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Posted by おてもやん at

2014年07月16日

八代地方梅雨明けか?

今日は八代図書館に於いて歴史講座がありました。「八代城の変遷」と言う話を八代市文化まちづくり課の山内淳司さんがお話になりました。城郭の変遷と言うとらえ方から日本のお城の変遷が八代でほぼ全様を伺う事が出来る非常に恵まれた環境にあるので史跡を大切に保存していきましょう。その様な話でした。近くにある物の大切さ誰しもがあまり気づかないものです。
①中世八代城(古麓城跡)
②織豊期八代城(麦島城跡)
③近世八代城(八代城跡)
※八代城の変遷は、八代の政治・社会構造の移り変わり・・・
上記の3城と麦島城の瓦を製造していた平山瓦窯跡(八代市平山新町)が平成26年3月18日に国の指定史跡に認定されました。


今日は雲は少しありますが快晴です。  八代地方梅雨明けか?

7月16日八代高校正面入り口

  


Posted by マー君 at 15:36Comments(0)八代
 「藪入りや何にも言わず泣き笑い」・・ 三代目(先代)三遊亭金馬の噺「藪入り(やぶいり)」 落語にも出てきます

7月16日「薮入り」とありますがずいぶん久しい懐かしい言葉のように聞こえます現在では「里帰り」という言葉に変わっていると思います。その意味は、奉公人が正月と盆の16日に、主家から休暇をもらうこと。または、その日をいう。薮入りは古くから行われており、初めは正月だけでしたが、江戸中期からは、7月にも薮入りをさせるようになりました。正月の「薮入り」に対して、7月のものを「後の薮入り」といいます。この日は、もともとは先祖の霊を祀る日であり、そのための里帰りであって、奉公人だけでなく、嫁や婿(むこ)も里(実家)に帰りました。それが次第に慰労のための休暇となり、芝居見物をしたり、遊びに行くようにもなりました。現在の帰省ラッシュやUターンなどの言葉は「薮入り」の名残かも知れません。



『故郷の廃家』 唱歌/作詞:犬童球渓/作曲:ヘイス/明治40年(1907)発表 犬童球溪は九州山地の盆地、熊本県人吉市の生まれ。「球渓」は球磨川の渓谷に由来するペンネームです。




 

仏教ではこの日を「閻魔(えんま)の賽日(さいにち)」といい、地獄の釜の蓋(ふた)が開いて、亡者も責め苦を免れる日とされています。
「罪人を責めていた地獄の鬼さえもこの日は休むから、人間も仕事を休む」、あるいは「亡者の責め苦のような辛い仕事から解放させる」、
ということのようです。いずれにせよ、正月と盆は先祖の霊を祀る大切な行事があるので、里に帰して参加させるという考えから始まった風習であると思われます。



  


Posted by マー君 at 05:44Comments(0)行事