
松江豊寿
日本での第九交響曲にまつわる話をここまで知っている人は少ないと思う、心が清められる素晴らしい話です。
日本人であることに誇りを感じます。
年の瀬を彩るベートーベンの交響曲第9番。合唱部分の「歓喜の歌」が有名だ。アジアで最初の演奏されてから、きょうで100年になる。場所は徳島県鳴門市にあった坂東俘虜収容所►第1次大戦中、中国で捕虜になったドイツ兵約千人が暮らしていた。「世界のどこにバンドーのような収容所があるでしょうか」。当時の捕虜の一人は過酷な労働を強いる収容所が珍しくなかった当時。坂東では、ドイツのパンやソーセージ、菓子などを作って売る商売や新聞の発行、スポーツ、音楽などの活動が認められた。住民との交流も活発に行われた►四国霊場1番札所のこの地には巡礼者をもてなす「お接待」の習慣が根付いていて、住民は捕虜を「ドイツさん」と呼んで親しんだという。坂東が「模範収容所」となったのは、よそ者に寛容な土地柄に加え、当時の所長、松江豊寿の力が大きかった►松江は会津藩の出身で、戊辰戦争後は「朝敵」の汚名を受けて苦しいい生活を送った。それだけに「敗者の気持ちが分かる人」と伝わる。軍部の「捕虜に甘い」との批判にも「彼らも祖国のために戦ったのだから」と人道的な収容所運営を貫いた►第9は、人々の手を取り合って苦しみを乗り越える喜びを歌う。松江の志と坂東の歴史とも響き合おう。鳴門市ではきょう、当時の演奏人数などを再現した記念演奏会が開かれる。
西日本新聞 【春秋】 2018・06・01
●松江 豊寿(まつえ とよひさ、1872年7月11日(明治5年6月6日) - 1956年(昭和31年)5月21日)は、日本の陸軍軍人、政治家。最終階級は陸軍少将。第9代若松市長。
第一次世界大戦中に板東俘虜収容所所長を務め、在任中にドイツ人俘虜を人道的に扱い地元の住民とドイツ人俘虜を交流させた。この時、ドイツ人俘虜によって日本で初めてベートーベンの交響曲第9番が演奏された。映画『バルトの楽園』の主人公としても知られる。