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Posted by おてもやん at

2018年10月11日

謎だらけの土器



縄文時代の土器を見ていると謎だらけである。
土器の用途を考えれば煮炊き用か貯蔵用と我々の頭には浮かびます。
でもここ八ヶ岳山麓の博物館を廻っていると縄文土器はそれだけではないことに気づかされます。
色々な文様が土器に付いているのです。
中には実用向きではないほどの装飾が施されたものもあります。
どの博物館もかえってそちらの方が多いようです。
縄文中期に栄えた地域の特徴でもあるそうです。





これらの土器は煮炊きに使用された痕跡が残っています。
でもこれらの土器を見つめ直すと土器作成の過程で縄文人がどれほどこの装飾に時間をかけたものか、煮炊き以外に他に何か私たちには計り知れないものの為に心血を注いで土器を作ったと思わざるを得ません。
この土器の写真を撮る前に尖石縄文考古館で1時間半、立命館大文学部教授・矢野健一さんの「西日本の縄文文化」という講座がありその話の中でこの時代には中国やロシア、朝鮮半島にも縄文土器のような装飾文様を持つ土器は見当たらず日本独特の非常に特異な文化であると教わりました。


縄文人とは何なんだ。
どう考えても煮炊きには不便な器を懸命に作り、便利さの追求はそれほど考えなかったのは何故なんだろう・・・・。
でも時代が下がるとともにより実用的な土器に変化していき、弥生時代に近づくほどこの傾向は強まります。
この変化はなんなんでしょう?
自分を着飾るために翡翠に穴をあけてイヤリングやネックレスを作りましたが、木の枝の先に石英の粉を付けて一日がかりでたったの1ミリ程度しか穴が開かないそうです。
とんでもない時間をかけて作りました。
便利さという面から考えるとほぼ満たされている現代の私たちと満たされないものだらけの縄文人を考えると価値観や精神世界などの世界観が全く異なっているように思います。
  


Posted by マー君 at 14:28Comments(0)歴史