スポンサーサイト

上記の広告は90日以上記事の更新がないブログに表示されます。新しい記事を書くことで、こちらの広告が消せます。

  

Posted by おてもやん at
1340年代~1587年の古麓城名和氏が築城相良氏が増改築した複数の城郭群があるお城一時期は島津の城でもありました。この時期のお城は合戦目的にほとんどのお城が造られていましたので山の上の砦と言う形で遺跡は残っています。豊臣秀吉が九州攻めの際、入城・滞在しました。小西氏の時代に廃城となります。この時期においてはキリスト教宣教師の支配下で展開されていた外国貿易に関与する為、また地理的な問題として島津に睨みを利かすと言う事もあって港[徳淵の津 国際貿易港として発展]や水運の管理をするために麦島城[1588年]を造りました。
八代市立博物館 学芸員 鳥津 亮二氏 資料参考
八代城の変遷は 文化まちづくり課 山内 淳司氏  


Posted by マー君 at 20:35Comments(0)
12月19日八代の図書館講座で 八代城の変遷という講座が有りました。講師の方の都合で午前の予定が午後になって、このお話は聞けなかったのですが八代にお城が3つ[建物は無く跡だけですが]もある事は不思議に思っていました。1つ目は新幹線が鹿児島の方に向けて入っていくトンネル付近にあった古麓城、2つ目は古城町にあった麦島城、3つ目が市役所そば松江城町の八代城 では何故この八代にお城が3つも有るのか?こんな疑問に答えてくれた講座だったのでしょう。聞けなくて残念うるうる   


Posted by マー君 at 15:06Comments(0)