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Posted by おてもやん at
25日から国公立第2次試験の前期日程が始まります。福岡市では人気ライブが重なるなどで受験の宿が不足するなど、試験前から大変心配されていましたが企業や市民提供で宿は何とか確保できた模様。後は安心して明日からの受験に専念してほしい。昔とは違って問題も随分むつかしくなっています。今年は最年長の孫が受験するので特に関心があります。みんな頑張ってほしいと思います。がんばれ受験生パチパチ

食事代などの総額を参加者の人数で割って各自が支払う「割り勘」。日本ではよく見掛ける光景だが、世界ではそうでもないようだ►中国や韓国では、誘った側や目上の人がおごるのが慣例。「割り勘で」と言えば、かえって失礼になることも。英語では「ダッチカウント(オランダ人の勘定)」。この言葉は「けち」という意味でも使われる。英国人がかって敵だったオランダ人をけなしていったのが始まりと伝わる►一説では、割り勘の発案者は江戸時代の戯作者(げさくしゃ)、山東京伝とか。商売人でもあった京伝は金に細かく、友人との飲食でもその場で頭割り計算した。当時は一人がまとめて払うのが普通だったので、このやり方は「京伝勘定」と呼ばれたそうだ►京伝が現代に生きていたら、きっと重宝したろう。三井住友銀行はスマートホンで簡単に割り勘ができるアプリを開発した。同行ホームページから無料で入手できる►単純な頭割り計算だけでなく、参加者ごとに支払額の棒グラフを表示。指で伸び縮みさせるだけで、負担割合を変えられる。部長や課長が部下よりもたくさん払う割り勘も、あっという間に►月末の金曜日は早く退社しようという「プレミアムフライデー」がきょうから。ちょいっと一杯もたまには悪くない。職場の仲間と繰り出す人もいよう。同僚なら、見えを張らない「京伝勘定」が、うまい酒を続ける秘訣か。
西日本新聞 【春秋】 2017・2・24



山東京伝似顔(京都大学文学部蔵、細田英里画)

山東京伝(1761-1816)は、江戸時代を代表する戯作者です(「戯作」は、江戸時代後半に作られた小説類の総称)。本名岩瀬醒(いわせさむる)、俗称を京屋伝蔵といい、「江戸城紅葉"山"の"東"に住む"京"屋の"伝"蔵」ということから、「山東京伝」という筆名をつけたといわれています。
18歳で画家としてデビューし、20歳頃から黄表紙と呼ばれる絵入読み物を書きはじめます。『御存知商売物』(1782刊)、『江戸生艶気樺焼・えどうまれうわきのかばやき』(1785刊)といった黄表紙は大評判を得、京伝は一流作家といわれるようになりました。
さらに、遊郭内部の様子を描く洒落本を出し、これもベストセラーとなります。が、1791年、風俗を乱す本を取り締まる出版物取締令に触れてしまい、手錠をかけたまま50日間生活させる「手鎖の刑」に処せられます。
その処分の後、京伝は、江戸京橋の南(現在の銀座一丁目)に紙製煙草入れ店を開きました。彼がデザインした煙草入れは大流行し、江戸の有名ブランド店として大繁盛します。同時に、読本、合巻と呼ばれる多くの小説を執筆し、江戸戯作界の第一人者として活躍し続けました。
1816年9月7日、京伝は胸痛の発作を起こし、56歳でこの世を去りました。現在、両国回向院に、同じく戯作者であった実弟の山東京山とともに眠っています。
  


Posted by マー君 at 14:47Comments(0)記事