スポンサーサイト

上記の広告は90日以上記事の更新がないブログに表示されます。新しい記事を書くことで、こちらの広告が消せます。

  

Posted by おてもやん at

2018年05月11日

宮仕えとは・・・?

「このはしわたるべからず」。一休さんが渡ろうとした橋のたもとにこんな立て札。堂々と渡った一休さんは「端は通らず、真ん中を渡りました」。有名な一休とんち話だ►将軍や金持ちを知恵で手玉に取る一休さんだから世間は喝采を送った。これを権力の側からやれば、こじつけ、ごまかし、不正といわれよう►国会できょう、首相秘書官だった柳瀬唯夫氏の参考人招致が行われる。愛知県や今治市の関係者と面会した際、加計学院の獣医学部新設を「首相案件」と述べたとされる人物だ。これまで「記憶する限り会っていない」として発言も面会も否定してきた►その言い分を覆す文書が出た。逃げ切れないと観念したか、与党との〝調整〟の結果、記憶がよみがえったらしい。ただし「学園関係者とは面会したが、一緒にいた県や市の職員には気付かなかった」と主張するとか。これなら従来の答弁に矛盾はなく、うそをついたことにならない、と言い張るようだ►責任逃れの悪知恵を強引に通すのが現政権のやり方か。「セクハラ罪という罪はない」と繰り返す麻生太郎財務相もしかり。「(被害者が)申し出なければどうしようもない」とも。「屏風絵の虎を捕まえるから虎を屏風から出して」と将軍をやり込めた一休さんとは似て非なり。人権意識の低さに世間は非難ごうごうだ►「ごまかしは通るべからず」。こんな立て札を永田町には立てたい。
西日本新聞 【春秋】 2018・05・10

昨日久しぶりに国会中継がありました。
この記事は中継が始まる前に書かれたものです。
伸ばすだけ伸ばしての参考人招致。
政権側との綿密な打ち合わせの結果だったのでしょう。
まるでこの新聞記事の筋書きどうりに行われた国会中継だったように思います。
宮仕えとは一体何なんでしょうか?

昨日はこの人が主役でした。

  


Posted by マー君 at 19:13Comments(0)つぶやき

2018年05月10日

ズボラは大敵

大島ゴルフクラブ


最近、急激な体力の衰えを感じゴルフの練習にやって来ました。
ここ1年の間にスコアーがまとまらなくなり、原因を考えてみると両手の手術により握力が落ちたことと、家内からもしょっちゅう「練習もしないでいいスコアーが出るわけがない」といわれつつズルをしていたことがあると思います。
家内の言うことに奮起してやっと腰を上げました。
やっぱり奮起できるのは家内の言葉が一番の様です。
年も若くないのに上手くなる訳がない、練習を重ねて現状維持がやっとこさ。
そう思ってゴルフを楽しむことにしました。
ここは八代海に近い大島という小さな島です。
島全体が石灰岩で出来た島ですが、山の向こう側は白い石灰岩がむき出しになっています。
八代城の石垣はほとんどが石灰岩で出来ています。
恐らくこの島からもだいぶ運ばれたと言い伝えられています。
平日午前中に入場すれば時間も玉も無制限で1050円の利用料。
  


Posted by マー君 at 15:45Comments(0)紹介 まち歩き
熊本は日本赤十字社発祥の地です。
東京の飯田橋にもそのような歴史の話がありますが熊本の歴史を熊本洋学校の館長から 1877(明治10)年、 熊本洋学校に博愛社が設立された (博愛社は 1887(明治20)年に「日本赤十字社」と改称された。)と言う様な話を聞いてからは熊本が日本赤十字社の発祥の地だと思っています。

水前寺公園(水前寺成趣園)の東隣。夏目漱石記念館と並んで「ジェーンズ邸」 (=洋学校教師館)と呼ばれる 美しい建物がある。 ここは 西南戦争時に 日赤創設者・佐野常民が 有栖川宮熾仁親王に ”敵味方の別なく 戦傷者を手当する救護団体を設立する”ことを訴えて 許可を得, 「博愛社」を設立した場所である。
ジェーンズ邸には「赤十字発祥の地」というような記念碑はない。わずかに 説明用に 小さな展示(「日本赤十字発祥の部屋」)があるだけだが, 日本赤十字が設立されるのに重要な役割を果したこの建物を無視することは出来ないので, あえて ここを発祥の地コレクションに加えた。
■1871(明治4)に「洋学校教師館」として建築。L.L.ジェーンズの家族4人の住居として使用 (明治9年まで)
■1877(明治10) 西南戦争に際し, 征討大総督 有栖川宮熾仁親王の宿舎・本営となる。 佐野常民らが『敵・味方の別なく戦傷者を救護したい』との願いを提出, 有栖川宮から この館で『直許』が下り 博愛社が創設される。日赤発祥のセレモニーの場所となった。 (博愛社は, 10年後に日本赤十字社となる)
■1887(明治20)年から, 熊本県の物産館, 県立高等女子学校創立時の校舎, 日露戦争時のロシア軍将校の捕虜宿舎などに使用。
■1932(昭和7)年, 日本赤十字社に譲渡され, 現在の水道町へ移築。日赤記念館, 日赤熊本支部事務局, 血液センターなどとして36年間使用。
■1968(昭和43)年 熊本市へ譲渡。1970(昭和45)年 現在地へ移築され, 県有形文化財「ジェーンズ邸」として 保存・公開される。
残念なことに熊本洋学校は2年前の熊本地震で壊れてしまって現在はありません。

スイス国旗



正視に堪えない惨状だった。1859年、北イタリアのソルフェリーノ。イタリア統一を巡り、サルデーニャ・フランス連合軍とオーストリア軍が激戦を繰り広げた►戦場には多数の死傷者が放置された。それを目撃した一人の実業家は強い衝撃を受けた。地元の人たちを説いて救護隊を組織し、負傷者を手当てした►「なぜ敵兵も助けるのか」。問われて彼は言った。「傷ついた者に敵も味方もない。人間は皆、兄弟です」。彼の名はアンリ・デュナン►この体験から、国際的な救護活動の必要を痛感したデュナンの提唱によって、64年に16ヶ国がジュネーブ条約を締結。敵味方の区別なく救助、保護する国際組織が生まれた。国際赤十字である。赤十字マークはデュナンの祖国、スイス国旗の配色を逆にしたものだ。昨日はデュナン生誕190年だった►その志を継いだ人が日本にも。佐賀出身の佐野常民だ。西南戦争で多くの人が死傷している現状を知り赤十字のような救護団体の設立を明治政府に願い出たが、却下された。窮した佐野は征討総督の有栖川宮熾仁親王に直訴。「逆徒」の薩摩兵も助けたいという思いに感銘を受けた親王は許可を与え、日本赤十字社の前身となる博愛社の活動が始まった►デュナンを奮い立たせたのはナイチンゲールの看護活動だった。愚かな戦争はなくならないが、「皆、兄弟」の博愛精神も確かに受け継がれている。
西日本新聞 【春秋】 2018・05・09

●佐野常民(さのつねたみ・1822-1902)
文政5年(1822年)佐賀藩士として佐賀郡早津江(現在の川副町)に生まれ、天保3年(1832年)藩医佐野常徴(孺仙)の養子となり、藩主から「栄壽」の名を賜った。藩校弘道館に学び、その後江戸の古賀侗庵、京都の広瀬元恭、大阪の緒方洪庵、江戸の伊東玄朴等の塾で漢学、医学、蘭学、物理学、化学、外科術、冶金術等を修め、長崎海軍伝習所で航海術、造艦術、砲術などを学んだ。
政治家・赤十字事業の創始者。名は栄寿、のち栄寿左衛門。日本人による最初の蒸気車・蒸気船の模型を作り走らせた。枢密顧問官・第一次松方内閣の農商務相を歴任。日本赤十字社の初代社長。龍池会(のち日本美術協会)を結成して美術工芸の発展にも貢献した。明治35年(1902)歿、80才。

  


Posted by マー君 at 11:25Comments(0)歴史
確かに司法の場でも「ありません」「実はありました」という裁判での隠蔽問題はあった様に思います。
自分たちに都合が悪ければ隠す。
罪なき人を罪人に貶める。
あってはならないことが現実にはあるんですね。
自白という罪かぶせ。
過去にも冤罪事件は数多くあります。
また現在係争中のものもあります。
一番の原因は何なんでしょうか。
そんなことを考えさせられる新聞のコラムです。




「ありません」「実はありました」。防衛省の日報隠蔽問題だけではない。司法の場、再審請求事件の証拠開示を巡っても、そんな攻防は幾度となく繰り返されてきた。
3月に福岡高裁宮崎支部が再審開始を認めた「大崎事件」。3次にわたる再審請求で、弁護側は検察側に対し徹底して証拠開示を請求。そのたび「存在しない」ものが出てきた。あきれたのは、現場再現写真などが撮影されたネガフィルムを巡るやりとり。「劣化して印画できない」ものが、ほぼ全こまの印画が可能だったり、連番で46本あるはずが「21番」だけ抜けていたり。検察の言い分は「ケースは使い回しだから欠番があっても不自然ではない」。その21番も後に開示された。
役所のご都合主義による公文書隠蔽が許されないのと同様、捜査機関の恣意的な「証拠隠し」もあってはならない。冤罪という国家の過ちを正す意味でも、差し迫った問題だと思う。
西日本新聞 2018・05・08 「デスク日記」 (坂口由美)

●大崎事件
鹿児島県大崎町で1979年10月、農業の男性(当時42)の遺体が自宅横の牛小屋で見つかり、義姉の原口アヤ子さんと、原口さんの当時の夫ら親族3人が殺人や死体遺棄容疑で逮捕された。原口さんは捜査段階から一貫して無罪を主張。鹿児島地裁は1980年、親族3人の自白などを踏まえて懲役10年を言い渡し、81年に確定した。
 原口さんは1990年に出所し、95年に再審請求。地裁が再審開始を認めたが、福岡高裁宮崎支部が取り消し、最高裁が棄却した。2度目の再審請求は地裁、高裁宮崎支部、最高裁がいずれも認めなかった。元夫の遺族も2次請求から加わり、3度目の再審請求で地裁は2017年6月に再審開始を認め、検察側が即時抗告した。

  


Posted by マー君 at 15:00Comments(0)出来事

今日は何の日には、5月7日はコナモンの日・粉の日、博士の日、世界エイズ孤児デー、ココナッツの日、生パスタの日がでてきます。
この中の「博士の日」とは読みは、意味は・・?
普段何気なく前後の文章の解釈で「ハカセ」とも「ハクシ」とも読んでいますがこの文字は読み方により意味の違いはあるのでしょうか?

●ハカセの意味
1 学問やその道の知識にくわしい人。「お天気博士」「物知り博士」
2 学位の「博士 (はくし) 」の俗称。「博士号」「文学博士」
3 律令制の官名。大学寮に明経 (みょうぎょう) ・紀伝(のちに文章 (もんじょう) )・明法 (みょうぼう) ・算・音・書、陰陽 (おんよう) 寮に陰陽・暦・天文・漏刻、典薬寮に医・呪禁 (じゅごん) などの各博士が置かれ、それぞれ専門の学業を教授した。
4 (「墨譜」とも書く)声明 (しょうみょう) の経文の傍らに記して、音の高低・長短を示す記号。上がり下がりなど音の動きを線で視覚的に表した目安 (めやす) 博士と、音階(宮・商・角・徴 (ち) ・羽)を文字または記号で表した五音 (ごいん) 博士とに大別される。節博士 (ふしはかせ) 。
類語
博士(はくし)
関連語
ドクター

●ハクシの意味
1 学位の一。大学院の博士課程を修了し、博士論文の審査および試験に合格した者に授与されるもの(課程博士)と、博士論文の審査に合格して博士課程修了と同等以上の学力があると認められた者に授与されるもの(論文博士)がある。ドクター。
2 ⇒はかせ(博士)
類語
博士(はかせ)
関連語
ドクター


NHKの放送現場での使い分けは・・

「博士」について、世間一般には[ハカセ]という慣用の読みが行われています。しかし、「文学博士」「法学博士」「医学博士」といった学位についての正式な呼称は[ハクシ]で、放送でも学位号については[ハクシ][~ハクシ]と読んでいます。
ただし、「お天気博士」「物知り博士」というような場合や律令時代の「文章<もんじょう>博士」などの場合には[~ハカセ]と読み、表記もそのまま「~博士」を使っています。

一般的には「ハカセ」と読み学位に関するものには「ハクシ」を使っているようですね。
漢字一つでの読みや使い分け日本語の奥深さですかね。  


Posted by マー君 at 13:16Comments(0)頭の整理
長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連
今年の5月の連休も今日で終わり。
この連休中に潜伏キリシタンがユネスコによって世界遺産登録勧告のニュースが飛び込んできました。
正式には「長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産」。
江戸幕府による禁教下でひそかにキリスト教への信仰が守られてきた歴史です。
私たちの年齢では「隠れキリシタン」の歴史としての大浦天主堂や原爆爆心地の平和公園の見学のために長崎に修学旅行へ行った遠い昔の思い出があります。
何時から潜伏キリシタンの呼び名になったんだろう?
潜伏キリシタンの名は今回が初めてのようにも思う。
それだけ無関心だったのかな。
今回の世界遺産登録はほとんどが長崎県内11遺産と、残り1個所が熊本県内の1遺産で計12個所。
対象は集落や教会です。

◎長崎と天草地方の潜伏キリシタン関連遺産
●原城跡(長崎県南島原市) 幕府の鎖国確立につながったキリシタンによる「島原・天草一揆」の主戦場
●平戸の聖地と集落(春日集落と安満岳) 山岳信仰の場とされてきた安満岳を崇敬の対象とした集落
●平戸の聖地と集落(中江ノ島) キリシタンが処刑された中江ノ島を殉教地として崇敬した
●天草の崎津集落(熊本県天草市) アワビ貝など身近なものを信心具として代用し、漁村特有の信仰を形成した集落
●外海の出津集落(長崎市) 聖画像をひそかに拝み、教理書や教会暦などを伝承して信仰を続けた集落
●外海の大野集落(長崎市) 仏教や神道の信者を装い、信仰対象を神社にまつって祈りの場とした集落
●黒島の集落(長崎県佐世保市) 仏教寺院でひそかに「マリア観音」に祈りをささげて信仰を守った集落
●野崎島の集落跡(長崎県小値賀町) 神道の聖地であった島に移住し、険しい斜面地を開拓して信仰をつないだ集落
●頭ヶ島の集落(長崎県新上五島町) 病人の療養地であった島に移住し、閉ざされた環境下で信仰を続けた集落
●久賀島の集落(長崎県五島市) 五島藩の政策で未開拓地に移住し、仏教徒の島民と互助関係を築いた集落
●奈留島の江上集落「江上天主堂とその周辺」(長崎県五島市) 人里離れた海に近い谷間に移住し、農漁業を営んで組織的に進行を貫いた集落
●大浦天主堂(長崎市) 2世紀ぶりに潜伏キリシタンと宣教師が出会う「信徒発見」の舞台となった協会


  


Posted by マー君 at 11:49Comments(0)出来事

2018年05月05日

こどもの日、立夏

5月5日(土)はカレンダーには「こどもの日」、「立夏」とあります。

●「こどもの日」は、1948年(昭和23年)7月20日に公布・即日施行された「国民の祝日に関する法律」(祝日法)によって国民の祝日として制定されました。

●「立夏」は、二十四節気のひとつ。現在広まっている定気法では太陽黄経が45度のときで5月5日頃。
「穀雨」と「小満」の中間にあたる。期間としての意味もあり、この日から、次の節気の「小満」前日までである。
春が極まり野山に夏の気配が立つ頃で「立夏」。『暦便覧』には「夏の立つがゆへ也」と記されている。「春分」と「夏至」の中間にあたり、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から「立秋」の前日までが「夏」となる。「八十八夜」も過ぎて、新緑の美しい時期である。

今日は、「こどもの日」「立夏」の他にも、端午の節句 、児童憲章制定記念日 、おもちゃの日 、子どもに本を贈る日 、薬の日 、わかめの日 、自転車の日 、手話の日(手話記念日) 、レゴの日 、国際助産師の日 、フットサルの日 、ジャグラーの日 、みたらしだんごの日 、長城清心丸の日・・などの記念日や行事が行われる日です。


  


Posted by マー君 at 11:04Comments(0)

2018年05月04日

みどりの日



今日の散歩コースはここ‼
少し冷えますが、天気は上々。
永碇町から沖町までのこの農道は真っすぐで気持ちがいい。
田植えが終わると空は青、地上は緑に覆われます。

【みどりの日】
国民の祝日の一。5月4日。もとは4月29日。自然に親しむとともにその恩恵に感謝し、豊かな心をはぐくむ日。平成元年(1989)に制定。   


Posted by マー君 at 10:01Comments(0)

2018年05月03日

是か非か


今日は憲法記念日。
今日の新聞は憲法についての記事が多い。
テレビの番組との違いを久々に感じる。
報道というものの新聞とテレビの扱い方の違いが改めて認識させられる。
今日のテレビの番組では「憲法記念日」にちなむものはほとんどない。
娯楽性から抜け出せないテレビと真面目に「憲法記念日」の紙面を増やして何かを主張する新聞を比べると、スポーツ紙と日刊紙ほどの違いがありそう。
人にはそれぞれの考え方があります。
憲法改正の話についてその本丸とされる9条改正の問題では世論調査では改正は必要ない46%、必要44%とここ2年間は賛否が拮抗状態です。
新聞に現行の憲法9条と自民党改憲条文案というものがありましたので抜き出してみました。
●現行憲法
9条 日本国民は、正義と秩序を基調とする国際平和を誠実に希求し、国権の発動たる戦争と、武力による威嚇又は武力の行使は、国際紛争を解決する手段としては、永久にこれを放棄する。
2 前項の目的を達するため、陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。
----------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------------
●自民党改憲条文案 (細田博之本部長が想定する案)
9条の2(新設) 前条の規定は、我が国の平和と独立を守り、国及び国民の安全を保つために必要な自衛の措置をとることを妨げず、そのための実力組織として、法律の定めるところにより、内閣の首長たる内閣総理大臣を最高の指揮監督者とする自衛隊を保持する。
② 自衛隊の行動は、法律の定めるところにより、国会の承認その他の統制に服する。


※憲法記念日の5月3日は、それまでの大日本帝国憲法が廃止され、日本国憲法が施行された日(1947年5月3日)。
日本国憲法では、国民主権・基本的人権の尊重・平和主義の3つを基本原理として掲げています。
●国民主権とは、それまでの天皇主権ではなく、国民一人一人に、国政のあり方を決定する権利があることを指しています。
●基本的人権の尊重とは、人種や性、身分によって差別されることなく、人間らしく生きることができる権利で、その権利は国や政府などによって侵されることがありません。
そして、
●平和主義では、戦争の放棄、戦力の不保持、交戦権の否認を定めています。
このような権利は、今を生きる私達にとっては当然のことのように思えますが、それ以前の大日本帝国憲法では保障されていませんでした。

この憲法変える必要はありますか?  


Posted by マー君 at 15:24Comments(0)つぶやき
昨日の田植え

今日は暦には「八十八夜」とあります。
5月2日頃(2018年は5月2日)。立春から数えて八十八日目。
最近、気候の変化などで少し季節そのものが早く移り変わりをしている様ですが昔は八十八夜は種まきの大事な目安となっていました。
また、この日は五穀豊穣を願う特別重要な日とされてきました。
「八十八夜」は雑節の一つ。
●雑節とは、二十四節気・五節句以外の季節の節目となる日のこと。

茶摘み
夏も近づく八十八夜
野にも山にも若葉が茂る
「あれに見えるは茶摘みじゃないか
あかねだすきに菅の笠」

日和つづきの今日このごろを
心のどかに摘みつつ歌ふ
「摘めよ摘め摘め摘まねばならぬ
摘まにゃ日本の茶にならぬ」



昨日に引き続きまた一つ孔雀サボテンの花が増えました
  


Posted by マー君 at 09:21Comments(0)

2018年05月01日

五月(皐月・さつき)

田植えが行われました
●皐月
早苗を植える時期「早苗月(さなえづき)」を略したもの。
耕作を意味する古語の「サ」が元になっているという説もあります。

※「皐月」の”皐”には「神に捧げる稲」という意味があります。

季節:初夏(しょか) ※立夏から芒種の前日まで。

今朝手の平大の孔雀サボテンが咲きました

蜜柑の花も咲いています

  


Posted by マー君 at 12:55Comments(0)季節