生まれる前に芭蕉は亡くなっているので、文暁は生存中の芭蕉については、会ったこともないので芭蕉について本当の詳しい事はわかりません。ましてや芭蕉の臨終前後の事など詳しくわかるはずもありません。
文暁が「芭蕉翁反古文」で著わしたかったことは、どんなことでしょう?

後世になって芥川龍之介が 夏目漱石の臨終の際に居合わせた弟子たちの様子と、芭蕉の臨終にことよせて弟子たちのそれぞれの心中が、よく似ていると捉え、「枯野抄」という作品を作りました。漱石と芭蕉を置き換えての小説で、漱石とその門弟たちの関係を念頭に置いて書かれたものです。漱石にしろ芭蕉にしても、多くの弟子を持ち弟子たちに気を配りながら真面目に弟子の面倒を見てきました。しかし弟子たちは、師の臨終に際して、それぞれ自分の事ばかりしか考えていない。利己的な人間の弱さについて、人間の心を描いた作品になっています。
文暁が書いた「芭蕉翁反古文」がなければ芥川龍之介の「枯野抄」は多分世に出ていない作品です。と考えると一概に単なる偽書として葬り去ることができない作品でもあります。


高桑蘭公 享保11年(1726年)~寛政10年(1798年)
小林一茶 宝暦13年(1763年)~文政10年(1828年)



  


Posted by マー君 at 16:36Comments(0)
八代宮正面入り口

八代宮について・・・

八代の城跡にある八代宮は何時頃出来て、どんな神様を祀っている神社なのか、八代の人はみんな知っているのだろうか。堀の石垣に囲まれた八代宮は天守閣が残っていないだけに、神社だけがそこにあるのは「神社の為のお城」異様な感じがしないでもない。松井神社から道路を挟んで真向いの北参道神橋には官幣中社の名がある。官幣中社の名があるという事は国が定めた神社という事。橋を渡ると八代宮の裏側になるが、まわりはすべて八代宮の庭になっている。




妙見町の水無川の南岸に懐良親王の墓所があります。懐良親王(かねよししんのう/かねながしんのう)は後醍醐天皇の皇子として征西大将軍となり、九州における南朝方の中心人物として足利軍と戦い活躍し、弘和3年(1383)に亡くなりました。親王は福岡県八女郡矢部村で亡くなりましたが、縁の深かった八代に墓が築かれました。墓所内には大正5年に発見された、親王御自筆銘の宝篋印塔(ほうきょういんとう)(市指定文化財)がおかれています


懐良親王御陵




明治維新以降、南朝の功労者を祀る神社の創建運動が各地で起こり、懐良親王の墓所がある八代の住民からも、懐良親王と良成親王を祀る神社を創建し、鎌倉宮・井伊谷宮と並ぶ官幣中社にしてほしいという請願が何度かなされた。八代城の跡地は官有地と民有地があったが、1881年(明治14年)に民有地が神社のために寄付されたため、八代城址は全体が神社の境内になりました。
八代宮は懐良親王を主祭神とし明治17年4月に鎮座祭が行われ、霊代が納められました。懐良親王歿後に征西将軍職を継いだ良成親王(よしなりしんのう/ながなりしんのう)を明治19年1月に配祀しました。






昔お城であったお城の敷地は、今は全部八代宮の庭です。城の敷地の中に神社があるところは色々あると思いますが、お城があった所全部が神社というのも珍しいと思います。八代はお城がなくて城跡はすべて神社です。

旧石器時代 – 紀元前14000年頃
縄文時代 前14000年頃 – 前数世紀
弥生時代 前数世紀 – 後3世紀中頃
古墳時代 3世紀中頃 – 7世紀頃
飛鳥時代 592年 – 710年
奈良時代 710年 – 794年
平安時代 794年 – 1185年
鎌倉時代 1185年 – 1333年
建武の新政 1333年 – 1336年
室町時代 1336年 – 1573年
南北朝時代 1336年 – 1392年【八代宮は時代としてはこの頃に関係するお宮です】
戦国時代 1467年(1493年) – 1590年
安土桃山時代 1573年 – 1603年
江戸時代 1603年 – 1868年
幕末 1853年 –1868年
明治時代 1868年 – 1912年
大正時代 1912年 – 1926年
昭和時代 1926年 – 1989年
連合国軍占領下 1945年 – 1952年
平成時代 1989年 – 現在

九歳の時に九州に来た「懐良親王」は、40年に及ぶ九州での南北朝の
抗争の果て、1383年3月27日 五十五歳にて没したとされている。
「懐良親王」の墓所は数箇所あり、九州には八代市「宮内庁管理」「悟真寺」
の墓陵が今のところ公式の墓陵である。
その外「星野村、大円寺」、「久留米市、千光寺」にもあります。
「親王」は矢部(星野谷とも)で没したとされているが、宮内庁公式陵墓は
八代市です。
悟真寺

八代宮は、南北朝時代にこの地で活躍した懐良親王を祀る神社で、悟真寺や宮内庁管理の懐良親王の墓所などが、八代にあるという事で明治時代に建てられた神社です。

奈良木町 宮園186に懐良親王や良成親王にも関係がある高田御所があったとされる場所があります。

高田御所跡


  


Posted by マー君 at 17:22Comments(0)
妙見祭の笠鉾や町名についてもう少し勉強してみよう。
現在妙見祭の笠鉾は9基ありますが、江戸時代から八代城の城下町として栄えた9つの町から出されています。しかし今では町名も変わっていますが、町の人達は昔の町ごとに集まって保存会を作り、笠鉾とその伝統を守り続けています。「http://をクリックしてください笠鉾と説明書きが出ます」
宮之町【通町】と笠鉾「菊慈童・きくじどう」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/g/H/gHrYCtN56585pEVVwIY4YWUC.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-g/myoken1406a1.jpg
本町【本町1・2丁目】と笠鉾「本蝶蕪・ほんちょうかぶ」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/9/f/9fYyMl31TgurxETdfyoaKICh.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-g/myoken1356a1.jpg
二之町【通町・袋町】と笠鉾「蘇鉄・そてつ」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/V/k/VkZIKpkB511hg60W9ipaa7xl.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-g/myoken1351a1.jpg
新町【通町】と笠鉾「西王母・せいおうぼ」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/d/K/dKabtRYswZmZHjoKSJCEsTtR.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-g/myoken0310a1.jpg
紺屋町【本町1丁目】と笠鉾「猩々・しょうじょう」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/R/T/RTuFISFXJWQT5X5pHlEr3V0k.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-h/myoken1343a.jpg
中島町【本町1・2・3丁目】と笠鉾「蜜柑・みかん」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/3/r/3rI79IMDohFOI9W4DJUybOe2.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-h/myoken1339a.jpg
徳淵町【本町3・4丁目】と笠鉾「恵比須・えびす」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/8/a/8a2neYKQ4yFpSG9tiuR66sxx.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-h/myoken1333a.jpg
平河原町【本町3・4丁目町】と笠鉾「松」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/s/c/sc042O0pf7JOJnDERn0nrATf.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-h/myoken1329a.jpg
塩屋町【塩屋町・本町4丁目・西松江城町】と笠鉾「迦陵頻伽・かりょうびんが」http://www.city.yatsushiro.kumamoto.jp/r/E/i/Eip8hOMgD00GdFH0Afj820YB.jpg
http://www.kyushu-sanpo.jp/matsuri/kumamoto/myokensai-h/myoken1323a.jpg
文政年間の八代城下町図
八代城下町図(文化年間)



 
  


Posted by マー君 at 17:33Comments(0)
17日の図書館講座で、塩屋町笠鉾「迦陵頻伽・かりょうびんが」(寒干し)の案内を頂き、朝の散歩のついでに八代小学校の体育館へ行ってきました。体育館に着くと、塩屋町笠鉾保存会の方々が、体育館の中で運び込まれた笠鉾の部材を、箱の中から1つずつ出して、寒干しの準備をしている最中でした。TKUやRKKなどテレビ局も取材に来ていました。

笠鉾は、八代城下町にあった9つの町から出され、今でも昔の町割りごとに出されています。普段は200個以上の部品に解体され、各町に保管されています。祭り前に町の人々によって組み立てられ、祭りが終わると解体されます。この営みも江戸時代以来、続けられてきた貴重な伝統です。
















「迦陵頻伽・かりょうびんが」という笠鉾は、上半身は人、下半身は鳥の姿をした想像上の生物で極楽浄土に棲むとされ、大変美しい声で鳴き、「妙音鳥・みょうおんちょう」とも呼ばれます。謡曲「羽衣」にも登場し、この世が極楽世界さながらであることを祝ったものです。旧八代城下町の塩屋町から出されていて、笠鉾9基のうちの第9番目に塩屋町にある塩屋八幡宮から出発します。


八代妙見祭の神幸行事とは
毎年11月22日・23日に行われる八代神社(旧妙見宮)の秋の例大祭で、妙見の神様を乗せたお神輿・神馬にお供えして、獅子舞・花奴・笠鉾・亀蛇・飾馬などが練り歩く賑やかな祭礼行事です。
特徴のひとつは、9基の笠鉾が出されることで、こうした笠形や箱型の曳き物を伴う祭礼を「山・鉾・屋台行事」と呼んでいます。京都祇園祭、博多祇園山笠、唐津くんち、日田祇園祭などがあり、全国で33の祭礼が国重要無形文化財に指定されています。これらは今年(2016年)にユネスコ無形文化遺産に登録される予定です。
=八代市文化まちづくり課のレシピ参考=

大切に繋いでこられた笠鉾は八代の宝です。
保存会の皆様ご苦労様です。
八代妙見祭みんなで応援します。  


Posted by マー君 at 14:42Comments(0)

2016年目指せユネスコ登録 八代の宝から世界の宝へ! 「八代妙見祭とユネスコ無形文化遺産」~民俗文化財の保存・継承を視野に~
会場 八代市鏡文化センター 講師 文化庁文化財調査官 前田 俊一郎氏を迎えて話がありました。
平成27年度熊本県委託事業(地域づくりチャレンジ推進事業)の一環として行われたものです。
来賓として熊本県知事の蒲島郁夫氏、八代市長の中村博生氏、八代妙見祭保存振興会会長 濵 大八郎氏が見えてそれぞれの立場から妙見祭についての想いを語られ、今年の11月にユネスコ無形文化遺産の審査があるのでみんなで応援しようとの趣旨を述べられました。

ユネスコ設立の目的が世界平和の為、文化の多様性を認め合い、尊重しようという立場から、民族間や国同士の避難や争い事を無くして行こうというものなので、登録されることは非常に名誉な事なのです。
それだけにユネスコの世界遺産にしろ無形文化遺産の採択については、細かな決まり事が多数あって、それらを無事通過しないとユネスコ登録がなされない。その内情を文化庁の前田調査官が説明されました。

今回は八代妙見祭の神幸行列が「山・鉾・屋台行事」33件一括提案に組み入れられ、ユネスコ申請の仲間入りをし11月に審査されるところまできた、だけど大事な事は、八代固有の価値観を日本全体の価値に高める為にも妙見祭の保存とこれからの継承をどの様に地域として行っていくのか、価値確保のためには新たなルール作りが必要だと調査官は提案されました。
  


Posted by マー君 at 17:50Comments(0)講座
国指定重要無形民俗文化財である「山・鉾・屋台行事」(33件)の申請の理由とは
図書館講座 山崎摂さんの話の中から・・

八戸三社大祭の出車(だし)行事(H16国指定、青森県八戸市)
花輪祭の屋台行事(H26国指定、秋田県鹿角市)
角館祭りのやま行事(H3国指定、秋田県仙北市)
土崎神明社祭の曳山行事(H9国指定、秋田県秋田市)
新庄まつりの屋台行事(H21国指定、山形県新庄市)

鹿沼今宮神社祭の屋台行事(H15国指定、栃木県鹿沼市)
烏山の山あげ行事(S54国指定、栃木県那須烏山市)
日立風流物(ふりゅうもの) ※H21 (2009) ユネスコ無形文化遺産に登録(S52国指定、茨城県日立市)
佐原の山車(だし)行事(H16国指定、千葉県香取市)
川越氷川祭の山車行事(H17国指定、埼玉県川越市)
秩父祭の屋台行事と神楽(S54国指定、埼玉県秩父市)

犬山祭の車山行事(H18国指定、愛知県犬山市)
知立の山車文楽とからくり(H2国指定、愛知県知立市)
尾張津島天王祭の車楽船行事(だんじりぶね)(S55国指定、愛知県津島市・愛西市)
亀崎潮干祭の山車行事(H12国指定、愛知県半田市)
須成祭の車楽船行事と神葭流し(みよしながし)(H24国指定、愛知県蟹江市)
桑名石取祭の際車行事(H19国指定、三重県桑名市)
鳥出神社の鯨船行事(H9国指定、三重県四日市市)
上野天神祭のダンジリ行事(H14国指定、三重県伊賀市)

青柏祭の曳山(ひきやま)行事(S58国指定、石川県七尾市)
魚津のタテモン行事(H9国指定、富山県魚津市)
高岡御車山祭の御車山行事(S54国指定、富山県高岡市)
城端神明宮祭の曳山行事(H14国指定、富山県南砺市)
高山祭の屋台行事(S54国指定、岐阜県高山市)
古川祭の起し太鼓・屋台行事(S55国指定、岐阜県飛騨市)
大垣祭の山車(やま)行事(S27国指定、岐阜県大垣市)
長浜曳山祭の曳山行事(S54国指定、滋賀県長浜市)
京都祇園祭の山鉾行事H21 (2009) ユネスコ無形文化遺産に登録(S54国指定、京都市京都市)

戸畑祇園大山笠行事(S55国指定、福岡県北九州市)
博多祇園山笠行事(S54国指定、福岡県福岡市)
唐津くんちの曳山行事(S55国指定、佐賀県唐津市)
日田祇園の曳山行事(H8国指定、大分県日田市)
八代妙見祭の神幸行事(H23国指定、熊本県八代市)

京都祇園祭の山鉾行事、日立風流物に秩父祭の屋台行事と神楽(埼玉)、高山祭の屋台行事(岐阜)ほか国指定重要無形民俗文化財である山・鉾・屋台行事を追加して拡張提案【2014年3月提案、2016年11月審査】 現在提案中 八代妙見祭の神幸行事(H23国指定、熊本県八代市)は平成23年に国指定と成りユネスコ無形文化遺産の申請にかろうじて間に合った形になっている。ユネスコに申請できるのは毎年、締約国各国1件の審査件数の制限があるからです。上記33件を1件づつ申請したら33年もかかってしまいます。こんな理由から山・鉾・屋台行事をまとめて申請したようです。 





ユネスコ無形文化遺産に申請された山・鉾・屋台行事の33件を日本地図上に落とし込むと北海道、山陰や山陽を含む中国地方、四国地方、東北地方の一部、中部地方の一部などいくつかの地域に空白部分があります。何故なんだろう?こんな疑問が残りました。  


Posted by マー君 at 09:58Comments(0)講座

2016年02月19日

「雨水」の桜

今日は二十四節気の「雨水」 
三寒四温の頃、桜のつぼみの様子は・・
まだまだ固そう


「雨水」・・立春から数えて15日目頃次の啓蟄までの期間。 
空から降るものが雪から雨に変わり、雪が溶け始めるころ。
この時節から雪が解け始め、寒さも峠を越え、衰退し始める。
昔から農耕の準備を始める目安とされてきました。

今日の夜から天気予報では雨  


Posted by マー君 at 15:50Comments(0)季節

2016年02月17日

妙見祭とユネスコ

今日の図書館講座「ユネスコ無形文化遺産と八代妙見祭」講師は八代市経済文化交流部振興課の文化財係長の山崎摂さんでした。講座の詳しい内容については、2月21日 八代市鏡文化センター文化ホールにおいて、文化庁文化財調査官の前田俊一郎氏が、1時半から講演会で「八代の宝から世界に宝へ!」を話されるので、詳しくは是非21日に聞いてほしいとの事で、あらすじ程度に話をされました。
今日の講座では、世界遺産と無形文化遺産の違いや、ユネスコについての話を、ユネスコ憲章前文の中身がどのようなものかを紹介しながらわかり易く説明されました。
「ユネスコ」・・・・言葉は解るが、詳しく説明せよと言われればなかなか出来ない。頭の洗濯のためにもいろいろな人の話は聞くべきだと思いました。
自分で納得。

無形文化遺産のロゴ
  


Posted by マー君 at 20:10Comments(0)講座
寒さの中、久々に日奈久温泉に行ってきました。日奈久温泉センターばんぺい湯は、残念ながら休館日でした。
昔ながらの銭湯の雰囲気が残る、松の湯へ・・脱衣所と浴室が一体となったレトロな感じの公衆浴場です。
脱衣場は、入口からそのままの造りとなっており、浴室は脱衣場から体半身下がった処に有り、湯船はさらに掘り下げて造ってあります。
お風呂の形は昔のまんま。
お湯は源泉かけ流しで清潔なお風呂です。
入湯料200円は安いと思います。


銭湯の前は光照山西宝寺があります。坂を少し登ったところです。


日奈久温泉は2009年に開湯600年を迎えました。明治から大正・昭和の初めごろが日奈久温泉の全盛期であったようです。
その後、どんどん廃れ始め一時期は、空き家だらけの温泉地に変貌していきます。
最近になって空き家を整理し、少しづつ町らしくなって来たように思います。




日奈久温泉入り口の広場には、足湯もできて温泉地らしくなりました。
日奈久の町の方々のモニュメントを刻んだ壁も真新しい感じがします。
古き良きところは残しつつ、新しさも感じられる町へと変わりつつあります。
頑張れ!『日奈久温泉』 応援します。

  


Posted by マー君 at 20:03Comments(0)紹介 まち歩き

2016年02月15日

まだまだ固い

②つぼみは固そう
③やはり固い
①寒い日の緑の回廊

昨日、今日と、この天気、上を見上げる人はいませんが、まだまだつぼみは固そうです。
この時期の桜は、さすがに誰も関心がなく、もう少しつぼみが、膨らんでこないと、人の眼には止まらないようです。


                                        【サクラ開花のメカニズム】

ウエザーマップ さくら開花前線によれば、2016年熊本県の桜開花は、3月26日頃、満開は4月5日頃との事です。
気象関係の人は見てくれているみたいだね。

  


Posted by マー君 at 14:43Comments(0)季節

2016年02月14日

春一番



昨夜の風は春一番でしょうか。
風と雷が凄かったですね。
そろそろ春の訪れでしょうか。


今日の『ひょうたんなまず』

「春一番」
梅がほころび始めた
     ----------早春

ほころび始めた
    ---------現政権

(飯塚・すかぶら)  


Posted by マー君 at 10:23Comments(0)季節

2016年02月13日

おいあくま


西日本新聞「こだま」の投書欄に17歳の女子高生が、 「おいあくま」一生の目標に という表題で、受験生として近況の心境と目標に対しての覚悟を綴っておられます。短い文章なので応援がてら紹介します。

大嶋 夕葵=17
冬休みが終わり、学校が始まって1か月がたつ。早いもので、今年はいよいよ受験生になる。緊張感もあってか、クラスの一人一人が新しい目標を掲げて、授業に参加している。私もそうだ。
ところで「人生は『おいあくま』で行こう」という意味を知っていますか。「怒るな」「威張るな」「焦るな」「腐るな」「負けるな」の頭文字をとったものだ。怒っていても、威張っていても、焦っていても、腐っていても、自分に負けてしまっても、意味がない。何も始まらない。前に進むことなく、終わってしまう。だから、私はこの勝負の一年を「おいあくま」で過ごしていきたい。毎日、自分をしっかり見詰め直し、一日一日レベルアップできるような一年にする。そして、これを一年だけではなく、一生を通しての目標にしていく。
(熊本市北区・高校生)

高校生に教えられる、心強い決意文だと思います。
育休宣言後に不倫問題を引き起こして、議員辞職に追い込まれた宮崎謙介元衆議院議員には大嶋さんの【こだま】の言葉をしっかり受け止めて貰いたい。・・・一生の目標は不倫ではないでしょう・・・ 世のため、人の為。 だったのでは?

曹洞宗を開いた道元禅師が、欲望や喜怒哀楽といった煩悩や感情を捨て去って、心穏やかな境地になるために、座禅を勧め、その「禅」の教えの根源とされています。

「お」= 怒るな。 

「い」= 威張るな。 

「あ」= 焦るな。 

「く」= 腐るな。 

「ま」= 負けるな。

いずれも人間の弱さを克服する教訓です。 
  


Posted by マー君 at 11:25Comments(0)記事


育児休暇の問題で一時期騒がれた国会議員の宮崎議員が、今度は週刊文春に女性タレントとの不倫問題を取り上げられ、記者に追いかけられ行方をくらましているとの報道が、今日の新聞やテレビでありました。同僚の金子議員との結婚式も、昨年首相並びに多くの議員さんたちに祝福されて目出度く終わり、つい先日、男児が生まれていよいよ父親としての役目を果たさなければならない時期に、不倫問題とは・・育児休暇の問題の時も、国会議員が育児休暇とはけしからんとか、国会議員だから世の中を変える意味で大いに権利の主張をするべきだとの話など、良きにしろ悪しきにせよ取沙汰されました・・今回の問題でこの話はただの売名行為と受け止められています。折角日本の世の中に新しい風が吹きそうな気配があったのに・・「人の評価は他人が決める」こんなこと政治家であれば十分理解をしていたはず。踏ん張らなければならない時に、どうして甘い誘惑に簡単に負けてしまうのか・・地元支援者達の落胆ぶりにも目を向けることができません。    馬鹿者!     真面目に仕事しろ。
  


Posted by マー君 at 16:34Comments(0)

2016年02月09日

八代高校「綱領」 ②




毎日の散歩に八高の前を通ります。息子もお世話になった学校ですが、通る度に気になっていた事がありました。校舎に掲げてある『綱領』についてです。初めの頃は一番最後の「尚ぶ」です。・・なんて読むのかな? 「なお」 「しょう」とは読めますが前の文章からして「まなぶ」かな、調べてみますと「たっとぶ」です。難読漢字に入るそうです。
●潤達にして進取の気象を尚ぶ・・・この「潤達」意味が不明なんです、「潤・じゅん」を使う潤達という文字もありません。「うるおい」とか「うるおす」とか「うるむ」という意味に「達」を付けても「うるおいいたる」くらいの意味しかならないので、次の言葉に繋がりません。字を見てヨーク考えてみると「濶・かつ」の字の間違いじゃないかと気付き 
●濶達にして進取の気象を尚ぶ が正解じゃないかと思いました。「濶」は「闊」の俗語だそうです。
「闊達・かったつ」とは心が大きく小さな物事にこだわらないこと・・ 「闊達」も難読語だそうです。
そして「気象」という文字も明治になるまでは人間の「気質」の事を指していましたが、明治になってからは大気中に起こる現象つまり「自然現象」を指す言葉に変わってきています。気象→気性(同義語)になります。
進取の意味は自ら進んで物事に取り組むことを言いますが、辞書には進取の気象という日本語表現もあります。
『綱領・こうりょう』も「網領」と間違う人もいるそうですが、「網領・もうりょう」という単語はありません。
綱領とは物事の要点や指針をまとめたものの事。

日本語は難しいですね。


2月8日の記事を編集しました  


Posted by マー君 at 12:03Comments(1)紹介 まち歩き

2016年02月08日

八代高校「綱領」




毎日の散歩に八高の前を通ります。息子もお世話になった学校ですが、通る度に気になっていた事がありました。校舎に掲げてある『綱領』についてです。初めの頃は一番最後の「尚ぶ」です。・・なんて読むのかな? 「なお」 「しょう」とは読めますが前の文章からして「まなぶ」かな、調べてみますと「たっとぶ」です。難読漢字に入るそうです。
●潤達にして進取の気象を尚ぶ・・・この「潤達」意味が不明なんです、「潤・じゅん」を使う潤達という文字もありません。「うるおい」とか「うるおす」とか「うるむ」という意味に「達」を付けても「うるおいいたる」くらいの意味しかならないので、次の言葉に繋がりません。字を見てヨーク考えてみると「濶・かつ」の字の間違いじゃないかと気付き 
●濶達にして進取の気象を尚ぶ が正解じゃないかと思いました。「濶」は「闊」の俗語だそうです。そして「気象」という文字も明治になるまでは人間の「気質」の事を指していましたが、明治になってからは大気中に起こる現象つまり「自然現象」を指す言葉に変わってきています。気象→気性(同義語)になります。
『綱領・こうりょう』も「網領」と間違う人もいるそうです、「網領」はありません。
日本語は難しいですね。  


Posted by マー君 at 17:24Comments(0)紹介 まち歩き

2016年02月07日

勘違いか、ボケか?

月に一度熊本県博物館ネットワークセンター(旧 松橋収蔵庫)の古文書読み解き講座に3年ほど前から参加させて頂いているのですが、昨日の事、教本の「肥後名勝略記」の写しが他にも有るとの事で「肥州名勝略記」を見せて貰ったところ、楷書で書かれており文章の右側に所どころカタカナで読みが振ってありました。書かれた時代が元禄の頃と聞いていましたので、「フリガナはいつ頃振られたのですか」と聞きました。答えは「当時のまゝですよ」でした。先生も質問の意味がはっきりしないまま答えられたのでしょう。知識不足な私はカタカナの完成は明治になってと思い込んでいたので後で振られたと思っての質問だったのです。家に帰って自分ながらに赤面しました。知識として得た事と、普段自分が考える事が違う・・・ローマ字との思い違いかな・・・これを勘違いと言うのでしょうか、それともボケでしょうか。

【ひらがなやカタカナはどちらも平安時代初期に作られ、カタカナは漢字の一部を取って作られ、ひらがなは漢字の草書体から作られたというのが定説になっています。】


  


Posted by マー君 at 18:06Comments(0)頭の整理

2016年02月06日

文学散歩とTRC

八代市立図書館主催、平成28年度【文学散歩】の旅が昨日ありました。三角西港~天草の旅、前山光則先生の1月、2月の文学講座に取り上げられた小泉八雲や小川国夫、林芙美子が書かれた紀行文に出てくる当時の宿を訪ねて、彼らや彼女の思い出に触れてみよう・・・八雲(浦島屋)、国夫(三文字屋)、芙美子(岡野屋)を訪ねました。浦島屋は西港の港のすぐそばに有ったそうですが、現在は写真をもとに1/3の大きさで復元されたものが三角西港の57号線沿いに建ててあります。三文字屋と岡野屋は天草苓北町の富岡にあり、復元工事中の富岡城のすぐ近くにあります。三文字屋旅館は現在営業していなくて、林芙美子が泊まった岡野屋旅館を見せていただきました。                                                        復元された浦島屋

             岡野屋旅館

             玄関横、アコウの木

             林芙美子文学碑も木の横にあります


芙美子が泊まった階段を上った突き当りの部屋に掛け軸の文学碑があります

※旅行は無事楽しく終わりましたが、今回の旅行で八代市立図書館運営が民間に変わったという事を知りました。八代市立図書館は外は市立であって内は私立、民間が業務を行っています。図書館総合支援企業の株式会社図書館流通センター(TRC)が、図書館向け書籍販売、図書館管理業務の受託などを行って図書館の運営をしているとの事です。館長さんは単身赴任で八代に来られているそうです、若い女性です。スタッフの方も旅行に同行されていましたが、若い女性たちです。図書館運営をどのような方法でもって利益に結びつけていくのか、勉強の種が一つできました。
  


Posted by マー君 at 16:43Comments(0)紹介 まち歩き

2016年02月04日

清原頑張れ!



(元)野球選手清原の逮捕問題、テレビ番組での取り扱い方が異常すぎるように思います。
悪いことをしたのだから仕方がないと言えばそれまでかも知れません。
でも彼の周りには年老いたご両親や、小さな子供さんもいると聞きます。
本人はともかくも、薬物には関係のない彼の身内の人達の事を考えると可哀想でなりません。
知名人に対しての世間の風あたりの強さに驚かされるばかりです。
罪は罪、罪を償って、
清原には早く立ち直って欲しいです。   
清原頑張れ!      ・・・1ファンより。  


Posted by マー君 at 13:43Comments(0)世の中

2016年02月02日

節分とは

【節分に豆まき】
2月3日は節分です


「節分」は「せち分かれ」とも言い、本来季節の変わり目、季節が移り替わる節目、すなわち立春・立夏・立秋・立冬の前日を指す言葉です。
1年に4回あったものですが、日本では立春が1年の始まりとして、特に尊ばれたために春の節分の行事が残されてきました。平安時代の宮中において「追儺(ついな)・・厄や災難を祓い清める」の行事を季節の上での大晦日すなわち立春の前の日に行っていました。室町時代になって邪気を祓う豆まきの行事が行われるようになり、今日では節分の日には豆まきというのが主流になっています。  


Posted by マー君 at 16:06Comments(0)

2016年02月01日

日奈久の鳩山について

【地層の逆転・頭も逆転】
くまもとの大地の成り立ち2月の例会
2月の活動は、川路先生の都合により1月31日(日)に行うことになり【鳩山(日奈久)の地質観察及びルートマップ作成】という事で日奈久の鳩山に行ってきました。鳩山は、日奈久温泉から国道3号線をおよそ2.5kmほど南下した所にあります。日奈久の町を出て最初に右側に小高い森が見えるところが鳩山です。この場所は大地の変化が観察できる所として、いくつもの地層を間近に見ることができます。色々な話の中で、先生からここの地層が逆転しているのが分かりますかと言われ、勉強不足な私には地層が逆転する・・・言葉としては解るが、物理的にはどうも理解しにくく、頭の中がこんがらがった状態です。古い地層が上にあり新しい地層が下にある・・・こんな事ってあるのかな?私の頭はここから抜け出せなかったのです。帰ってから地学についていちから勉強です。
※長年にわたっての地殻変動で、地層の傾斜が90度を超え、地層の上下が逆転する--------こういう事が有る事が分かりました。



地質年代は中生代白亜紀の地層(1億2千万年~1億1千万年前) 


【鳩山】    所在地
八代市日奈久馬越
利用案内
駐車場   鳩山パーキングスペース
トイレ   なし


  


Posted by マー君 at 17:37Comments(0)紹介 まち歩き