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Posted by おてもやん at
新聞から学ぶことは多い。時にはまた自分ではなかなか解決しない頭の中のモヤモヤをスッキリさせてくれることもあります。
今日のこの記事は私の頭の中で縄文時代というものがよく理解できず、現地に行けば何かわかるのではないかと昨年、青森の三内丸山遺跡までそのモヤモヤしたものを解きほぐしに行きましたが、上手くまとまりが付きませんでした。そんな何でもない様な問題にいいヒントを与えてくれたのが今日のこの記事の内容です。
西日本新聞の文化面に九州大学院比較社会文化研究院教授の古谷嘉章さんが3月6日から「縄文ルネサンス」というコーナーに記事を書かれています。
・・・ごく普通の日本人は大陸から稲作がもたらされて弥生時代が始まる前に人々は狩猟採集で暮らしていて、縄目の文様を施した土器を作っていたことくらいは授業で教わったとしても、縄文人のイメージと言えば毛皮をまとって、石斧や弓矢を手に野獣を追いかけている「原始人」といったものではないか。しかしそんなイメージが実像とかけ離れていることが、1992年から発掘が続いている青森市の三内丸山遺跡など各地の発掘調査によって明らかになってきた。一口に縄文時代と言っても、弥生時代が始まる紀元前数百年まで約1万年間続いたので、一括して何かを言うのが難しいのだが、所によってはかなりの規模の集落が長期にわたって存続していたこと。水稲耕作はしなくとも、クリ林など自然資源を管理して利用する安定した生活を営んでいたこと。独創的デザインの高品質の土器を製作する技術を持っていて、しかもその土器は世界でも最古の部類に属すものであること。精巧な耳飾りや漆塗りの櫛などの洗練された品々。意味や用途はまだ謎に包まれた2万点を超える土偶。沢山の石を周到に配列してストーンサークルを築いて、そこで天体の連行に合わせた儀式などをしていた人々。つまるところ縄文人は、「原始人」というイメージとは程遠い人々であることが分かってきているのである。・・・
・・・「縄文ルネサンス」とは、知らなかった縄文文化(のモノ)に、気付かなかった価値を見いだし、現代社会で生きる私たちの生活に活かす、多種多様な現象の総称である。これから何回かに分けて、その様々な面に光を当てていきたい。

昨年青森に行った時の写真の一部です。
















  


Posted by マー君 at 09:53Comments(0)記事