昔の中国の書物によれば、ニワトリには五徳があるという。頭に冠をいただくのは文、足に蹴爪(けづめ)を持つのは武、敵とあえて闘うのは勇、食を見て相呼ぶは仁、夜を守って時を失わぬは信――文武勇仁信である▲「アニマルウェルフェア(動物福祉)」は、そのニワトリなどの劣悪な飼育環境の改善を求める考え方で、動物の「五つの自由」を掲げる。「空腹と渇き」「不快」「痛みや病気」「恐怖」からの自由と、「正常な行動」の自由である▲畜産においても動物のストレスや疾病を減らす環境改善は、生産性向上や畜産物の安全に寄与しよう。国際機関は日本の養鶏についても欧米の現状に沿う飼育環境の改善を求めていたが、そんななかで怪しい現金が動いていたらしい▲鶏卵生産大手の元代表が、元農相の吉川貴盛(よしかわ・たかもり)衆院議員に現金数百万円を渡していたとの疑惑である。元代表は業界を代表してアニマルウェルフェアへの対策や、鶏卵価格下落時の収入補塡(ほてん)につき政界への陳情を重ねていた人物だった▲この疑惑、河井克行(かわい・かつゆき)・案里(あんり)両被告の公選法違反事件の捜査で行われた家宅捜索で見つかった資料で明るみに出た。吉川議員は9月の自民党総裁選では菅義偉(すが・よしひで)首相陣営の事務局長をつとめ、二階俊博(にかい・としひろ)幹事長の派閥の事務総長でもあった▲吉川議員は入院中とのことで、発表されたコメントにも事情の説明はない。養鶏業者を取り巻く苦境は分かるが、五徳もむなしく自分たちの待遇改善まで食い物にされるニワトリの哀れも思わざるを得ない
毎日新聞余禄・2020/12/03

吉川 貴盛(よしかわ たかもり、1950年10月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。
農林水産大臣(第63代)を歴任した。自由民主党北海道連会長。苗字の『吉』は正式には上が『士』でなく『土』の『』。
東京都生まれ。生後まもなく北海道余市郡余市町に移り、少年時代を過ごす。北海道日本大学高等学校を経て日本大学経済学部を卒業後、鳩山威一郎・鳩山邦夫の秘書を務めた。その縁から鳩山の側近として行動する。1978年に北海道議会議員に初当選し、その後、3期務めた。
1996年10月20日の第41回衆議院議員総選挙で北海道2区から出馬し、新進党現職の長内順一に敗北したが、比例復活で初当選。
2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙で再選。
2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙で北海道2区で民主党の三井辨雄に敗れ、比例復活も出来ずに落選。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で再び三井に敗れたが、比例復活で3選。
2005年から北海道大学大学院公共政策学教育部(公共政策大学院)に入学し、2007年に修了した。
2008年8月、福田康夫改造内閣で経済産業副大臣に就任。同年9月、麻生内閣で経済産業副大臣に再任。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙で三たび三井に敗れ、比例復活も出来ずに落選。
2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で初めて三井を比例復活も許さず破り4選、3年ぶりに国政に復帰した。
2013年9月30日、第2次安倍内閣で農林水産副大臣に就任(2014年9月3日、退任)。
2014年12月14日の第47回衆議院議員総選挙で維新の党の松木謙公を破り5選(松木は比例復活)。
2017年10月22日の第48回衆議院議員総選挙で希望の党に鞍替えした松木ら3人に完勝して6選を果たした。
2018年10月2日、第4次安倍改造内閣にて農林水産大臣として初入閣した。
2019年9月11日、農林水産大臣を退任し、自民党組織運動本部で組織運動本部長代理に就任。
2020年12月2日、アキタフーズ元代表(当時、日本養鶏協会幹部)から複数回にわたって数百万円の現金を受け取った疑いで、東京地検特捜部は捜査を進めているもよう。
Wikipediaより
毎日新聞余禄・2020/12/03

吉川 貴盛(よしかわ たかもり、1950年10月20日 - )は、日本の政治家。自由民主党所属の衆議院議員(6期)。
農林水産大臣(第63代)を歴任した。自由民主党北海道連会長。苗字の『吉』は正式には上が『士』でなく『土』の『』。
東京都生まれ。生後まもなく北海道余市郡余市町に移り、少年時代を過ごす。北海道日本大学高等学校を経て日本大学経済学部を卒業後、鳩山威一郎・鳩山邦夫の秘書を務めた。その縁から鳩山の側近として行動する。1978年に北海道議会議員に初当選し、その後、3期務めた。
1996年10月20日の第41回衆議院議員総選挙で北海道2区から出馬し、新進党現職の長内順一に敗北したが、比例復活で初当選。
2000年6月25日の第42回衆議院議員総選挙で再選。
2003年11月9日の第43回衆議院議員総選挙で北海道2区で民主党の三井辨雄に敗れ、比例復活も出来ずに落選。
2005年9月11日の第44回衆議院議員総選挙で再び三井に敗れたが、比例復活で3選。
2005年から北海道大学大学院公共政策学教育部(公共政策大学院)に入学し、2007年に修了した。
2008年8月、福田康夫改造内閣で経済産業副大臣に就任。同年9月、麻生内閣で経済産業副大臣に再任。
2009年8月30日の第45回衆議院議員総選挙で三たび三井に敗れ、比例復活も出来ずに落選。
2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙で初めて三井を比例復活も許さず破り4選、3年ぶりに国政に復帰した。
2013年9月30日、第2次安倍内閣で農林水産副大臣に就任(2014年9月3日、退任)。
2014年12月14日の第47回衆議院議員総選挙で維新の党の松木謙公を破り5選(松木は比例復活)。
2017年10月22日の第48回衆議院議員総選挙で希望の党に鞍替えした松木ら3人に完勝して6選を果たした。
2018年10月2日、第4次安倍改造内閣にて農林水産大臣として初入閣した。
2019年9月11日、農林水産大臣を退任し、自民党組織運動本部で組織運動本部長代理に就任。
2020年12月2日、アキタフーズ元代表(当時、日本養鶏協会幹部)から複数回にわたって数百万円の現金を受け取った疑いで、東京地検特捜部は捜査を進めているもよう。
Wikipediaより