店先に卑弥呼の顔ハメ看板が立っている。店内には「ひみこみたらし100円」「ひみこそうめん550円」の値段表。奈良県桜井市の団子店「まほろばの里 卑弥呼」は何もかも卑弥呼づくしだ▼「学問の世界では邪馬台国は九州にあったという説も有力みたいですけど、私らは畿内説一本でやってこ言うてます」。店長の林千鶴子さん(94)が笑顔で話す。店員13人が全員70歳以上だ▼開店は12年前。林業が陰り、高齢化が進む中、何とか街を活気づけたいと林さんが提案した。「年齢が年齢だが大丈夫か」。周囲は危ぶんだが、「屋台でもいいから」と訴えて出資者を募り、オープンにこぎつけた▼17歳のとき、大阪大空襲で家を焼かれ、父の郷里奈良へ。60代で夫に先立たれ、家業の自動車修理会社を切り盛りした。苦労の中で培ってきた市商工会女性部の人脈が支えになった。「大事なのは人の輪に毎日入ること。億の財産あったかて家にポツンと一人やったら幸せ違います」。林さんの人生哲学である▼コロナ下で店を開けられない時期は寂しかった。仲間と必ずまた働けると信じて乗り切ったという。思えばこの間、私たちが学んだのは日常のありがたさ。職場での雑談、友人らとの食事。そんな営みの豊かさを知ったいま、林さんの言葉にうなずく▼きょうは敬老の日。あいにく台風の接近で臨時休業となったが、平時なら週6日、店でわいわいガヤガヤ団子を焼く。人生百年時代に必要な「居場所」の作り方を教わった。
朝日新聞天声人語 2022/09/19(月)
人生百年時代に必要な「居場所」の作り方
敬老の日の為に双子の孫たちが幼稚園で作った絵手紙を送ってくれました。・・ありがとう。
台風14号もようやく落ち着いた模様・・庭木の片付けが残っていますがゆっくり片付けます。

人生百年時代に必要な「居場所」の作り方
敬老の日の由来は諸説あります。

歴史上の由来としては、聖徳太子が老人や病人向けの施設「悲田院」を作った日である、元正天皇が養老の滝に行幸した日、もしくは高齢者に贈り物をした日であるなどの説があります。

祝日としての敬老の日が誕生するきっかけとなったのは昭和22年、兵庫県多可郡野間谷村(現:多可町)で行われた敬老会でした。

戦争に子供を送り出し、精神的に疲労していた親の想いに報いるため、9月15日を「としよりの日」として敬老会を催すことにしたのが始まりです。

この「9月15日」という日程は、農閑期であること、気候が良いことに加え、先ほどご紹介した養老の滝の伝説に基づいたものだということです。

その取り組みは村から県、県から国へと広がり、昭和41年は国民の祝日に関する法律が改正され、9月15日が「敬老の日」と定められました。

敬老の日は「多年にわたり社会につくしてきた老人を敬愛し、長寿を祝う」ことを趣旨としています。

平成15年にはハッピーマンデー制度の実施に伴い国民の祝日に関する法律が改正され、敬老の日は9月の第3月曜日に変更になりました。


同じカテゴリー(記事)の記事画像
侍ジャパンアメリカへ
●「寒の内」に平年を下回る寒さ
成人の日
岸田内閣支持率25% 政権発足以降で最低 毎日新聞世論調査
念仏の口止め(12月16日 年中行事)
キューバ危機から60年
同じカテゴリー(記事)の記事
 侍ジャパンアメリカへ (2023-03-17 09:05)
 ●「寒の内」に平年を下回る寒さ (2023-01-22 09:55)
 成人の日 (2023-01-09 11:03)
 岸田内閣支持率25% 政権発足以降で最低 毎日新聞世論調査 (2022-12-19 09:46)
 念仏の口止め(12月16日 年中行事) (2022-12-16 09:14)
 キューバ危機から60年 (2022-10-21 09:44)

Posted by マー君 at 10:57│Comments(0)記事
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。