
熊本の災害史を古文書や絵画で振り返り、災害を意識して貰おうと熊本県立美術館が企画しました。
多くの人達が先人の声に耳を傾けることが今後の備えになるという思いが込められた展覧会のようです。
熊本県立美術館の企画展 ◇震災と復興のメモリー@熊本
今月21日までの開催。
【肥後国で起きた主な地震】
●天平16年(744年) 国史「続日本紀・しょくにほんぎ」 八代、天草、葦北で「雷雨地震」があった。「山崩二百八十余所、圧死人四十余人」文献上、肥後国で起きた最古の地震。
●貞観11年(869年) 国史「日本三代実録」 大地震
●元和5年(1619年) 地誌「肥後国志略」 大地震・麦島城崩壊 「城楼崩壊ス」
●寛永2年(1625年) 大地震・熊本城崩れる
●寛永10年(1633年) 熊本地震
熊本藩主細川忠利が江戸の家臣にあてた寛永10年5月11日付けの手紙「広い庭がない本丸には危なくていられない。地震屋がある庭を造る」
細川家初代熊本藩主の細川忠利(1586~1641)が1633(寛永10)年ごろに起きた大きな地震と余震を恐れ、熊本城(熊本市中央区)の本丸から、城の南側の邸宅「花畑屋敷」に生活や公務の拠点を移していたことが、熊本大の調査で分かった。
●寛政4年(1792年) 「島原大変肥後迷惑」 雲仙岳の噴火 崩れた眉山の土石があり焼け会になだれ込み、津波が起きて対岸の肥後を襲い、大勢が犠牲になった。小記録から、江戸幕府が細川家に復興資金3万両を貸与したことや、村人が年貢減免を嘆願した事がわかる。
●明治22年(1889年) 金峰山地震 熊本城の石垣崩落 寺の墓碑倒れる


細川忠利が家臣に送った手紙の写し。石垣や建物の倒壊に対する恐怖を書いている=熊本県立美術館提供