2021年05月30日
平時と非常時の日本の現状
[地球を読む]遅れたコロナ対応 日本、非常時体制に不備…田中明彦 政策研究大学院大学長
新型コロナウイルスの感染拡大という異常事態は、なかなか収束しない。しかし、そろそろパンデミック後に日本が国家として何をなすべきか、考えていかなければならない。そのためには、この1年余りの経験から何を学ぶのか、整理する必要がある。
最大の確認事項は、日本という国家には異常事態に対応するための仕組みと能力が大きく欠如していたことである。PCR検査の実施体制を迅速に強化できなかったこと、ワクチン開発を国が主導して実施できなかったこと、そして現在目の当たりにしているように、ワクチン接種にも長期の時間を要すること。これらは皆、国家としての日本の体制不備と能力欠如を示している。
平時と非常時の日本の国の在り方を考えてどんな非常時であれ対応が出来るように法整備を整えておくのが国の役目である。
国会議員も官僚もこのコロナ下の非常時にはこの1年半何も役に立っていない。
学び改める時間はいっぱいありました。・・審議を尽くさず国会を閉めてしまった事もありました。国民のだれもが疑問に思うような問題も解決せずに解決したかのように先延ばしをしている問題もいっぱいあります。こんな状況の中で緊急事態宣言や蔓延防止策を何回も繰り返しても効果はどんどんなくなるばかり。政策を施工する側の法律違反が次々にあからさまになる報道が続く中、国民とまともに向き合おうともしない菅首相は何が何でも東京オリンピックの開催に躍起である。言っていることとしていることが真反対。
〝今日の地球を読む〟に日本の非常時体制に不備という記事を政策研究大学院大学長の田中明彦さんが分かりやすく書かれておられます。

田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は、日本の国際政治学者。国立大学法人政策研究大学院大学学長。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、独立行政法人国際協力機構理事長を歴任。三極委員会アジア太平洋地域議長。
おそらく安倍前首相も菅首相も、いくら指示をしてもほとんど意図したとおりのことが実現せず切歯扼腕したのではないか。
しかし、制度も能力もないことは、いくら命令しても実現しない。誰かがサボっていて物事が進まないのではない。皆頑張っているが、できないことはできないのである。
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『切歯扼腕・(せっしやくわん)四字熟語「切歯扼腕」の意味。切歯扼腕とは、激しく怒って、悔しがる様子のこと。「切歯」は歯ぎしりをすることや歯を食いしばること。「扼腕」は自身の片方の腕をもう片方の手で握り締めること。
意味: 激しく怒って、悔しがる様子のこと。; 「切歯」...
読み方: せっしやくわん』
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なぜできないのか。非常時には、平時には必要のない人が大勢必要とされるからである。しばしば指摘されるように、PCR検査を迅速に拡大し、感染者を追跡調査するには、それ以外の業務を犠牲にしてもなお人が足りなかった。感染者を治療するには、恒常的に発生する病気の治療に加えて、さらなる医師・看護師が必要とされる。国民全体に急速にワクチンを接種するには、接種にあたる人を大勢用意しなければできない。今後の接種がどれだけ進むかは、接種できる人の確保にかかっている。
どうしたらよいのか。あらゆる危機に対応できるように人材や資源を政府が常時確保しようとするのは現実的ではないであろう。感染症だけが将来起こりうる異常事態ではない。大地震や津波、大水害、原発事故、外国からの攻撃や侵略、大規模テロなどあらゆる可能性を想定して対応できる人材を政府が確保したら、平時にはとてつもない余剰人材を抱えることになる。
現実的なのは、非常時に有効に対応できる人材と資源を政府が維持しつつ、非常時に市場と社会から人材や資源を「動員」する仕組みを制度化しておくことである。いうまでもなく、このような発想のプロトタイプは戦時動員体制である。平時には必要最小限の軍と軍事生産を確保しておき、有事には予備役の動員や徴兵によって軍を拡大し、軍事生産も民間を動員して一挙に拡大するというパターンである。第2次世界大戦の時の米国がこれを最も効果的に実現した。
人材・資源動員へ法整備を
日本では、戦前・戦中の国家総動員体制に関する悪夢もあり、戦時を思い起こさせる一切の制度に対する忌避感があった。有事関連法制ですら実現したのは21世紀にはいってからであり、戦時を想定した国家規模での動員体制はいまだ構想すらされていない。
しかし、基幹部分を国が平時から維持し非常時に人材や資源を市場や社会から「動員」するパターンが有効なのは戦争に限らない。
今回の新型コロナウイルス対応で、米国政府は大統領権限で民間企業に協力を求める「国防生産法」を発動し、ファイザーなど薬品会社によるワクチンの開発・生産を促進させた。ワクチン接種率で米英両国とイスラエルが、他国を圧倒しているのは偶然ではない。
わが国においても、大規模自然災害では、平時は各自治体が防災にあたり、自治体のみで対応できない場合は自衛隊に支援を求め、さらに復旧・復興過程ではボランティアや民間企業からの協力を求めることは、繰り返されている。東日本大震災の後も、被災自治体には全国各地の自治体から応援がよせられた。
今回も似たパターンのことが実際に起きた。菅首相が自衛隊にワクチンの大規模接種会場の設営を指示したのは、国家の基幹的な非常事態対応組織への命令である。国民にマスクを配る業務や接触アプリの開発を民間企業に委託したことは、市場からの資源や人材の動員であり、潜在看護師に復職を依頼してワクチン接種に協力してもらうというのは、社会に存在する潜在的人材の動員である。
わが国で問題なのは、これらの非常事態対応の基幹組織が十分でなかった上に、市場や社会からの動員が、迅速でも効果的でもなかった場合が多かったことである。そもそも自衛隊は、医療に対する国家としての基幹組織ではない。国立病院機構や国立感染症研究所、保健所などの体制の強化について、早急に検討を始めるべきだ。
さらに必要なのは「動員体制」の整備であろう。すでに述べたように、非常時でもすべてを国家が行うことはできない。現在日本が直面している困難は、非常時に市場や社会に対して、何をどういう仕組みで指示できるのかがはっきりしていないことなのである。
コロナ対応の改正新型インフルエンザ対策特別措置法は本来、第1波直後の昨年夏くらいには成立させておいてしかるべきだった。遅きに失したとはいえ実現したのはよかったが、この法律の規定は、緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置が実施されている際に、何時以降営業するなとか、酒を提供するなといった禁止事項が中心である。つまり「○○するな」という制度体系である。
これに対して、「○○せよ」という制度も必要である。改正感染症法で、医療機関に「病床確保」が求められている。これは「○○せよ」という制度である。しかし、「○○せよ」という制度は、「○○するな」という制度より、一般には体制構築が難しい。「○○せよ」という指示は、それがそもそもできないことであれば、いくら命令しても実現しないからだ。
市場で調達したくても、供給可能でなければ調達できない。マスクの配布がなかなか実現できなかったことを思い出してほしい。
アプリ開発を市場に丸投げしてもうまくいくとは限らない。また、潜在看護師を社会から調達しようとしても、あらかじめ依頼する人々の都合を配慮した仕組みを作っておかなければうまくいかない。
今後おこりうる非常事態は、さらに危険な新しい感染症、大規模災害、あるいは有事を含む安全保障上の危機かもしれない。国家が常に維持しておくべき非常事態に対応する基幹組織の規模や機能を精査し、整備しておきたい。
それぞれの危機において市場や社会から動員するための法整備を行い、市場や社会との対話によって私権に配慮しつつ、効果的な動員能力を確保する仕組みを築かねばならない。
新型コロナウイルスの感染拡大という異常事態は、なかなか収束しない。しかし、そろそろパンデミック後に日本が国家として何をなすべきか、考えていかなければならない。そのためには、この1年余りの経験から何を学ぶのか、整理する必要がある。
最大の確認事項は、日本という国家には異常事態に対応するための仕組みと能力が大きく欠如していたことである。PCR検査の実施体制を迅速に強化できなかったこと、ワクチン開発を国が主導して実施できなかったこと、そして現在目の当たりにしているように、ワクチン接種にも長期の時間を要すること。これらは皆、国家としての日本の体制不備と能力欠如を示している。
平時と非常時の日本の国の在り方を考えてどんな非常時であれ対応が出来るように法整備を整えておくのが国の役目である。
国会議員も官僚もこのコロナ下の非常時にはこの1年半何も役に立っていない。
学び改める時間はいっぱいありました。・・審議を尽くさず国会を閉めてしまった事もありました。国民のだれもが疑問に思うような問題も解決せずに解決したかのように先延ばしをしている問題もいっぱいあります。こんな状況の中で緊急事態宣言や蔓延防止策を何回も繰り返しても効果はどんどんなくなるばかり。政策を施工する側の法律違反が次々にあからさまになる報道が続く中、国民とまともに向き合おうともしない菅首相は何が何でも東京オリンピックの開催に躍起である。言っていることとしていることが真反対。
〝今日の地球を読む〟に日本の非常時体制に不備という記事を政策研究大学院大学長の田中明彦さんが分かりやすく書かれておられます。

田中 明彦 (たなか あきひこ、1954年8月7日 - )は、日本の国際政治学者。国立大学法人政策研究大学院大学学長。東京大学東洋文化研究所教授、東京大学副学長、独立行政法人国際協力機構理事長を歴任。三極委員会アジア太平洋地域議長。
おそらく安倍前首相も菅首相も、いくら指示をしてもほとんど意図したとおりのことが実現せず切歯扼腕したのではないか。
しかし、制度も能力もないことは、いくら命令しても実現しない。誰かがサボっていて物事が進まないのではない。皆頑張っているが、できないことはできないのである。
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『切歯扼腕・(せっしやくわん)四字熟語「切歯扼腕」の意味。切歯扼腕とは、激しく怒って、悔しがる様子のこと。「切歯」は歯ぎしりをすることや歯を食いしばること。「扼腕」は自身の片方の腕をもう片方の手で握り締めること。
意味: 激しく怒って、悔しがる様子のこと。; 「切歯」...
読み方: せっしやくわん』
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なぜできないのか。非常時には、平時には必要のない人が大勢必要とされるからである。しばしば指摘されるように、PCR検査を迅速に拡大し、感染者を追跡調査するには、それ以外の業務を犠牲にしてもなお人が足りなかった。感染者を治療するには、恒常的に発生する病気の治療に加えて、さらなる医師・看護師が必要とされる。国民全体に急速にワクチンを接種するには、接種にあたる人を大勢用意しなければできない。今後の接種がどれだけ進むかは、接種できる人の確保にかかっている。
どうしたらよいのか。あらゆる危機に対応できるように人材や資源を政府が常時確保しようとするのは現実的ではないであろう。感染症だけが将来起こりうる異常事態ではない。大地震や津波、大水害、原発事故、外国からの攻撃や侵略、大規模テロなどあらゆる可能性を想定して対応できる人材を政府が確保したら、平時にはとてつもない余剰人材を抱えることになる。
現実的なのは、非常時に有効に対応できる人材と資源を政府が維持しつつ、非常時に市場と社会から人材や資源を「動員」する仕組みを制度化しておくことである。いうまでもなく、このような発想のプロトタイプは戦時動員体制である。平時には必要最小限の軍と軍事生産を確保しておき、有事には予備役の動員や徴兵によって軍を拡大し、軍事生産も民間を動員して一挙に拡大するというパターンである。第2次世界大戦の時の米国がこれを最も効果的に実現した。
人材・資源動員へ法整備を
日本では、戦前・戦中の国家総動員体制に関する悪夢もあり、戦時を思い起こさせる一切の制度に対する忌避感があった。有事関連法制ですら実現したのは21世紀にはいってからであり、戦時を想定した国家規模での動員体制はいまだ構想すらされていない。
しかし、基幹部分を国が平時から維持し非常時に人材や資源を市場や社会から「動員」するパターンが有効なのは戦争に限らない。
今回の新型コロナウイルス対応で、米国政府は大統領権限で民間企業に協力を求める「国防生産法」を発動し、ファイザーなど薬品会社によるワクチンの開発・生産を促進させた。ワクチン接種率で米英両国とイスラエルが、他国を圧倒しているのは偶然ではない。
わが国においても、大規模自然災害では、平時は各自治体が防災にあたり、自治体のみで対応できない場合は自衛隊に支援を求め、さらに復旧・復興過程ではボランティアや民間企業からの協力を求めることは、繰り返されている。東日本大震災の後も、被災自治体には全国各地の自治体から応援がよせられた。
今回も似たパターンのことが実際に起きた。菅首相が自衛隊にワクチンの大規模接種会場の設営を指示したのは、国家の基幹的な非常事態対応組織への命令である。国民にマスクを配る業務や接触アプリの開発を民間企業に委託したことは、市場からの資源や人材の動員であり、潜在看護師に復職を依頼してワクチン接種に協力してもらうというのは、社会に存在する潜在的人材の動員である。
わが国で問題なのは、これらの非常事態対応の基幹組織が十分でなかった上に、市場や社会からの動員が、迅速でも効果的でもなかった場合が多かったことである。そもそも自衛隊は、医療に対する国家としての基幹組織ではない。国立病院機構や国立感染症研究所、保健所などの体制の強化について、早急に検討を始めるべきだ。
さらに必要なのは「動員体制」の整備であろう。すでに述べたように、非常時でもすべてを国家が行うことはできない。現在日本が直面している困難は、非常時に市場や社会に対して、何をどういう仕組みで指示できるのかがはっきりしていないことなのである。
コロナ対応の改正新型インフルエンザ対策特別措置法は本来、第1波直後の昨年夏くらいには成立させておいてしかるべきだった。遅きに失したとはいえ実現したのはよかったが、この法律の規定は、緊急事態宣言や、まん延防止等重点措置が実施されている際に、何時以降営業するなとか、酒を提供するなといった禁止事項が中心である。つまり「○○するな」という制度体系である。
これに対して、「○○せよ」という制度も必要である。改正感染症法で、医療機関に「病床確保」が求められている。これは「○○せよ」という制度である。しかし、「○○せよ」という制度は、「○○するな」という制度より、一般には体制構築が難しい。「○○せよ」という指示は、それがそもそもできないことであれば、いくら命令しても実現しないからだ。
市場で調達したくても、供給可能でなければ調達できない。マスクの配布がなかなか実現できなかったことを思い出してほしい。
アプリ開発を市場に丸投げしてもうまくいくとは限らない。また、潜在看護師を社会から調達しようとしても、あらかじめ依頼する人々の都合を配慮した仕組みを作っておかなければうまくいかない。
今後おこりうる非常事態は、さらに危険な新しい感染症、大規模災害、あるいは有事を含む安全保障上の危機かもしれない。国家が常に維持しておくべき非常事態に対応する基幹組織の規模や機能を精査し、整備しておきたい。
それぞれの危機において市場や社会から動員するための法整備を行い、市場や社会との対話によって私権に配慮しつつ、効果的な動員能力を確保する仕組みを築かねばならない。