

茹でガエルのように気が付いた時には日本という国は別の国になっているかもしれません?
戦後初の国債発行が決まったのは、東京オリンピック後の不況に襲われた1965年だった。財政出動で景気を回復させる狙いだったが、野党は反発した。戦時中に軍事費を賄うため国債を乱発し終戦直後の経済が大混乱した苦い記憶が残っていた▲注目したいのは、発行を決めた福田赳夫蔵相が国債を「劇薬」と呼んだことだ。「景気の調整に必要」と述べつつも「極めて安易な財源調達手段」で「使い方にはよほど気をつけなければならぬ」と強調した。借金頼みの危うさは与野党が認識していた▲そうした危機感が消えて久しい。国と地方の借金は1200兆円に上るのに、今回の衆院選で各党は財源を置き去りにして大盤振る舞いを競った▲岸田文雄首相は数十兆円という経済対策の策定を本格化させる。コロナ禍に苦しむ人への支援は急務だ。だが昨年来の大型予算は、公共事業や観光支援策「GoToトラベル」など不要不急としか思えないものが目立った。検証もなく繰り返せば巨額のつけを将来に残す▲100年前のきょう暗殺された原敬は初の本格的な政党内閣を率いたが、多額の借金で地方の鉄道建設を推進した。与党への利益誘導が党利党略の政争を招き、後の政党政治に「負の遺産」として引き継がれて軍部の台頭を許した(御厨(みくりや)貴著「挫折した政党政治」)▲今の負の遺産といえば、社会保障費がかさむ超高齢社会を迎えても、野放図に借金を重ねて負担を先送りする政治だろう。劇薬が体に回ってしまえば手遅れだ。
毎日新聞 2021/11/4・余禄