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Posted by おてもやん at
12月31日、暦に年越し・大はらい・大みそかとあります。
どれも同じような意味を持つ言葉ですが【コトバンク】で調べてみますとそれぞれ意味が違うようですネ。



年越し(読み)としこし.
.
年の境。また新年前夜やそのときの行事。暦法の改変によって,12月末日,小正月の前夜,節分つまり立春の前夜などと,年の境の期日は移動している。この日は,年縄,年棚,鏡餅などの正月飾りをすませ,門松も立て終り,歳神を迎える準備を整えて鎮守に行って年籠りをするとか,家々ではいろりに大火を焚いて起き明かすなどの行事を行なった。寺では除夜の鐘を打つ。正月はもとは盆と並ぶ祖霊祭の機会であったが,めでたい祭りと考えるようになったため,暮れのうちに魂祭をすませるところが多い。神社では大祓 (おおはらえ) をする。昔は太陽が沈んでから次に沈むまでを1日としたので,年越しの夜はすでに正月に入っており,そのため夕飯がすんでからあらためて正式食事の膳につくことがある。これが年越膳で,今日では形ばかりの尾頭つきの魚を食べたりする。また,江戸で流行した年越そばを食べる習慣が根づいて一般化している。なお,単にごちそうを食べる日を何々年越しと呼ぶこともあり,七草の前日を六日年越しなどと呼ぶのはその一例である。


大祓(読み)おおはらえ.

おおはらいともいう。6月,12月のみそかに,親王以下百官を朱雀門広場に集めて万民の罪穢(つみけがれ)を祓除(ばつじょ)した神事。古代からの宗教的行事であるが,奈良時代の令制では国家的行事とされている。臨時に,大嘗祭の前後,災害,疾病の流行の際にも行われたが,応仁の乱後廃絶。明治4 (1871) 年復活,現在も宮中や全国各神社で行われている。


大晦日(読み)オオミソカ.

おおみそか「おほ」

1年の最後の日を「大晦日〔おおみそか〕」または「大晦〔おおつごもり〕」とも呼びます。「晦日〔みそか〕」とは毎月の末日のことです。一方「晦〔つごも り〕」とは、"月が隠れる日"すなわち「月隠〔つきごもり〕」が訛ったもので、どちらも毎月の末日を指します。"1年の最後の特別な末日"を表すため、末 日を表す2つの言葉のそれぞれ「大」を付けて「大晦日」「大晦」と言います。   


Posted by マー君 at 08:54Comments(0)
大納会という言葉はほとんどの人は聞いたことがあるしご存知の人も多いと思います。
でも日付について変わったと記憶にある人は余りいないと思います。
昨日の「手締め」の作業などにもつながる年末に欠かせない行事です。




「大納会」(だいのうかい)は、証券取引所での一年最後の立会いを意味し、転じて、その営業日を指す場合もある。

この日はかつて午前(前場)で取引を終了し、午後(後場)は休場となっていたが、現在は通常通り前場・後場とも行われる。

また、かつては官公庁の「御用納め」(ごようおさめ)と同じ12月28日だったが、証券業界の業績不振から少しでも営業日数を増やすために「大納会」が12月28日から30日へ、新年最初の立会いである「大発会」(だいはっかい)が1月6日から4日へ変更された。

12月30日が土曜日・日曜日の場合は、その直前の営業日となる。当日には、各界からのゲストを招いた「手締め」または「万歳三唱」が行われるのが恒例である。2020年(令和2年)は12月30日が平日の水曜日のため、「大納会」は例年通り12月30日となる。

雑学ネタ帳より  


Posted by マー君 at 09:06Comments(0)行事

2020年12月29日

手締め

御用納めも過ぎ今年はコロナ感染の為忘年会も自粛する所が多いと聞く。
さすがにもう議員さんの忘年会は無いだろうと思っていたらまだぽろぽろ毎日のようにニュースが続きます。
やっぱり自分たちは特権階級の人と思っているのだろう。
今日は「手締め」について読売新聞「編集手帳」から勉強します。
手締め


編者の思い入れが深いゆえかもしれない。「新明解国語辞典」(三省堂)に、他の辞書と比べようもないほど丁寧に説明している語がある◆全文を写す。【手締(め)】物事の決着や成功を祝って、関係者一同が掛け声に合わせてする拍手。シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンシャンシャン、シャンと聞こえるように調子を取る(第8版)。10回もシャンを連ねている◆「お手を拝借、ヨーッ」という掛け声とともに始めるものである。ただこの年末は忘年会の自粛が求められ、一度も調子を取らないまま仕事納めを迎えた方が大勢だろう◆シャンシャンと2回分を切り取ると、かわいいパンダの名になるが、物事が順調に終わるさまもそう言う。感染症との闘いは「勝負の3週間」がシャンシャンに終わらなかった結果を引きずるまま冬休みに入った。年末年始、どんな数字を見ることになるのだろう◆じつは先の辞書の記述を写しているとき、シャン…の前の一文にちょっぴり励まされた。手締めはお祝いのためにするという。何とか感染を食い止め、シャンの拍子を10回連ねることのできる日を。
2020/12/29
  


Posted by マー君 at 11:34Comments(0)記事

2020年12月28日

御用納め



本日は〝御用納め〟カレンダーを見て毎年同じようなことを思い浮かべるのだが今年はちょっと違う。
毎日、毎日、コロナ、コロナで新聞もテレビも大騒ぎ。
医療崩壊のニュースが収まらない間もなく、次はコロナ変異種の話で持ち切りである。
国内の感染者はうなぎのぼりにどんどん増え続けている。
こんな時期にもかかわらず国会は閉めたまま、対応策の為の臨時国会も開こうともしない。
菅内閣の支持率は急落の45%。
高い高い給料をもらって一般公務員よりも早く仕事納めをして、今年は禁止すべき忘年会を先頭を切るように菅首相が行って陳謝したにもかかわらず国会議員から地方議員まで次々に右へ倣えの大騒動。
菅首相の指導力は既得権益を恥とも思わず〝恒例〟などの言葉で蹴散らすありさま。
  


Posted by マー君 at 10:52Comments(0)記念日

2020年12月27日

コロナ対策⁈

今年はコロナ、コロナでどこもかしこもメッセージの連発。
読売新聞オンラインにこんな記事もありました。
居ても立っても居られない苦肉の策か。
メッセージだけでは感染対策にはならないんだけど⁉

初詣感染防止は「かきくけこ」…神社庁や仏教会が共同で発表
新型コロナウイルスの感染拡大が続く中、滋賀県の三日月知事と県神社庁長、県仏教会長が24日、分散参拝といった初詣での感染防止対策を「かきくけこ」の頭文字でまとめた共同メッセージを発表した。

 
「変わらない祈りのために」
「距離を保ち」
「口にチャック」
「境内ではマスクの着用」
「混雑を回避し、時期や時間をずらす」
の5項目を訴える内容だ。

 県庁でメッセージを発表した県神社庁長の馬渕直樹・日吉大社宮司は「古来、節分までがお正月とされている。時期をずらしてコロナ収束への祈りをささげていただければ」。県仏教会長の武田圓寵(えんちょう)・西教寺貫首(かんしゅ)も「参拝時の行動様式をわかりやすくまとめていただいた。寺でも最善の対策をして皆さんをお迎えしたい」と協力を呼びかけた。
  


Posted by マー君 at 09:29Comments(0)つぶやき記事

2020年12月26日

政治とカネ

桜を見る会の問題、検察捜査が終わったところで安倍氏を国会へ送致。
衆参両院の議院運営委員会で桜を見る会の前日に開かれた夕食会の費用補てん問題について安倍氏は訂正と謝罪。
補てんについては自分が知らないうちに秘書がやったとして秘書は罰金刑、本人は証拠不十分で起訴なし。
安倍氏は首相当時の国会答弁で118回も事実とは違った答弁を繰り返していた。
昨日の国会答弁はまさに茶番劇。
この人の舌は2枚舌?3枚舌?・・・百枚舌?
この人の面の皮は百面相か?

  


Posted by マー君 at 09:36Comments(0)出来事つぶやき

2020年12月25日

丑年にちなむ

[編集手帳]読売新聞2020・12・25
「互角」は「牛角・ごかく」と書いてもいい。多くの辞書が二つの表記を並列させている。ただし、歴史に先に登場したのは後者のほうらしい◆なぜ牛なのか。この動物の2本の角は長さ太さがほぼ同じで左右対称に見える。そのさまが〈互いに力量に優劣のないこと〉(広辞苑)の意に転じたという。補足すれば、角を突き合わせて対等の勝負をするから「牛角」なのではない。さらに翻(ひるがえ)って、調和を示すものではないかと思えぬこともない◆来年の干支に、調和とはほど遠かった今年の国際社会を浮かべる。世界が一丸となって感染症と闘うべき時に、米国と中国が角を突き合わせた◆トランプ大統領による世界保健機構(WHO)からの脱退表明は衝撃だった。かといって、ウイルスへの初期対応を誤った中国への遠慮がWHOに見えたのも事実である。権威の陰るその機関が年明け、感染の原因究明のため、改めて武漢に調査団を送り込むという◆公正な調査を記念しつつ、最近気が付いた言葉の不思議を記しておく。牛の角は英語で「cow horn カウ ホーン」。中ほどに地球市民の健康を支えてほしい国際機関の名がある。

久々の編集手帳朝からいい勉強をさせていただきました。

2021年がいい年でありますように!  


Posted by マー君 at 09:37Comments(0)日記記事

2020年12月24日

サンタの贈り物のお話

今日の春秋、久々の大ヒット。
子供も大人も今年のイブの願いはコロナに負けない社会。
サンタのプレゼントの話からワクチンを望む人々の願いまで話を上手につなげるところは〝うまいなあ〟と感心させられました。


昔、あるところに貧しい家族が暮らしていました。娘が3人いましたが、結婚させるお金がありません。そこで長女が身売りして妹たちを結婚させることになりました►それを聞いた聖職者が、家族を助けるためにお金を工面し、こっそりと窓から金貨を投げ入れました。金貨は暖炉のそばに干していた靴下にすっぽり。そのお金で3人の娘は幸せに結婚することができました►聖職者の名は聖ニコラウス。サンタクロースのモデルとされる人です。クリスマスにサンタクロースがこっそりとプレゼントを靴下に入れるという話は、この言い伝えから生まれたそうです。さあ、きょうはクリスマスイブ。靴下の用意はいいですか?えっ、今年は新型コロナで、サンタはプレゼントを届けられないんじゃないかって?►確かに、サンタが感染したら困るし、外国に行くのも難しいけれど、心配はありません。米国立アレルギー感染症研究所のファウチ所長が「私が行って、サンタにワクチンを打ってきました」と話していました。サンタには特別の許可もあって、どの国にも自由に行けるんです►いろんな事情で今夜、サンタが来ない家もあっるでしょう。でも、いい子にしていたら、サンタはいつか「幸運」をプレゼントしてくれるはずです►実は、大人も心の中に靴下を用意しています。サンタがコロナに効く安全なワクチンを届けてくれないかなあ、と願って。

西日本新聞・春秋。2020/12/24  


Posted by マー君 at 10:30Comments(0)つぶやき記事

〝ガースーです〟発言の後、5人以上の会食問題・・国民には寄り添っていない姿が暴露
今年9月16日に第99代内閣総理大臣に就任した菅義偉首相。
わずか3ヶ月で支持率は急降下。
経済一辺倒でGoToトラベルにのめり込み新型コロナの感染が急上昇で広がった。
医療も崩壊寸前までに追い込まれた。
支持率低下の報道があるまではかたくなに持論を見直そうとはしなかった。
まわりは何も言わなかったのか?
言えなかったのか?
就任直後〝言う事を聞かない官僚は外す〟という発言をしている。
これではだれもモノが言えないだろう。


「マイ フレンズ」。国民にそう呼びかけたF・ルーズベルト米大統領のラジオトークが行われたのは就任8日後である。米国は銀行の信用不安のさなかで、まさに金融制度崩壊の瀬戸際での大統領談話だった▲大統領は銀行の仕組みから分かりやすく説明し、国民に金融システムへの信頼を訴えた。とりわけ国民の心をつかんだのは、その落ち着いて温かみがある声、自信に満ちた力強い語調であった。その後続く「炉辺(ろへん)談話」の初回である▲この故事を振り返ったのも、菅義偉(すが・よしひで)首相が就任した折、ルーズベルトにちなんで「最初の100日」への期待を小欄に記したからだ。就任後100日でニューディール政策を法制化した大統領のような危機克服の指導力を求めたのだ▲その100日があすで終わる今、残念ながら国民はコロナ禍による医療の危機におびえる年末年始を迎えることになってしまった。世論調査の示すその内閣への支持率もわずか3カ月で大幅にダウンし、国民の信頼も得られていない▲予測の難しいコロナ危機への対応に神ならぬ人間の失敗はつきものである。だが、そうだからこそ政治指導者に必要なのが国民とのコミュニケーションと、リスク認識の共有ではなかったか。「炉辺談話」の故事の示すところである▲国民を安心させる声や語調まで求めはしない。だが国民多数と医療者の危機意識に少しでも寄り添い、自分の考えを自分の言葉で伝える誠実さがあれば、こうまで惨憺(さんたん)たる100日にならなかったろう。

毎日新聞2020年12月23日余禄

「炉辺談話」
アメリカ合衆国のF.D.ローズベルト大統領が1930年代にニューディール政策の実施にあたり,世論の支持を得るために全国的なラジオ放送網を通して行った政策説明。大統領就任8日後の1933年3月12日に初めて行われた。国民が〈炉辺fireside〉で直接大統領の談話を聞けるように意図したもので,ローズベルトの重要な政治手段の新機軸の一つであり,彼のよく響く声と雄弁の才がものをいって,世論操作の点できわめて効果的であった。



  


Posted by マー君 at 09:57Comments(0)記事

2020年12月22日

石川啄木

人の世のはかなさや自身の満たされぬ心を「砂」に例えたのは石川啄木。明治晩期に異彩を放ち、26歳の若さで逝った彼の第1歌集「一握の砂」は現代でも版を重ねている►小説や詩を志しながら期待した評価は得られなかった。多額の借金を抱かえ、職や居を転々とした。そんな啄木の挫折感は作品に深く投影されている。〈いのちなき砂の悲しさよ/さらさらと/握れば指のあひだより落つ〉►こちらは使命を見事に果たした。宇宙航空研究開発機構〈JAXA〉の探査機「はやぶさ2」。52億㌔の旅を経て地球に帰還させたカプセルの中に小惑星「りゅうぐう」で採取した砂粒が〝どっさり〟入っていた►量は約5・4㌘。一握りにも満たぬが、想定の0・1㌘を大きく上回った。宇宙の成り立ちや生命の起源の解明につながるとの期待も膨らむ。たかが砂、されど砂ーとと形容すべきか►〈ふるさとの山に向かひて/言ふことなし/ふるさとの山はありがたきかな〉。岩手県の山村で生まれ育った啄木は故郷への思慕を断ち切れなかった。コロナ禍で帰省もままならない今年の列島。ゆえにこの一首にも改めて心を引かれる►「一握の砂」が発表されたのは1910年12月。それから110年後の今月、はやぶさ2が地球に「玉手箱」を届け、再び宇宙探査の旅に出た。人の営みの過去と現在と未来は不思議につながっている。そんな感慨も覚える年の瀬である。

西日本新聞・春秋・2020/12/22

名前は知っているが石川啄木ってどんな人?
Wikipediaには
・・借金​

啄木はいわゆる「たかり魔」で、困窮した生活ゆえに頻繁に友人知人からお金をせびっていた。特に先輩の金田一京助は樺太に出張中にも啄木から金の無心を受けた。

上述のように啄木は各方面に借金をしており、またそのことを自身で記録に残しているが、合計すると全63人から総額1372円50銭の借金をしたことになる。この金額の内、返済された金額がどれくらいあるかは定かではない(2000年頃の物価換算では1400万円ほど])。この借金の記録は、宮崎郁雨(合計額として最多の150円の貸し主)によって発表されたが、発表の後には啄木の評価は「借金魔」「金にだらしない男」「社会的に無能力な男」というものが加わるようになった。

・・性格​

啄木は友人宛の手紙で蒲原有明を「余程食へぬやうな奴だがだましやすい」、薄田泣菫や与謝野鉄幹を「時代おくれの幻滅作家」と記すなど、自身が影響を受けたり世話になった作家を裏で罵倒したほか、友人からの援助で生活を維持していたにもかかわらず「一度でも我に頭を下げさせし 人みな死ねと いのりてしこと」と詠んだ句を遺すなど、傲慢不遜な一面があった。
  


Posted by マー君 at 11:08Comments(0)記事

2020年12月21日

冬至

今年は12月21日が冬至と暦にはあります。
今日は冬至について調べてみました。

12月22日頃 冬至は「日短きこと至〔きわま〕る」という意味です。日短きこと至るとは、一年で一番太陽が出ている時間が短い日ということです。別の言い方をすると、この日は一年で最も夜である時間が長いということになります。そのため、昔の人々は生命の終わる時期だと考えていたようです。現在で もその厄を払うためにかぼちゃやお汁粉を食べ体を温めることで、栄養をとり無病息災を願う風習が続いています。
.
毎年12月22日頃に、一年で最も夜の長さが長くなる日があり、これを冬至と言います。昔は冬至の日は「死に一番近い日」と言われており、その厄〔やく〕を払うために体を温め、無病息災を祈っていました。この慣わしは現在も続いています。





太陽の天球上の運行径路である黄道上のもっとも南にある点を冬至点といい、太陽がこの点を通過する時刻が冬至である。太陽の視黄経が270度に達する時刻で、赤緯はマイナス23度27分である。日本、中国の暦の二十四節気の一つで11月中である。太陽暦の12月22日ころにあたり、冬季の真ん中である。この日の正午における太陽の高度は北半球ではもっとも低く、昼の長さはもっとも短く、夜の長さはもっとも長い。南半球ではこの反対となる。中国、日本の太陰太陽暦では冬至は暦の計算の起算点として重要なものであるが、今日の天文暦の推算は春分点が重要な役をもつ。

日本文化いろは事典、ニッポニカより  


Posted by マー君 at 00:06Comments(0)

2020年12月20日

果ての20日

長く生きていてもなんと知らないことが多い事か。
30歳まで大阪や奈良に暮らしていましたが「果ての20日」という言葉や「果無山脈」も「一本だたら」という妖怪はこの記事を読むまで全く知りませんでした。熊野古道や大峰山、大台ケ原には何度も出かけましたが何故知らなかったのか不思議な気もします。

身を慎み災いを避ける忌み日。

一年の終わりの月である12月を「果ての月」といい、「果ての二十日」は12月20日(本来は旧暦)を意味する。年末の挨拶や大掃除、正月の準備など忙しさの極まる時期だが、この日は一切の仕事をやめて外出を避け、静かに過ごす日と伝えられる。

由来については諸説あり、近畿地方では罪人の処刑をこの日に行っていたからとも言われる。また、山の神に深く関わる忌み日とされ、この日に山に入ることを避ける地方が多い。

和歌山県と奈良県の県境沿いには「果無山脈」(はてなしさんみゃく)という山脈がある。果無山脈には「果ての二十日」である12月20日のみ、または12月20日過ぎにのみ現れる「一本だたら」という妖怪が棲んでいた。

一本だたら
一本だたら」は一つ目で一本足の姿の妖怪とされる。その妖怪が山に入る旅人を喰ったことから、峠越えをする人がいなかった。「果ての二十日」に人通りが無くなることから「果無」という名前が付いたという。

このような言い伝えから「果ての二十日」である12月20日には山に入ることを避けるようになったという説もある。

雑学ネタ帳より  


Posted by マー君 at 09:46Comments(0)記事

2020年12月19日

讃えよう伝統技術

左甚五郎の名前を初めて知ったのは小学生の遠足で京都知恩院での出会いである。
御影堂の天井に忘れ傘があるという説明を聞いて友達同士で「どこ」、「どこ」とお互いに探し合ったり、鴬張りの床は「キュッ」「キュッ」と歩くたびに音が出るのをみんなで不思議がった思い出があります。
日本の木造建築の技術がユネスコ無形文化遺産に登録されたんですね。
素晴らしいことだと思います。

左甚五郎・眠り猫

名匠、左甚五郎(ひだりじんごろう)が作った木彫りのネズミが動くとの評判で繁盛する宿屋。ねたんだ向かいの宿が地元職人にトラを彫らせる。トラににらまれたネズミはおびえたように動かなくなった。落語「ねずみ」である▲話を聞いて甚五郎が来て見ると、何とも不出来なトラである。甚五郎に「なんであんな出来損ないにおびえるのか」と聞かれたネズミ、「あれトラなの? ネコかと思った」……落語、講談、浪曲で庶民の人気を集めた甚五郎だった▲日光東照宮の眠り猫など甚五郎作と伝えられる建築装飾は全国100カ所近い建物にある。だがその年代は室町時代末から江戸後期まで300年間近くに及ぶ。この伝説的な名前は何人もの達人たちの仕事に支えられていたのである▲この列島の歴史の始まりから無名の職人や地域の共同作業によって受け継がれてきた日本の木造建築の技術である。その「伝統建築工匠の技」がユネスコの無形文化遺産に登録される。能楽や和食などに続く国内22件目の登録という▲対象の17分野は木工や左官、屋根の瓦ぶきやかやぶき、建具や畳作り、外観や内装の装飾、漆塗りなどなど。なかには職人の高齢化や後継者不足が技術の継承を脅かしている分野もあり、すべてが国の「選定保存技術」となっている▲ユニークな伝統技術こそが文化の垣根を越えて「クール」と映る今日である。どうか文化遺産登録が若い世代の関心を引きつけてほしい。むろん海を越えて来て技を極める「甚五郎」が現れるのも歓迎だ。
毎日新聞・余禄・2020/12/19

左甚五郎の伝承を持つ作品
日光東照宮(栃木県日光市) - 眠り猫
妻沼聖天山 歓喜院(埼玉県熊谷市) - 本殿 「鷲と猿」
秩父神社(埼玉県秩父市) - 子宝・子育ての虎、つなぎの龍
泉福寺(埼玉県桶川市) - 正門の竜
安楽寺(埼玉県比企郡吉見町) - 野あらしの虎
慈光寺(埼玉県比企郡ときがわ町) - 夜荒らしの名馬
国昌寺(埼玉県さいたま市緑区大崎)
上野東照宮(東京都台東区) - 唐門 「昇り龍」、「降り龍」
上行寺(神奈川県鎌倉市) - 山門の竜
淨照寺(山梨県大月市)- 本堂欄間
長国寺(長野県長野市)- 霊屋 破風の鶴
静岡浅間神社(静岡県静岡市)- 神馬
龍潭寺(静岡県浜松市)- 龍の彫刻 鶯張りの廊下
定光寺(愛知県瀬戸市)- 徳川義直候廟所 獅子門
誠照寺(福井県鯖江市) - 山門 駆け出しの竜、蛙股の唐獅子
園城寺(滋賀県大津市) - 閼伽井屋の龍
石清水八幡宮(京都府八幡市)
成相寺(京都府宮津市)
養源院(京都府京都市東山区) - 鶯張りの廊下
知恩院(京都府京都市東山区) - 御影堂の天井に左甚五郎が置いていったという「忘れ傘」。鶯張りの長廊下もある。
祇園祭 (京都府)- 鯉山の鯉
稲爪神社(兵庫県明石市)
圓教寺(兵庫県姫路市) - 力士像
加太春日神社(和歌山県和歌山市加田)
出雲大社(島根県出雲市) - 八足門 蛙股の瑞獣、流水紋
西光寺(奈良県香芝市)- 鳳凰の欄間
飛騨一宮水無神社(岐阜県高山市)稲喰神馬(黒駒)

これらの中には、作風が似つかない物もある。他人の作品に甚五郎の名前を付けられることもあり、名の知れた彫刻師だったのだと考えられる。
Wikipediaより   


Posted by マー君 at 09:34Comments(0)記事

2020年12月18日

この茶番劇は何だ!





菅義偉首相が「Go Toトラベル」の全国一斉停止を発表した直後に経営者たち約15人と会食の後二階俊博幹事長や芸能界、野球界の有名人7名で銀座の有名ステーキ店「ひらやま」で忘年会のはしごをしたという報道‥一体この人は何を考えているんだ?国民はみんなそう思ったに違いない。
加藤勝信官房長官も5人以上問題で「感染リスクが高まる」と注意を促している政府対応との整合性を問われ、「5人以上と一律に決めるものではない」と釈明した?。また二階氏らと5人以上の会食は「注意払っている」と問題視しなかった。
国民もほとんどの人が「注意は払っている」。この説明で国民は納得するんだろうか?
この会食には与野党から批判の声が上がり、首相は16日に「国民の誤解を招くという意味においては真摯(しんし)に反省をしている」と陳謝した。
この陳謝の仕方は不自然に聞こえる。
国民が何を誤解したというのか?
まともな言葉で話してほしい。  


Posted by マー君 at 11:13Comments(1)出来事

2020年12月17日

本気度の違い


久々に西日本新聞・春秋、ここ最近の菅首相の言動や行動を端的にとらえ鋭い批判をしています。菅首相は時間が許せばいろいろな人と会食を重ね人の意見を聞くそうですが、側近や専門家の意見はほとんど聞かないし相談もしないというタイプの政治家らしい。そんな時間があるのなら毎日新聞各紙に目を通して世の中で何が起きているのか、何から手を付けるべきなのか新聞からでもいろいろ知る事が出来ます。菅さん、新聞毎日読んでいますか?



本気で勝負するなら、トップが自らの言葉と行動で決意の程を示すべきだった。新型コロナの感染防止に集中的な対策を訴えた「勝負の3週間」だ►政府が笛を吹けど、繁華街や観光地の人出はあまり減らなかった。感染者は増え続け、医療は逼迫した。自制を求める一方でGoTo事業を続けた政策の矛盾が失敗の要因だろう►常識で考えても、おしゃべりを慎む旅行は楽しくなかろう。むしろ旅先では、はめを外しがち。だが、事業継続にこだわる菅義偉首相は「感染拡大の主要な要因とのエビデンス(証拠)はない」と言い張った。仮にそうだとしても、政府が旅行や外食を税金で推奨している事業が国民の心のたがを緩ませたのは否定できまい►では、トップの本気度は。国会答弁や記者会見は目を伏せて原稿を棒読み。専門家の意見にも耳を貸さない。けれど内閣支持率が急落すると「GoToトラベル」の全国一斉停止を即断。政権の危機というエビデンスには敏感のようだ►こちらは心を揺さぶられる演説。「1日590人の死は受け入れられない」。冷静なドイツのメルケル首相が感情をむき出しにし、クリスマス期の対策強化への理解を国民に求めた►方や、わが首相。「勝負」の期間中にネット番組で「こんにちは、ガースーです」とおどけてみせた。一斉停止を発表した夜に大人数で「忘年会」とも報じられた。国民の目にどう映ろう。

西日本新聞・春秋 2020/12/17  


Posted by マー君 at 10:47Comments(0)記事

2020年12月16日

菅政権と裸の王様

昨日の毎日新聞余禄の記事。
菅政権の今の姿をそのまま映し出したようなコラムの内容になっている。
前政権には今井直哉という首相補佐官の腹心が存在していたが菅政権には首相に軌道修正を進言する側近がいないと言われている。
もっとも、首相は政権の政策に反対する官僚は移動してもらうと公言していた。
菅首相は元から誰も何も言えない独裁政権を作り出そうとしていたのである。
GoToの今の現状は菅政権の政治手法が作り出した痛ましい状況である。
今後もこの人に政治を任す事が出来ますか?


子どもが「王様は裸」とばらしてしまうアンデルセンの「皇帝の新しい服(裸の王様)」だが、さて結末はどうだったか。大人たちもやっぱり裸だと叫び出すと、王様にもみんなの言う通りのように思えてくる▲だが考えついたのは、「今さらパレードをやめるわけにはいかない」だった。王様はなおさらもったいぶって歩き、侍従たちはありもしない裳裾(もすそ)をささげて進んでいった――王様とその側近たちだけはフィクションを演じ続けたのだ▲「今さらやめられない」。最近もどこからかそんな声が聞こえたような気がする。というのも、コロナ感染拡大が止まらず医療崩壊の危機が迫る中、GoToトラベルへの菅義偉(すが・よしひで)首相の異様なまでの固執が人々を不安にさせたからだ▲小紙の世論調査によれば、内閣支持率が40%にまで落ち、49%に跳ね上がった不支持率と逆転した菅政権である。とくにそのコロナ対策への不満は大きく、GoToの中止を求める向きは67%にのぼったから問題の所在は明白だろう▲思えば人の移動と感染の関係を否定し、「GoToが悪者になった」と嘆いていた菅首相だ。感染症の専門家はもちろん、医療現場の苦境を心配する国民も、この期(ご)に及んで危機感の衣をまとわぬ「裸の王様」にあぜんとさせられた▲さすがにきのう、年末年始のGoTo全国一斉停止を表明した首相だが、感染抑止のためならば、なぜ直ちに踏み切らないのか。自分が裸と分かった後にも、なおもったいぶるのは人のさがなのだろうか。

毎日新聞・余禄・2020・12・15  


Posted by マー君 at 09:59Comments(0)記事

2020年12月15日

GoTo一時停止



八代市の現在の気温は1℃。
最低気温0℃、最高気温4℃予報では所により晴れとありますが9時前の外の景色は今にも雪でも降りそうな景色。
京都・清水寺での「今年の漢字は「密」。
昨日夜からGoToの一時停止のニュースで世の中は大混乱。
この責任は誰がとるのでしょうか?
  


Posted by マー君 at 09:27Comments(0)出来事つぶやき

2020年12月14日

忠臣蔵の日

1702年(元禄15年)のこの日(旧暦)、赤穂浪士(あこうろうし)47人が江戸・本所松坂町の吉良邸に討ち入りし、主君の仇討ちを成し遂げた。


この日を偲んで東京都港区高輪の泉岳寺や兵庫県明石市の大石神社・花岳寺などで義士供養の「義士祭」(ぎしさい)が行われる。義士祭の日付は12月14日前後に行われることが多い。

また、吉良邸の一部は現在、本所松坂町公園となっており、毎年「元禄市」(げんろくいち)でにぎわう。元禄市の日付は12月第2週の土日の二日間となっている。
●赤穂事件について
1701年(元禄14年)3月14日(旧暦)、江戸城・松之大廊下で、播磨赤穂藩藩主の浅野内匠頭長矩(あさの たくみのかみ ながのり)が、高家(こうけ)の吉良上野介義央(きら こうずけのすけ よしひさ/よしなか)に斬りかかったことに端を発する。

事件当時、江戸城では、幕府が朝廷の使者を接待している真っ最中であり、場所がらもわきまえずに刃傷に及んだ浅野に対し、江戸幕府の第5代将軍・徳川綱吉(とくがわ つなよし)は激怒した。

そして、幕府は浅野内匠頭に即日切腹を言いつけ、浅野が藩主を務める播州赤穂浅野家は改易(かいえき:領地・屋敷の没収)、赤穂城も幕府に明け渡すよう命じた。それに対して、吉良には一切の咎めはなかった。

浅野のみ刑に処せられたことに浅野家家臣達は反発。筆頭家老(ひっとうがろう)である大石内蔵助(おおいし くらのすけ)を中心に対応を協議したが、浅野家再興の道はなく、主君の仇討ちのために吉良邸に討ち入ることを表明した。

1702年(元禄15年)12月14日(旧暦)、大石以下47人(四十七士)は、吉良邸に侵入し、吉良上野介を討ちとった。四十七士は吉良邸から引き揚げて、吉良の首を浅野内匠頭の墓前に供えた。そして、吉良邸討ち入りを幕府に報告し、幕府の指示に従って全員切腹した。

この「赤穂事件」を基にして人形浄瑠璃・歌舞伎の演目の一つ『仮名手本忠臣蔵』(かなでほんちゅうしんぐら、通称:忠臣蔵)など数多くの創作作品が作られ、現在まで語り継がれている。

なお、浅野が吉良に斬りかかった理由は、史実としては不明である。また、「忠臣蔵」は脚色された創作であるため、史実としての「赤穂事件」とは異なる部分もある。

雑学ネタ帳より  


Posted by マー君 at 10:11Comments(0)記念日

2020年12月13日

ウナギのお話

今日の春秋、前半分はウナギの話。
あと半分は人間の話。
共通点は性差と環境。
うまく落としどころを考えたコラムです。



ウナギは生まれた時、性別が決まっていない。理由は不明だが、養殖すると9割以上が雄になるとか。養殖に都合がいいのは雌。身が固くなりやすい雄と比べ、雌は成長しても柔らかいので、大きく育ててもおいしく食べられる►愛知県水産試験場がウナギを雌に育てる技術を開発した。大豆食品に含まれる「大豆イソフラボン」に女性ホルモンに似た作用があることに着目。一定期間、餌に混ぜて与えると養殖ウナギの9割以上が雌になったという►生まれた後の環境によってウナギの性別は決まるようだ。では、ヒトは。生まれた時、体は雌雄の別がある。人間には心にも性別がある。自認する性と体の性が一致しないことはあり得る►そして、社会的につくられる性差も。男の子はチャンバラ、女の子はままごと。女子はスカート、男子はズボン。昔ながらの性差の型にはめようとする環境に息苦しさやつらさを感じている人もいよう►「脱コル」というそうだ。コルは女性を束縛するものの象徴とされるコルセットのこと。男性に都合のいい「女らしさ」を強いる環境にあらがい、コルセットを脱ぎ捨てるように不本意な化粧や髪形やハイヒールをやめ、自分らしさを大切にする女性が増えているという►人は環境が性差を決めるウナギにあらず。女も男も、そのどちらでもないと自認する人も、性差に縛られず、ありのままの自分でいられる社会がいい。

西日本新聞・春秋・202012/13
  


Posted by マー君 at 09:13Comments(0)記事

2020年12月12日

観察



毎年茶色くなって落ちてしまう庭のもみじが久々に紅葉しました。


この寒さの中この花は狂ったように咲いています。
ブーゲンビリアはこの時期に咲く花ではないと思うんだが・・?

やっぱり開ききらない朝顔、このまま萎んでしまうのでしょうか?  


Posted by マー君 at 08:53Comments(0)つぶやき