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Posted by おてもやん at

2018年10月12日

忘己利他

「忘己利他・もうこりた」という言葉がある。天台宗の開祖、最澄が著した『山家学生式』にみえる教えである◆〈己を忘れて他を利するは慈悲の極みなり〉と説かれている通り、自分本位の考えはやめて、人に尽くすことが生きていくうえで最も大切という意味らしい。不寛容が頭をもたげる現代社会において、かみしめたい戒めでもあろう◆比叡山延暦寺の森川宏映・こうえい・天台座主らが奈良の興福寺で再建された中金堂の落慶法要を営んだのも、その精神ゆえかもしれない。天台座主による興福寺での法要は619年ぶりと本紙大阪版が伝えている◆法相宗大本山の興福寺と延暦寺は最澄の時代以来、教義を巡って対立し、仏教界の覇を競った歴史がある。その陰で室町時代の中金堂再建に伴う法要にも天台座主が参列していたというから興味深い。歴史を顧みつつ、対立を乗り越える力のありかをふと考える◆「寺院消滅」に瀕した時代である。人口減もあって檀家は減っても、培われた文化は消えない。今を生きる手がかりも宿っていよう。
「よみうり寸評」10・11夕刊

当たり前のことのようだけれどなかなか教えどうりの行いが出来ない私たちにとっては胸を刺されるような思いがします。
いいお話をありがとう。

●さんげがくしょうしき〔サンゲガクシヤウシキ〕【山家学生式】

平安初期の仏教書。1巻。最澄著。天台法華宗年分学生式(六条式)、勧奨天台宗年分学生式(八条式)、天台法華宗年分度者回小向大式(四条式)の3部の総称。弘仁9~10年(818~819)に順次成立。天台宗(山家)での学生養成制度を勅許されるよう願ったもの。

●興福寺(こうふくじ)は、奈良県奈良市登大路町(のぼりおおじちょう)にある、南都六宗の一つ、法相宗の大本山の仏教寺院である。南都七大寺の一つに数えられる。藤原氏の祖・藤原鎌足とその子息・藤原不比等ゆかりの寺院で、藤原氏の氏寺であり、古代から中世にかけて強大な勢力を誇った。南円堂は西国三十三所第9番札所である。「古都奈良の文化財」の一部として世界遺産に登録されている。




300年ぶりに再建 興福寺 中金堂 奈良
2018年10月7日 15時31分
奈良の興福寺の中心的なお堂、中金堂が300年ぶりに再建され、完成を祝う落慶法要が営まれました。
興福寺の中金堂は奈良時代の創建以来、焼失と再建を繰り返し、300年前の江戸時代の火災を最後に失われたままでしたが、およそ20年がかりで再建されました。

7日、中金堂の前で落慶法要が営まれ、屋根の上に取り付けられた「しび」という金色の飾りが除幕され、建物の全体が姿を現すと、参列したおよそ3000人から拍手がわき起こりました。・・・NHKニュースより  


Posted by マー君 at 11:32Comments(0)記事