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Posted by おてもやん at

2018年11月18日

これからの手帳

今日は読売新聞[編集手帳]から
短い文章の中から結構教えられることがあるので必ず読むことにしています。
読んでいると名前の読みがわからない人の名前が出てくることが結構多いことに我ながら苦笑しながら読むのですが、今日のような「遠藤展子さん」の場合、展子の読みは「のりこ」、「ひろこ」、「のぶこ」、「あつこ」など読み方があって「遠藤展子さん」を知らない人には当てずっぽうで読むしか仕方ありません。文中から藤沢周平の娘ということが分かりその線から調べてみると「のぶこ」にやっと辿り着く有り様。
わずか3文字、できればフリガナをお願いしたいものです。


作家の父が書いた「人に言えない鬱屈(うっくつ)」とは何だったか。遠藤展子さんは遺品の手帳を頼りに考えを巡らせて一冊の本にまとめる。『藤沢周平 残された手帳』(文芸春秋)である◆例えば昭和38年、短編が雑誌に掲載され始めたこの年、長女の誕生と妻の病死が相次ぎやってくる。10月29日の記述。〈夜、濡れて帰る。缶詰、白菜のつけもの。それと卵を買って・・・狂いだすほどの寂しさが腹にこたえる。小説を書かねばならぬ。展子に会いたい〉◆書き連ねた予定やメモの切れ切れがいつしか持ち主の物語を紡ぐ。残り少なくなった手帳の文字に山あり谷ありの一年を思い返す人も多かろう。西日本豪雨の被災地、岡山県倉敷市真備町では「これからの手帳」の配布が始まったという◆被災者が健康状態や受信結果、相談事項など日々の記録を書き込める。豪雨から間もない頃、支援者が同様の帳面を配ったところ、「生活の支えになった」といった声が多数寄せられたそうだ◆カレンダー欄は被災1年となる来年7月まで。覚書の数々が励みに転じる日がきっと来るだろう。あの時私はこんなに頑張ったんだと。


遠藤展子(えんどう のぶこ、1963年 - )は、東京都出身のエッセイスト。父は時代小説で著名な直木賞作家の藤沢周平。 父・藤沢周平の関連エッセイを、多く書いている。
略歴
・1963年、藤沢周平(本名小菅留治)の長女として東京都に生れる。
・1964年、母親が病気で亡くなる(父親は1969年に再婚)。
・東京都立高等学校を経て西武百貨店書籍部に勤務する。
・1988年、遠藤崇寿と結婚して遠藤姓となる。
・2006年9月、『藤沢周平父の周辺』を出版する。
・2007年1月、『父・藤沢周平との暮し』を出版する。
・2009年1月、『わたしの藤沢周平』(宝島社)の監修をする。
※NHKの衛星放送番組『わたしの藤沢周平』を書籍化。
Wikipediaより


豪雨から再建へ「これから手帳」 被災者配布へ高知県立大学院教授神原咲子(41)


 倉敷市真備町地区出身で、災害看護や公衆衛生が専門の神原咲子・高知県立大大学院教授(41)が、西日本豪雨被災者に向け、母子手帳をモデルにした生活記録冊子を作った。タイトルは「これから手帳」。自身や家族の医療機関の受診結果、生活上の困り事などをカレンダー形式で書き込める仕様で、9、10日に市内の避難所や仮設住宅で無料配布する。

 神原教授は豪雨時、同町市場の実家に帰省中。被災を免れたことからボランティアとして近くの避難所で活動した。その際、看護師や保健師が入れ替わるたびに体調や服用薬を一から聞かれ、戸惑う被災者の姿をみて記録ツールの必要性を感じたという。

 住所、氏名、家族構成や避難所での診断結果を記入する一覧とともに書き込みができる7、8月のカレンダーを載せた「いまから手帳」を避難所で配布。「頭の中が整理できた」「9月以降の分も欲しい」と好評だったため続編として「これから手帳」を用意した。

 B5判53ページで、構成はおおむね前作を踏襲。豪雨から約1年の来年6月までのカレンダーを掲載し「インフルエンザの予防接種は受けましたか」(11月)、「誰かと今年を振り返り、語り合う時間を持ちましょう」(12月)など、心身の健康を保つための時季に応じた注意点やアドバイスを添えた。資金繰りが行き詰まった際に住宅ローンの減免が受けられる制度などの概要も追加した。

 知人の美術大教授や弁護士の協力で編集を進め、2千部を作成。神原教授は自身が運営する情報サイト「まびケア」でも近く冊子のデータを公開する予定で「2年、3年後の人生設計を円滑に進めるため、生活の歩みを丁寧に記録していってほしい」と呼び掛ける。
(2018年11月08日 23時04分 更新) 山陽新聞さんデジより  


Posted by マー君 at 10:26Comments(0)記事