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Posted by おてもやん at

2017年02月13日

本蝶蕪


日曜日にめずらしく博物館で講演会がありましたので参加してきました。八代市立博物館では2/3~3/20 「笠鉾大解剖2-これぞ町印!本町本蝶蕪」という冬季展示会を開催しています。その特別公演として早瀬輝美学芸員がユネスコ無形文化遺産山・鉾・屋台行事の中の八代の笠鉾~笠鉾本蝶蕪を中心に~という題目で今回展示している八代妙見祭の笠鉾の一つ本蝶蕪についてスライドを利用して話をされました。
内容はユネスコ無形文化遺産についての話から、「山・鉾・屋台行事」とはなにか、各地で行われている〝まつり〟の起源についてなどを話され、本題の本蝶蕪の笠鉾の話をされました。妙見祭の笠鉾は、元は町名を記した飾りがついた「町印」の強いもので、1人持ちの傘状の出し物でしたが、それが次第に大型化し豪華になりました。「菊慈童」、「猩々・しょうじょう」、などのように笠鉾一基ごとに一つの物語の世界を表したりするようになりましたが、本町の笠鉾だけは城下の中心町であるという誇りを強く持ち、「町印」にこだわり続け、「町・ちょう」を「蝶・ちょう」にかけ、全体を蝶のモチーフで統一した笠鉾となって行きました。
〝まつり〟についてはその当時色々な疫病がはやりましたが、疫病は「疫神」の仕業と考えられていました。庶民にとっての御霊とは、この世に恨みを残した怨霊。天候や疫病はそのたたりと考えられていた。人々は疫病が流行るとたたりを鎮めて境域の外へと送り出すことで災(わざわ)いから逃れようとした。趣向を凝らした笠鉾等の造り物やパホォーマンスを伴う仮装の衆、それらを囃す集団の賑わいで疫神を境域の外へ鎮め送り、災厄を逃れようとした。

次第に疫神が寄り付くものであった笠鉾などの造り物が趣向を競って大型化し、新しい山鉾の祭りとなっていく。山鉾の形態がほぼ固定化したのは15世紀のこと。
【京都祇園祭】より
※基本形は
ホコやダシ+それを囃す出し物


◎今回の早瀬さんの話で少し理解しがたい個所がありましたので自分なりにいろいろ調べてみました。山・鉾・屋台行事の山・鉾・屋台についてです。分かっているようで区別して説明がなかなかできない部分。早瀬さんのレシピには下記のようにありました。

ホコ系 ①鉾車(長大な真柱が主体となるホコ)
     ②笠鉾(真柱に笠鉾がつくホコ)
ヤマ系 ①作り山(山形を本体とするヤマ)
     ②人形山(人形を主体とするヤマ)
     ③飾り山(社殿風屋台や各種造り物を主体とするヤマ)
     ④灯篭山(本体が灯篭作りのヤマ)
ヤタイ系①芸屋台(歌舞伎等の芸能が主体となるヤタイ)
     ②囃子屋台(聞かせるための囃子が主体となるヤタイ)
     ③太鼓屋台(鋲打ち大太鼓の太鼓芸が主体となるヤタイ)
◎なかなか理解しがたいので調べてみました。
鉾の例

ダシ=山車の例


●デジタル大辞泉の解説
やま‐ぼこ【山×鉾】
山車(だし)の一種。台の上に山の形の造り物をのせ、鉾や長刀(なぎなた)などを立てたもの。人が乗って音楽を奏したり、踊ったりすることもある。京都の祇園会(ぎおんえ)のものが有名。山。

●百科事典マイペディアの解説
祭礼のときに引き出すもの。古代の大嘗会(だいじょうえ)のときの標山(しめやま)を模したものという。今日では山車(だし)の上に家を造り,その屋根の上にさらに飾物をつけてこれを鉾という。

●大辞林 第三版の解説
やまぼこ【山鉾】
祭礼の山車だしの一。山形の台の上に鉾・なぎなたなどを立てる。特に京都の祇園会ぎおんえのものが有名。やまほこ。やま。 [季] 夏。


●日本大百科全書(ニッポニカ)の解説
山鉾
やまぼこ
神霊の依代(よりしろ)で、祭礼の神幸のときに引き出すもの。山は曳山(ひきやま)とか山車(だし)ともいわれるように、人形を飾って囃子(はやし)の人たちが乗り、曳子が綱で引く屋台のことであり、鉾は屋台の上に立てて飾るものをいう。神霊がこれにのりうつって村や町を巡幸し、氏子の生活を見守る趣旨のもので、神輿(みこし)の御幸(みゆき)と同様の意味をもつ。京都の祇園(ぎおん)祭の山鉾巡行や岐阜県の高山祭など著名で大掛りなものも多いが、村々では唐傘(からかさ)形のものに布をかぶせた素朴なものもみられる。夏祭りの風流(ふりゅう)として華麗に発展した。[井之口章次]
[参照項目] | 山車

●世界大百科事典内の山鉾の言及
【山車】より
…柳田国男のいう〈見せる祭り〉を構成する中心的な装置となっている。京都祇園祭(ぎおんまつり)の山鉾は,その代表的なものである。ほかに,だんじり,曳山(ひきやま),山笠(やまがさ),太鼓台(たいこだい)など,時代や地方によって名称や形態は多様である。

展示品の一部です









◎話が終わって質問の時間で、妙見祭と地域の教育についての質問がありました.
今迄でも八代地域の中で妙見祭と関係地域の小学校からは、妙見祭の話をしてほしいと声はかかっていましたが、ユネスコに登録されてから地域外の区域からも、話をしてほしいとの声がかかり、子供たちから質問状もいっぱい届いて、年代別に理解してもらえるよう回答を造ったりして講演に出かけているので、非常に忙しくなったと話されていました。、「妙見祭」の研究を通して、小学校への「出前講座」という形で子供たちの社会科教育にもずいぶん貢献し、妙見祭の将来の担い手を育てる役目をなさっておられるのだと感心しました。
また今回展示している物を展示室で学芸員の方が説明する企画が2/25(土)10時よりあるそうです。
現物を見て説明を受けられるのはめったにないので興味がある方は参加してください。ただし入館料は必要です。
  


Posted by マー君 at 15:34Comments(0)講座