水俣病の問題は何度も何度も新聞やテレビで取り上げられてもチッソも国も責任は取らないばかりか熊本県までもよそを向いていたような気もします。行政は見て見ぬ振り、もっと早く手を付けていれば犠牲になった人も少なかったろうに、多くの熊本の人たちがそう思っているに違いありません。国や県は責任を取ったのだろうか。うやむやにしてしまうような問題があまりにも多すぎるように思います。

水俣病の事件史には国ぐるみの欺瞞(ぎまん)、あるいは策謀とも呼べる期間がある。患者発生の公式な確認は1956年。早くからチッソ水俣工場の工場排水が原因に疑われていながら、国が正式に断定するのは68年に至ってからだ►この12年の間、有毒な廃水は流され続ける。工場はひそかに排水口を変更したため、被害は不知火海沿岸一帯に広がった。厚生省(以下、いずれも当時)は工場が発生源と指摘したが通産省は強く反発。排水を規制しないばかりか、徹底して企業の擁護に回った►なぜか。経済企画庁の幹部は後年、本紙の取材に答えている。「みんな知ってたんだよ、原因が工場排水にあることは。しょうがなかったんだ」。対策を求めた水産庁の課長は関係省庁の会議で諭された。「一言で言えば工業立国だよ」►時は高度経済成長期。業界トップのチッソ工場の操業規制は、国内の産業全体に重大な影響を与える恐れがあった。「人命より経済優先」。早期終息も可能だったはずの水俣病は、高度成長の犠牲になって拡大した
►68年9月26日、国は水俣病を公害認定する。チッソが原因物質を生み出したプラントの操業を終えたのは、その数カ月前。「政府は製造の終了まで待ってやった」。そんな見方もある►2度の「政治決着」を経たが、今も健康被害を訴え救済を求める人は絶えない。取り繕いか。混迷、切り捨てか。この半世紀を何と呼ぼう。
2018・09・25  西日本新聞 【春秋】


うやむやなおさめ方が行政ではありません

水俣病資料館 開館時間 午前9時~午後5時まで 入場無料 駐車場無料 休館日 月曜日(月曜が祝日の場合はその翌日)
熊本県水俣市明神町53番地
会期
 平成30年8月25日(土)~12月28日(金)
趣旨
 この企画展では、鬼塚巌さんが撮影し、編集した写真や映像を展示します。水俣市民であり、チッソの労働者であった鬼塚巌さんのレンズを通して、当時の水俣で起きてきたこと、水俣で生活する様々な立場の人々の感情や暮らし、小さな生物から、失われてしまった尊い命や大切な自然などについて想いを巡らせて頂ければと考えます。「おるが水俣」の「おるが」とは「わたしの」という水俣の方言です。あなたにとっての「おるが水俣」「おるが故郷」とはどのようなものでしょうか。考えるきっかけにしていただければと考えます。


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Posted by マー君 at 16:23│Comments(0)熊本出来事
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