2008年(平成20年)に日本地名愛好会が制定。
アイヌ語地名研究家・山田秀三の1992年の命日であり、地名研究家・谷川健一の1921年の誕生日であることから。地名の理解と関心を高めることが目的。
北海道には難しい地名が多くあるが、これはアイヌ語が由来となっているためである。江戸時代以降、北海道に和人(日本人)が入るようになり、アイヌの土地名に漢字をあてて地名としたことによる。一例は以下の通り。
札幌:サッ・ポロ・ペツ(乾いた大きな川)
小樽:オタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)
苫小牧:ト・マク・オマ・ナイ(沼の奥にある川)
稚内:ヤム・ワッカ・ナイ(冷たい飲み水の川)
釧路:クスリ(温泉水)


●山田 秀三(やまだ ひでぞう、1899年6月30日- 1992年7月28日)は、日本のアイヌ語地名研究家、官僚、実業家。
東京に生まれる。 一中、一高、東京帝国大学法学部を経て農商務省、商工省、軍需省化学局長等に勤務。
1941年:仙台鉱山監督局長。在任中に東北各地の地名に興味を持つ。
東北地方・北海道他、多数の地名を現地実証重視で研究した。北海道曹達株式会社の経営者でもあった。


●谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2013年8月24日[1]、満92歳没)は、日本の民俗学者、地名学者、作家、歌人。日本地名研究所所長。
熊本県水俣生まれ。熊本中学、浪速高等学校 (旧制)、東京帝国大学文学部卒業(専攻フランス文学)。東京大学入学後、結核を患い、各地の療養所を転々とす
在野の学者として日本文学や民俗学の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学の源流を沖縄・鹿児島などの謡にもとめた「南島文学発生論」などの業績をあげ、文化功労者に選出されるなど高く評価された。
アイヌ語地名研究家・山田秀三の1992年の命日であり、地名研究家・谷川健一の1921年の誕生日であることから。地名の理解と関心を高めることが目的。
北海道には難しい地名が多くあるが、これはアイヌ語が由来となっているためである。江戸時代以降、北海道に和人(日本人)が入るようになり、アイヌの土地名に漢字をあてて地名としたことによる。一例は以下の通り。
札幌:サッ・ポロ・ペツ(乾いた大きな川)
小樽:オタ・オル・ナイ(砂浜の中の川)
苫小牧:ト・マク・オマ・ナイ(沼の奥にある川)
稚内:ヤム・ワッカ・ナイ(冷たい飲み水の川)
釧路:クスリ(温泉水)


●山田 秀三(やまだ ひでぞう、1899年6月30日- 1992年7月28日)は、日本のアイヌ語地名研究家、官僚、実業家。
東京に生まれる。 一中、一高、東京帝国大学法学部を経て農商務省、商工省、軍需省化学局長等に勤務。
1941年:仙台鉱山監督局長。在任中に東北各地の地名に興味を持つ。
東北地方・北海道他、多数の地名を現地実証重視で研究した。北海道曹達株式会社の経営者でもあった。


●谷川 健一(たにがわ けんいち、1921年7月28日 - 2013年8月24日[1]、満92歳没)は、日本の民俗学者、地名学者、作家、歌人。日本地名研究所所長。
熊本県水俣生まれ。熊本中学、浪速高等学校 (旧制)、東京帝国大学文学部卒業(専攻フランス文学)。東京大学入学後、結核を患い、各地の療養所を転々とす
在野の学者として日本文学や民俗学の研究をおこない多くの研究書を著した。日本文学の源流を沖縄・鹿児島などの謡にもとめた「南島文学発生論」などの業績をあげ、文化功労者に選出されるなど高く評価された。