3/25(日)に毎年恒例の装飾古墳一斉公開に行ってきました。
公開は3月17日(土)、24日(土)、25日(日)の3日間ありましたが25日しか予定が取れなくてこの日にしました。
玉名にある大坊古墳と永安寺東古墳を見学しました。
急に暖かくなったせいか古墳入り口のガラス面に水滴がついて今回はきれいに見えませんでした。
装飾古墳は熊本県の各地に点在しています。
福岡県にも装飾古墳はあります。
いったい、どの地域からこの文化が始まり広まっていったのか。
そんな疑問に対する答えを何とか見つけようと装飾古墳の一斉公開には参加をしていますがなかなかいい答えにはたどり着けません。
ここには去年も来ているのでそんなに落胆はしませんでしたが、今回、古墳見学の受付で『玉名市歴史ガイドブック』を購入したところ、玉名地域がどの様に出来たのか・・こんなことも勉強出来ましたので紹介します。

永安寺東古墳


大坊古墳
大地の創造
熊本県北部に位置する玉名市は、菊池川が市域の中央部を蛇行しながら流れ、北西側が小代山麓、南東側が金峰山麓の給料が広がっています。玉名地方でも最も古い地層は、玉名市東部の木葉山を形成する木葉変成岩類で、古生代に生成されました。次に古いのが小岱山を中心とする玉名花崗岩類で、中生代に生成されました。恐竜などがいた時代であり、これらを土台として金峰山や三の岳の火砕流、阿蘇の火砕流などが大地を覆い、それを河川が浸食して現在の地形に形成されました。河川の働きは下流側に土砂を堆積させ、またそれを侵食して新たな地形が形成されて行きました。
木葉山麓は石灰岩の産地、小岱山麓は山砂採取地として現代までのさまざまな産業に利用されています。9万年前までに堆積した阿蘇溶結凝灰岩は「灰石」と呼ばれ、加工しやすく古墳時代の石棺から現代の墓石、石垣などの建築材に各時代を通じて利用されています。灰石が露出した崖では石切り場になったり、古墳時代の横穴墓が築造され現在も残っています。
玉名地方の主要河川流域は、1級河川の菊池川であり、繁根木川や木葉川、境川などの支流が流れ込んでいます。前述した阿蘇の火砕流などの影響で浸食と堆積を繰り返しつつ2万年前までに概ね現在のような地形が形成されたと考えられています。玉名市岱明町内のJR鹿児島本線は、ちょうどかっての古い川の流路に沿って敷設(ふせつ)されています。
公開は3月17日(土)、24日(土)、25日(日)の3日間ありましたが25日しか予定が取れなくてこの日にしました。
玉名にある大坊古墳と永安寺東古墳を見学しました。
急に暖かくなったせいか古墳入り口のガラス面に水滴がついて今回はきれいに見えませんでした。
装飾古墳は熊本県の各地に点在しています。
福岡県にも装飾古墳はあります。
いったい、どの地域からこの文化が始まり広まっていったのか。
そんな疑問に対する答えを何とか見つけようと装飾古墳の一斉公開には参加をしていますがなかなかいい答えにはたどり着けません。
ここには去年も来ているのでそんなに落胆はしませんでしたが、今回、古墳見学の受付で『玉名市歴史ガイドブック』を購入したところ、玉名地域がどの様に出来たのか・・こんなことも勉強出来ましたので紹介します。
大地の創造
熊本県北部に位置する玉名市は、菊池川が市域の中央部を蛇行しながら流れ、北西側が小代山麓、南東側が金峰山麓の給料が広がっています。玉名地方でも最も古い地層は、玉名市東部の木葉山を形成する木葉変成岩類で、古生代に生成されました。次に古いのが小岱山を中心とする玉名花崗岩類で、中生代に生成されました。恐竜などがいた時代であり、これらを土台として金峰山や三の岳の火砕流、阿蘇の火砕流などが大地を覆い、それを河川が浸食して現在の地形に形成されました。河川の働きは下流側に土砂を堆積させ、またそれを侵食して新たな地形が形成されて行きました。
木葉山麓は石灰岩の産地、小岱山麓は山砂採取地として現代までのさまざまな産業に利用されています。9万年前までに堆積した阿蘇溶結凝灰岩は「灰石」と呼ばれ、加工しやすく古墳時代の石棺から現代の墓石、石垣などの建築材に各時代を通じて利用されています。灰石が露出した崖では石切り場になったり、古墳時代の横穴墓が築造され現在も残っています。
玉名地方の主要河川流域は、1級河川の菊池川であり、繁根木川や木葉川、境川などの支流が流れ込んでいます。前述した阿蘇の火砕流などの影響で浸食と堆積を繰り返しつつ2万年前までに概ね現在のような地形が形成されたと考えられています。玉名市岱明町内のJR鹿児島本線は、ちょうどかっての古い川の流路に沿って敷設(ふせつ)されています。