2014年05月31日

「花子とアン」続編

「花子とアン」続編


「花子とアン」続編





JR九州 旅のライブ情報誌 プリーズ はJR九州の特急列車の中で、旅行中やビジネスでの移動中に読まれている情報誌です。15万部発行の月刊誌で毎回九州各地の旅の旬を紹介。綿密な取材による新鮮な視点の記事は、幅広い年齢層の読者を獲得しています。情報としては少し遅れましたが№324 ⑤を見る機会があればぜひ一読してください。○九州ものしり学○のページに花子と白蓮の記事・二人が知り合った出初め(東洋英和女学校)からいくつもの試練を越えて花開いたそれぞれの人生・「赤毛のアン」の翻訳者村岡花子と柳原白蓮の死ぬまで続いた知られざる友情を互いの人生の歩み方を通してわかり易く書かれています。このページの最後の一部を紹介します。

一方、花子は震災後、度重なる悲劇に襲われた。夫の会社が倒産し、5歳の長男も疫痢で失う。悲嘆にくれる花子のもとに今度は燁子が駆けつけ励ました。やがて花子は、日本中の子どもたちに上質な翻訳文学を届けることを自らの使命とし、次々に英米作品に取り組む。その傍ら童話や少女小説も書き、市川房枝らの婦人参政権獲得運動に加わり、ラジオで子ども向きのニュース解説も始めた。が、軍国色が強まる中、英語は敵国語とみなされ、友人のカナダ人宣教師たちも帰国を余儀なくされた。その一人ミス・ショーから贈られたのが、「アン・オブ・グリン・ゲイブルズ」。「この本をあなたの手で、日本の少女たちに紹介してほしい」と託された花子は、太平洋戦争中もコツコツと訳出し、昭和27年、59歳でようやく出版したのが「赤毛のアン」だった。本はたちまちベストセラーとなり、以後7年間で10巻のアン・シリーズが刊行されるに至った。戦争は、燁子にも深い傷を残した。学徒出陣した最愛の息子、香織を亡くしたのであった。終戦のわずか4日前、鹿児島串木野で爆撃を受けての戦死だった。しかし燁子は悲しみを乗り越え、「悲母の会」を結成すると全国を行脚し、国際的な平和運動へと昇華させる。そこには戦争の愚かさを訴えてやまない、68歳の強靭な女性の姿があった。どこに行くにも本と筆を携え、歌を詠み続けた燁子は、昭和42年、81歳で死去。翌年、後を追うように花子も75歳の生涯を閉じる。明治から昭和へと変化する時代の中で、自らの人生を全力で切り拓いてきた二人は、生涯、心の友であり続けた。

非常に感動を受ける二人の生きざまです。


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Posted by マー君 at 08:56│Comments(0)記事
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