2018年09月24日
上野原縄文の森
縄文時代について最近特に興味が増してきました。
1万5千年以上続いたこの時代、縄文の人たちは何を考えどのように生活をしていたのかそんな疑問の解決のため9/22(土)に鹿児島の上野原縄文の森まで行ってまいりました。上野原遺跡は,南に鹿児島湾や桜島,北に霧島連山を望む,鹿児島県霧島市東部の標高約250mの台地上にあります。約9,500年前には定住したムラがつくられ,また約7,500年前には儀式を行う場として,森の恵みを受け,縄文時代の早い段階から多彩な文化が開花し,個性豊かな縄文文化がきずかれました。約3,500年前にはおとし穴をつくり,狩り場となり,約2,500年前~約2,000年前,約1,600年前~800年前にかけては,再び台地上に人々が住みムラをきずきました。また,第2次世界大戦中には軍事施設もつくられ,戦後は畑として広く利用されていたことがわかりました。
鹿児島は,日本でも有数の火山地帯で,北から霧島・姶良カルデラ・桜島・阿多カルデラ・池田カルデラ・開聞岳・鬼界カルデラ・硫黄島などのたくさんの火山があります。これらの火山は縄文時代にも活発な火山活動を繰り返していました。遺跡の発掘調査では,発掘する遺跡がいつの時期に,どんな人々がどういった生活をしていたのかを調査します。その『いつの時期』にという謎を説き明かす鍵をにぎっているのが火山灰層なのです。この火山活動による噴出物は考古学における研究の中で大変重要な役割を持っています。 野外で観察される一枚一枚の火山灰層は一回の火山噴火によって降灰し堆積したもので,火山活動の貴重な記録です。ひとつの露頭において下位のものほど古く,上位に重なる層ほど新しい時代に堆積したものです。その重要性から,ときに火山灰層のことを『鍵層』と呼んだりもします。
この火山灰層(鍵層)は,短時間のうちに広い範囲に堆積するという特徴を持っているので,地層に時間を刻む時計の役割を持っています.これを利用して,遺跡の年代を知ることができます。たとえば上野原遺跡では,桜島の噴火(約9,500年前)による火山灰層(桜島P13)が遺跡を覆っていることから,遺跡の年代が約9,500年であることがわかりました。
「縄文」という名称は、エドワード・S・モース氏が1877年に大森貝塚から発掘した土器を Cord Marked Pottery と報告したことに由来します。この用語は矢田部良吉[1851~1899・植物学者・詩人 植物分類学の基礎を築いた]により「索紋土器」と訳されたが、後に白井光太郎[1863~1932・植物学者 日本の植物病理学の開拓者]が「縄紋土器」と改めました。日本列島のほぼ全域に分布するが,一時的に北は南千島,南は沖縄本島に達している。…


山内清男・やまうちすがお
(1902年1月2日~1970年8月29日) 東京生まれ、死因は糖尿病に伴う肺炎
国籍 日本 出身校 東京帝国大学理学部 職業 考古学者
日本の考古学研究においてもっとも功績のあった考古学者の一人。佐藤達夫は「縄文学の父」とよんだ(ただし、この表現は佐原真による翻案。佐藤は山内について、縄文に限定せず「この学問(日本先史考古学)の父」と評価している)。型式学的研究法および層位学的研究法を応用した土器の年代決定を本格的に用いて、縄文土器の全国的な編年網を初めて作り上げた。また、縄文土器の器面(表面)に施されることが多い「縄文」について、植物繊維を紐(縄)状に縒ったもの(縄文原体)を転がして付けていることを実験によって明らかにした。なお、山内自身は、自身の研究において「縄文」ではなく「縄紋」の文字を終生用いた。

山内清男
エドワード・シルヴェスター・モース(1838年6月18日~1925年12月20日) アメリカ合衆国 メイン州 ポートランド生まれ 死因・脳溢血
主な研究機関 ハーバード大学 ピーボディー科学アカデミー ボウディン大学 東京帝国大学
主な業績 大森貝塚を発掘 日本で初めて進化論を体系的に紹介
アメリカの動物学者。標本採集に来日し、請われて東京大学のお雇い教授を2年務め、大学の社会的・国際的姿勢の確立に尽力した。1877年(明治10年)6月17日に横浜に上陸したアメリカ人の動物学者・エドワード・S・モースが、6月19日に横浜から新橋へ向かう途中、大森駅を過ぎてから直ぐの崖に貝殻が積み重なっているのを列車の窓から発見し、政府の許可を得た上9月16日に発掘調査を行った。
大森貝塚を発掘し、日本の人類学、考古学の基礎をつくった。

日本列島で初めて土器が使われていたと考えられるのは、青森県大平山元(おおだいやまもと)遺跡の縄文土器で放射性炭素年代から推定すると、約1万6千年前と言われています。

上野原遺跡についての地層の説明、年代、噴出した火山・火口については鹿児島県上野原縄文の森ホームページの■上野原遺跡の地層断面模式図■ をご覧ください。TOP > しらべる/遺跡ネットワーク > 縄文アドベンチャー > 縄文の自然 火山灰から年代がわかるの順で出てきます。

http://www.jomon-no-mori.jp/top.htm
今回は1時30分から3時まで埋蔵文化センターの立神倫史氏が〝初めての考古学~縄文土器の文様の謎に迫る~〟という講座を開かれました。話の内容は縄文土器の文様がどの様に付けられたのか土器が見つかって50年ばかり不明であったが山内清男が縄を回転させて文様をつけていることを発見し復元に成功したことや縄文土器の全国的な編年網をつくりあげたことなど、エドワード・S・モースの大森貝塚発見の話を皮切りに縄文土器全般の話をされましたが上野原縄文の森で見つかった土器の文様には縄文文様がなく貝殻で突けた文様がほとんどだということでした。
Posted by マー君 at 12:15│Comments(0)
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