
沖縄「貝塚」 日本人ルーツ通説に一石 「港川人とは別系統」補強か
四方を海に囲まれた沖縄で旧石器時代に花開いたのは、石器文化ではなく貝を利用した文化だった。沖縄県南城市のサキタリ洞遺跡で出土した「貝器」は、日本人のルーツをめぐる通説の見直しにつながるかもしれない成果だ。
人骨が残りやすいアルカリ土壌の沖縄では、国内最古の山下町第一洞人(3万2000年前)や、港川人(1万8000年前)など旧石器人の化石人骨が発見されている。酸性土壌のため人骨が出土しない本土にかわって、日本人の起源を探る手がかりになると期待され、港川人を縄文人の祖先だとする説が有力となっていた。
しかし、沖縄では旧石器が未発見で、、しかも、サキタリ洞窟でこれまで見つかった人骨や石器、押引文土器(おしびきもんどき)は本土にないタイプだった。このため、沖縄の先史人や文化は本土の旧石器・縄文時代の枠組みではとらえられないのではないか、との問題提起がなされるようになった。本土にない「貝器」の発見もそうした見方を補強するもの、とみる専門家もいる。
一方、今回の発見は謎に包まれた人々の暮らしぶりの一端を明らかにした。調査した県立博物館・美術館の山崎真治主任は記者会見で、「サンゴ礁の島である沖縄は石器に適した硬い石材に乏しいため、身近な貝を使ったのだろう」と語った。ほかに川が二のハサミが、わずか2.5×3メートルの調査範囲から数千点も出土したが、「ハサミは硬く中身も少ない。その部分だけ食べ残して捨てていたのかもしれない」とみている。洞窟が先史人の狩猟・採集のためのキャンプ地だったとも考えられるという。
門脇誠二・名古屋大博物館助教(先史考古学)は、「海の囲まれた環境にあった沖縄の人々が、その環境にうまく適応して暮らしていたことがわかる。沖縄ではその後(本土の縄文時代相当期に)石器が登場してからも貝器を並行して使っており、文化的連続性がうかがえる」と指摘した。
2014・2・16読売新聞社会面より 1面には沖縄 後石器時代の貝器 サキタリ洞遺跡 国内初出土
本土の縄文人は沖縄が源流の可能性は低いようです。これから先にいろいろ解明されるんでしょう。

