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Posted by おてもやん at
青森には先月22日~26日まで行ってきました。青森空港でレンタカーを借りて行動することにしました。初日と4日目は青森で宿泊先をとり中2日の宿泊先は秋田県鹿角市に旅館をとりました。鹿角市には特別史跡の大湯環状列石があります。遺跡に行きますとたまたま今年は猪が頻繁に出没する為遺跡の内部には入場禁止で入ることができませんでした。遺跡の入り口に大湯ストーンサークル館があり猪が入る心配もないのでここは空いていましたので立ち寄ってみました。
写真も遺跡の中には入れないのでサークル館に展示されている土器類とサークル館の周りだけは写真に収めることができました。



日時計状組石
復元された竪穴式住居
大湯環状列石案内図
鹿角市教育委員会提供 航空写真 
大湯環状列石は、野中堂、万座に所在する2つの環状列石を主体とする大規模な縄文時代後期(約4000年前)野遺跡です。環状列石の周辺についてはこれまでの調査により、建物跡、貯蔵穴などが規則的に分布する事がわかっています。史跡内からはさまざまなまつりや祈りに関わる遺構と遺物が発見されており、縄文時代の精神文化や社会構造を総合的に理解できる史跡として、重要視されています。
縄文人は自然のものを上手に活用して色々な道具を作りました。大湯環状列石から出土した土器などを展示してあります。



【大湯環状列石】
秋田県北東部、鹿角市の米代川上流に位置し、その支流である大湯川左岸、標高180m程の台地上に構築された、縄文時代後期前葉から中葉(紀元前2,000年~紀元前1,500年頃)の環状列石を中心とした遺跡です。
環状列石の形態は、定住とともに発達した集落形態である環状集落を背景としたものと考えられます。遺跡の中心として万座(まんざ)と野中堂(のなかどう)の二つの環状列石があり、それぞれの環状列石を取り囲むように、掘立柱建物跡、土坑・貯蔵穴、遺物廃棄域が同心円状に配置されています。これらの遺構とともに、日常使用する土器や石器、土偶や土版、鐸形土製品、石棒、石刀等といった土製品や石製品が出土しています。
記念物としての性格を顕著に表すものとして、土偶・動物形土製品、石棒等といった道具(マツリと祈りの道具)が環状列石周辺から多く出土しており、定住化に伴って発展した当時の社会構造や精神面の成熟を示す物証となっています。
二つの環状列石の各々の中心と日時計状組石は一直線に並び、夏至の日没方向を指しており、四季を区分する「二至二分」や太陽の運行を意識していたことをうかがい知ることができます。構築場所を選定し、天体(太陽の運行)を意識し、豊かな労働力と精神性によって構築された縄文時代の代表的な環状列石であり、当時の精神文化を知る上で重要なものです。 (鹿角市教育委員会)
 
●大湯ストーンサークル館の手引きより
平均30kg、最大200kgもの石をこの地に運び、さまざまな形に造られた縄文からの「メッセージ』その石の数は代表的な二つの環状列石だけでも約7200個にのぼります。4000年余りの時空を超えても私たちに人としての本質を語りかけています。環状列石の傍らに立ち、耳を澄ませ、その語りかけを聞いてみませんか!
緑色の聖なる石
何の目的のため、環状列石は作られたのか謎に迫ります。
使われている医師は、遺跡から約6㎞離れた安久谷川から運んでいます。しかも青緑の石にこだわって!環状列石とは、十数個の川原石を円形や楕円形に並べた「組石(配石)遺構」が二重のサークルに並べられたものです。


環状列石と呼ばれるものは各地にもあり日本では縄文時代後期のものが北海道から東北地方北部にかけて見つかっており、大湯環状列石(秋田県鹿角市)、伊勢堂岱遺跡(秋田県北秋田市)、大森勝山遺跡(青森県弘前市)、鷲ノ木遺跡(北海道森町)、小牧野遺跡(青森県青森市)などが有名です。
環状列石には墓地説祭祀場説があります、大湯環状列石からは詩組の下から土坑墓と思われる穴が見つかってるが小牧野遺跡にはそれがなく、土偶などの土製品や三角形石製品といった祭祀に関係する遺物が出土しています。
公式テキストBOOK The縄文より
  


Posted by マー君 at 10:42Comments(0)歴史