
麦島勝さんが撮られた写真について、答えのようなものが今日の朝日新聞のコラム【折々のことば】にありました。
写真を撮るということは・・・・〝あなたのことが知りたい〟と、心の扉を叩くことなんです 渋谷敦志
東北の震災の後、報道写真家の安田菜津紀は、撮っていいのか撮らないといけないのか、答えが出ぬまま被災地に立つ。が、希望の徽(しるし)になればと撮ったあの奇跡の一本松の写真は、土地の人には波のすさまじさを思い出させる脅威の像でしかなかった。何も見ていなかったと打ちのめされる中で先輩の言葉を噛みしめた。安田・渋谷・佐藤慧(けい)の「ファインダー越しの3・11」から
写真を撮ることは写真を見る人の心まで読み取らないと、なかなかシャッターは押せないということ。麦島勝さんはそこまで考えてシャッターを押していたのだと思います。
【麦島勝氏プロフィール】
麦島勝氏は、昭和2年(1927)八代市生まれ。熊本県立熊本工業学校機械科を卒業後、八幡製鉄所に入社。昭和20年(1945)復員後は興国人絹で設計係として活躍するかたわら、プライベートでは趣味の写真撮影に明け暮れました。現在は、全日本写真連盟熊本県本部副委員長、熊日フォトサークル運営委員、フォトざぼん会長をつとめ、地域を代表する写真家として活躍中です。現在89歳。
