今の福岡県宗像市で藍問屋の次男に生まれた青年は神戸大に進み、外交官になる夢を抱いた。そんな息子に父は「男と生まれたからには、自分で商売するのが一番じゃ」と諭した►恩師にも「士魂商才、武士の魂をもって商売をやれ」と励まされ、「ようし俺はこれから、国家、社会に必要とされる商人になろう」と決意。商売を一から学ぶため、小さな店に丁稚(でっち)として入り、周囲をあきれさせた►後に出光興産を創業し、1981年に亡くなった出光佐三氏の若き日である。本紙に連載された神田紅さんの「講談福岡立志伝・出光佐三」の名調子から拝借した►「黄金の奴隷たるなかれ」との信念から「会社は事業を目標とし、金を目標とするな」と説いた佐三氏。従業員を大切にして経営が苦しいときも解雇しない日本的な「大家族主義」を貫き、北九州・門司で始めた石油販売の仕事を、日本を代表する石油元売りの大企業に発展させた►出光興産が昭和シェル石油と経営統合することになった。国内ではガソリンなど石油製品の需要が減り、元売り業界は事業を効率化するために統合が進んでいる。両社は3年前から協議を始め、ようやく合意した►協議が難航したのは、外資系の会社と統合して佐三氏の遺訓が守れるか、と創業家が懸念したからという。厳しい生き残り競争の中で「士魂」をいかに受け継ぐか。地元ゆかりの企業のこれからが気になる。
【春秋】 2018・07・18 西日本新聞
出光 佐三(いでみつ さぞう、1885年8月22日 - 1981年3月7日)は明治から戦後にかけての日本の実業家・石油エンジニア・海事実業家。石油元売会社出光興産の創業者。
●神戸高等商業学校で水島銕也校長に師事し「士魂商才」の理念に感化を受ける。また内池廉吉教授の「商業概論」の講義で受けた「商売は金儲けではない」との教えから、1940年に出光興産創業後、大地域小売業を展開した。
弟・出光計助は1966年10月から1972年1月まで第2代社長。長男・出光昭介は1981年6月から1993年5月まで第5代社長。主に九州でガソリンスタンドを展開する新出光(資本関係は無かったが出光本体への出資が2005年に決定)の創業者・出光弘とも兄弟関係にあった。
新出光社長の出光芳秀は甥。甥の妻が推理作家・夏樹静子。
また佐三は故郷の福岡県宗像市に在る宗像大社の再建に貢献した事で知られる。


何度も何度もこの方の名前はニュースにや新聞に取り上げられます。
それほど社会に影響を与えた人だということなんですが、次ぎから次ぎへと起る会社の不祥事や訳の分からない今の政治の在り方など、上に立つ人にはこの人の生き方を大いに見習って貰いたいものです。
【春秋】 2018・07・18 西日本新聞
出光 佐三(いでみつ さぞう、1885年8月22日 - 1981年3月7日)は明治から戦後にかけての日本の実業家・石油エンジニア・海事実業家。石油元売会社出光興産の創業者。
●神戸高等商業学校で水島銕也校長に師事し「士魂商才」の理念に感化を受ける。また内池廉吉教授の「商業概論」の講義で受けた「商売は金儲けではない」との教えから、1940年に出光興産創業後、大地域小売業を展開した。
弟・出光計助は1966年10月から1972年1月まで第2代社長。長男・出光昭介は1981年6月から1993年5月まで第5代社長。主に九州でガソリンスタンドを展開する新出光(資本関係は無かったが出光本体への出資が2005年に決定)の創業者・出光弘とも兄弟関係にあった。
新出光社長の出光芳秀は甥。甥の妻が推理作家・夏樹静子。
また佐三は故郷の福岡県宗像市に在る宗像大社の再建に貢献した事で知られる。


何度も何度もこの方の名前はニュースにや新聞に取り上げられます。
それほど社会に影響を与えた人だということなんですが、次ぎから次ぎへと起る会社の不祥事や訳の分からない今の政治の在り方など、上に立つ人にはこの人の生き方を大いに見習って貰いたいものです。