各地から紅葉の便りが届くなか、ふとサザンカが見たくなってきのう、東京都心の自然教育園を訪ねた。モミジやムクロジで赤黄に色づく園内を歩くと、あった。落ち葉の上で、ピンクの花びらが雨にぬれていた▼〈霜を掃き山茶花を掃く許(ばか)りかな〉は、高浜虚子が99年前の11月24日に詠んだ句だ。ツバキに似ているが花弁が薄く、一片ずつ散るサザンカには寂しげな印象がある。真っ赤や白のもいいが、寒さが増すこの時期のピンクに、ほっこりした気持ちになった▼国語学者の故・金田一春彦さんによると、漢字で「山茶花」と書くサザンカは本来「サンザカ」と発音すべきはずなのに、ひっくり返ったという。「昔、アラタシといっていたことばを、今ではアタラシというようになったのと同じ伝(でん)である」(『ことばの歳時記』)▼使われているうちに音がひっくり返る現象を音位転換と呼ぶ。「だらしがない」は「しだらがない」から。舌鼓はシタツヅミに加えてシタヅツミも認められ始めた。間違った発音も、定着すれば誤用でなくなることもあるわけか▼子どもの言い間違いはほほえましいが、大人に連発されていらついたのは芥川龍之介だ。一緒に中国を旅した友人が「フトロコ」「コシャマクレル」などとよく間違えるので、仏頂面で歩き続けたと紀行文で書いている▼サザンカにひかれるのは、ひっくり返った名のせいかもしれない。さざ波を連想させる細やかな響きがある。その花言葉は「ひたむきな愛」だという。
2022/11/24 朝日新聞天声人語

2022/11/24 朝日新聞天声人語
