1月20日の国史跡八代城跡石垣修復見学会に参加して、まず気付いた事はこの見学会が熊本地震の影響で八代城の石垣が崩れて修復が始まったのですが、その途中途中で見学会が行われており、今日は完成前の見学会になり、見学会としては第4回目になるそうです。
八代市教育委員会が「歩き、観、触れる! 熊本地震からの復興!!」と名付けた見学会です。
市報などはくまなく見る方ですが石垣修復見学会があったことは知りませんでした。
見学会の詳細については今回頂いた資料をもとに少しづつまとめて行きたいと思います。
八代市には、縄文時代から近世にかけて、300個所を越える史跡が存在します。そのうち、1件が国指定史跡に、7件が熊本県指定史跡に、55 件が八代市指定史跡となっています。
八代市では、昭和53年度(1978)から毎年市内の史跡を中心として、史跡めぐりを開催しています。城跡を対象とした史跡めぐりは、平成21年(2009)の『歩き、観、触れる 古麓城』、よく22年の『『歩き、観、触れる! 発見!麦島城』、同23年の『『歩き、観、触れる!再発見!八代城跡』に続く開催となります。
八代市内には、中世に造られた古麓城、安土・桃山時代につくられた麦島城、江戸時代につくられた松江城(現在の八代城)の3つの城跡があります。そのため、全国でもめずらしく、一つの地域で中世城郭→織豊系城郭(近世城郭の原型)→近世城郭への歴史をたどることができます。
この古麓城跡、麦島城跡、八代城跡及び平山瓦窯跡は、平成26年3月に国指定史跡『八代城跡群、古麓城跡、麦島城跡、八代城跡』となりました。(・・資料より)
この見学会を通して八代市街地成立の中心となった八代城を隅々みまでめぐり石垣の変遷や特徴、雄大さ、城内の優雅な庭園など見学して八代城の新しい魅力を引き出そうという試みのようです。
昨年(平成28年)4月14日(木)午後9時25分頃、熊本地震の前震が、16日午前1時25分頃、本震が発生しました。八代城跡は前震の際には目立った被害は無く、本震の際に廊下橋門跡石垣の北面の一部が崩壊しました。この時にはまだ石垣の隅角部は残されていましたが、4月19日に発生した震度5強の余震によって、残されていた石垣の隅角部から南北面の石垣の一部まで崩壊してしまいました。
崩壊した範囲は、高さ約3m、幅約6m、面積約20㎡の被災状況でした。
崩落した石の数は109個、修復のため撤去した石の数は45個、崩落の際に破損した石がきの数は8個有ったそうです。
石垣の保存修復のために次の⑪の作業を実施し、①~⑤は28年度に実施したそうです。
①堀の水を抜くための堤防設置作業
②被災状況の記録作成
③崩壊した石垣の石材の取り上げ作業
④石垣の崩壊した範囲の記録作成と調査、航空写真撮影(石材取り上げ後の作業)
⑤崩落した石材の元々の場所や向きの確認作業
⑥崩落した石材の保存処理作業(必要に応じて、新材への置き換え)
⑦崩壊した石材周辺の一時解体作業
⑧石垣の構造の調査
⑨石垣の積み直し
⑩堤防の撤去作業
⑪保存修復報告書の作成、刊行
・・⑨の作業については現在最終段階で行っている作業になります。崩壊したとき新材をに割れた石材の代わりに、新しい石材を用いて積み直した箇所があります。従来の築石の形状に合わせるため、現地で電動カッターを用いて新石の加工・調整を行っています。また、石垣の安定性を高めるため、築石と築石の間に間詰石をつめたり、築石の裏面に介石をいれています。これらの間詰め石、介石は築石の形状に合わせるため、現地で新材を電動カッターで加工して製作しています。
今回の見学では実際に自分の目で見ることの大切さを感じました。どこの石垣でもきれいに積み上げた姿しか見ないので、先人たちがどの様に考えて石垣が崩れないように積み上げたのか内部を見ないことにはその仕組みは分かるものではありません。
今回は崩落した石垣をどう手直ししていくかを順を追っての説明もありいい勉強になったと思っています。