不思議と不可思議は同じ意味? 仏教用語?
不可思議という言葉は大きな数を数える単位につかわれていました。初めて知りました、それって本当。
数の単位は 一 十 百 千 万 億 兆 京 垓 (秭) 穣 溝 澗 正 載 極 恒河沙 阿僧祇 那由他 不可思議 無量大数 (計21単位)で数えますが私たちが普通知っているのは京まで。
後は見たこともないし読み方もわかりません。
使用する人たちはどんなことに使用されるのか私たちにはわからない世界です。
①不可思議の意味は常識では考えられないこと。考え及ばないこと。異様なこと。また、そのさま。
②人間の認識・理解の限界を超えていること。また、そのさま。仏の智慧・神通力などの形容に用いる。不思議。
③ 数の単位。10の64乗。一説に10の80乗。
不思議の語源由来を調べてみると
不思議は仏教用語「不可思議・ふかしぎ=思議すべからず」の略である「不可思議」は、仏や菩薩の神通力や行為のように、言葉に表すことも思いはかる事も出来ない境地を意味する。転じて人間の判断力では及ばないことを意味する様になり、さらに転じて、常識では理解できない事を表すようになった。数の「不可思議」も常識では理解できないことから来ているらしい。

日本語って難しい。「不」はしない、でない、いいえを意味する言葉 「可」はそれで良いとすること
何故不思議と不可思議が同じ意味なんだろう・・それにしても分からないことが多すぎる。