2017年02月16日
徳富蘇峰


徳富記念園 (トリップアドバイザー提供) カタルバの花
日本人初のジャーナリストとも言われる、熊本出身の徳富蘇峰が最初に創刊した「国民之友」の作品の話から、色々な著名人との繋がりは蘇峰の人徳が窺える話になっています。蘇峰が残した近世日本国民史(安土桃山時代と江戸時代)近世以降の日本の通史・全100巻は、歴史文献としても非常に貴重なものです。
ちょうど130年前の1887年2月15日、日本最初の総合雑誌が誕生した。熊本県出身の言論人、徳富蘇峰が創刊した「国民之友」だ。当時としては極めて先進的な内容。自由、平等、平和な社会を目指す「平民主義」を掲げ、富国強兵に進む藩閥政治を批判した。►蘇峰は水俣の郷土の家に生まれ、新島襄が創設した同志社英学校で学んだ。帰郷後は熊本市に大江義塾を開いて後進を育てた。門下には孫文の辛亥革命を支援した宮崎滔天(とうてん)がいる。実弟は作家の徳富蘆花►86年に出版した「将来之日本」では、社会を「腕力世界と平和世界」「武備主義と生産主義」「貴族社会と平民社会」の対立構図で分析し、世界の動きを見れば、それぞれ後者が前者を克服すべきだと主張した。著書は評判となり、蘇峰は中央での言論活動を決意。上京し国民之友を発行した►同誌には中江兆民、内村鑑三、坪内逍遥、北村透谷らが寄稿し、政治、経済、文化など幅広い分野で明治の日本に大きな影響を与えた。ただ蘇峰は後に国家主義に転じ、同誌は98年に廃刊した►出版不況や総合雑誌の苦戦が取り沙汰される昨今。雑誌の原点を振り返ってみてもいいかもしれない。熊本市の塾跡と水俣市の生家跡は記念館になっていて、兄弟の足跡をたどれる►ちなみに、塾跡の庭には、恩師新島が蘇峰に送った種から育ったカタルバが毎年5月ごろ、白い花を咲かせるそうだ。
西日本新聞 【春秋】 2017・2・15
●徳富蘇峰
●新島襄
●孫文
●宮崎滔天
●徳富蘆花
●中江兆民
●内村鑑三
●坪内逍遥
●北村透谷
上記の人達、教科書で見た覚えはあると思いますが、どんな人でしょう?
自分の宿題にします。
◎多岐にわたる交友者
蘇峰の交友範囲は広く、与謝野晶子、鳩山一郎、緒方竹虎、佐佐木信綱、橋本関雪、尾崎行雄、加藤高明、斎藤茂吉、土屋文明、賀川豊彦、島木赤彦らの名前を掲げることができる。また、後藤新平、勝海舟、伊藤博文、森鴎外、渋沢栄一、東条英機、山本五十六、正力松太郎、中曽根康弘とも交遊があった。そこにイデオロギーや職業の違いはなく、あらゆるジャンル、年代の多様な人びとと親しく交際した。『近世日本国民史』の執筆に際しても、当時存命であった山縣有朋、勝海舟、伊藤博文、板垣退助、大隈重信、松方正義、西園寺公望、大山巌らに直接取材し、かれらのことばを詳細に紹介している。
親交のあった人の多くは蘇峰の高い学識に敬意をあらわした。与謝野晶子は、蘇峰について2首の短歌を詠んでいる。
●わが国のいにしへを説き七十路(ななそじ)す 未来のために百歳もせよ
●高山のあそは燃ゆれど白雪を 置くかしこさよ先生の髪
Posted by マー君 at 07:34│Comments(0)
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