2022年07月19日

ゴドーを待ちながら

「田舎道。木が1本。夕暮れ」。サミュエル・ベケットの不条理劇「ゴドーを待ちながら」の有名なト書きだ。男2人がひたすら「ゴドー」が来るのを待っている。そこにあるのは希望か、絶望か。時代や状況で感じ方は大きく変わる▲1993年には電気も満足にない内戦下のサラエボで、米作家・批評家のスーザン・ソンタグ演出により上演され、観客の心を揺さぶった。「文化は人間の尊厳の表現である――それこそサラエボの人々が喪失したと感じているもの」。ソンタグはつづる▲2011年、東日本大震災直後の東京で見た舞台は、絶望の中で救いを待つ意味がリアルに感じられた。その「ゴドー」を沖縄版に翻案した舞台が、先月23日の「慰霊の日」を挟んで那覇市で上演された▲平和憲法下での暮らしを求めた復帰から半世紀。いまだ米軍施設が集中する不条理を抱えた島が待つ「ゴドー」とは何か。観客も考えを巡らせたに違いない▲沖縄では23日、20回目となる児童・青少年演劇の国際フェスティバルが始まる。これまで海外の優れた児童演劇を紹介してきた。コロナ禍でリアルな交流は難しくなっていたが、今回はアイスランドやベルギーなどからアーティストが来日予定だ▲10年前から「劇場は命薬(ぬちぐすい)」をテーマに掲げる。沖縄の言葉で、おいしい料理やお酒、心や体を元気にしてくれるもののことだ。演劇にもそんな力がある。長引くウクライナでの戦争が「人間の尊厳」に影を落とす。世界が「命薬」を必要としている。
毎日新聞余禄 2022/07/19
ゴドーを待ちながら
サミュエル・ベケット(Samuel Beckett, 1906年4月13日 - 1989年12月22日)は、アイルランドの劇作家、小説家、詩人。不条理演劇を代表する作家の一人であり、小説においても20世紀の重要作家の一人とされる。ウジェーヌ・イヨネスコと同様に、20世紀フランスを代表する劇作家としても知られている。1969年にはノーベル文学賞を受賞している。
ウィキペディアより

ト書き・・「ト書き」の言葉の由来は歌舞伎の台本の「…と立ち上がりながら」などの「と」から来ている。文体は「…であった」などの過去形ではなく「…である」などの現在進行形で書くのが一般的。


ゴドーを待ちながら
あらすじ
『ゴドーを待ちながら』は2幕劇。木が一本立つ田舎の一本道が舞台である。

第1幕ではウラディミールとエストラゴンという2人の浮浪者が、ゴドーという人物を待ち続けている。2人はゴドーに会ったことはなく、たわいもないゲームをしたり、滑稽で実りのない会話を交わし続ける。そこにポッツォと従者・ラッキーがやってくる。ラッキーは首にロープを付けられており、市場に売りに行く途中だとポッツォは言う。ラッキーはポッツォの命ずるまま踊ったりするが、「考えろ!」と命令されて突然、哲学的な演説を始める。ポッツォとラッキーが去った後、使者の少年がやってきて、今日は来ないが明日は来る、というゴドーの伝言を告げる。

第2幕においてもウラディミールとエストラゴンがゴドーを待っている。1幕と同様に、ポッツォとラッキーが来るが、ポッツォは盲目になっており、ラッキーは何もしゃべらない。2人が去った後に使者の少年がやってくる。ウラディミールとエストラゴンは自殺を試みるが失敗し、幕になる。

説明

2人が待ち続けるゴドー(Godot)の名は英語の神(God)を意味するという説もあるが、ゴドーが実際に何者であるかは劇中で明言されず、解釈はそれぞれの観客に委ねられる。木一本だけの背景は空虚感を表し、似たような展開が2度繰り返されることで永遠の繰り返しが暗示される。


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Posted by マー君 at 12:49│Comments(0)日記
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