2018年03月24日
縄文ルネサンス④世界遺産登録推進について
縄文文化と縄文時代を考える上で遺跡や遺物などからうかがえることはあまりにも期間としては長すぎること、そして文化として捉えた場合には地域によっての特殊性を持つ文化もあるので同一視できない文化面が多数出てきます。
このつかみどころがない長い歴史を持つ文化や時代を、ユネスコ遺産登録を目指して各地で行われている活動や現状など九大の古谷嘉章教授が事細かに述べられて登録推薦の難しさを述べておられます。

●世界遺産登録推薦のため優位性を示すことの困難について・・
北海道・青森・秋田・岩手の1道3県では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」のユネスコ世界遺産登録を推進している。「顕著な普遍的価値」とされるのは「人々が狩猟・漁労・採集により定住生活を送り、自然とともに生き、様々な環境の変化に適応しながら一万年以上も続いた世界でも珍しい文化」(『縄文ブック』)だという点だ。遺跡の整備、ウエブサイトの開設、推進議員連盟の結成など、官民一丸の努力を積み重ねて2013年から挑戦してきたが、5回連続して国内推薦を見送られた。ライバルが強力だったことも確かだが、不足点を指摘されているのも事実で、2017年に国の文化審議会世界文化遺産部会が指摘したのは、「北海道・北東北にある縄文時代の資産の優位性や特異性を十分に説明し、日本列島の縄文文化を代表している点を示す」ことだった。
世界遺産認定のハードルが高くなりつつある現状では、縄文文化枠は1件だけだろう。であればこそ、長野や山梨や新潟の重要遺跡を含まない北海道・北東北のリージョナルな縄文文化を、どのようにナショナルへと格上げできるのか。これは厄介な問題である。というのも、1万年に及ぶ縄文時代の日本列島の文化が単一なのかという難問が炙り出されるからだ。八ヶ岳山麓産の(石鏃の材料になる)黒曜石が北海道まで到達していた例などから推定すれば、単一の縄文文化があったとも言える。しかし著しく多様な土器の様式からすると多文化・多言語社会だったかもしれない。それならば縄文文化は多数ということになる。要するに、縄文ルネサンスのなかで、「日本」というもの自体が、予期しなかったかたちで俎上に載せられているのである。
縄文を接着剤として自治体が手を結ぶ動きは、あちこちで活発化していて、首長たちが握手したり、一緒に大臣に陳情したりして写真に納まっている。「信濃川流域の市町村が交流と連携をはかり、地域振興や広域観光を推進すること」を目的として2000年に設立された「信濃川火焔街道連絡協議会」は、かって、火焔型土器という文化的共通性が存在した地域のチームワークの復活である。「縄文遺跡を有する都市のネットワーク化を図り、縄文の魅力・深さ・歴史的意義を全国にPRするとともに、縄文の心や文化観を共有し、まちづくりに活用する方策を探ること」を目的に16都市が設立した「縄文都市連絡協議会」は、1998年から毎年「縄文シティサミット」を開催している国宝の縄文遺物を保有する5自治体の連携は、会員制の縄文国宝クラブといった趣だ。
縄文を介したこうした地域連携が、いくつかの対立陣営を生み出しているのかどうかは不明だが、こと縄文となると、日本列島の中でも東と北に大きく偏っており、それは明らかに縄文遺跡の偏在を反映している。ここでもまた、「縄文時代の日本なるもの」が自明の前提ではなく、解明すべき謎として浮かび上がってくる。
(九州大教授、文化人類学) 古谷嘉章
西日本新聞 文化面 「縄文ルネサンス」 2018・3・9
このつかみどころがない長い歴史を持つ文化や時代を、ユネスコ遺産登録を目指して各地で行われている活動や現状など九大の古谷嘉章教授が事細かに述べられて登録推薦の難しさを述べておられます。

●世界遺産登録推薦のため優位性を示すことの困難について・・
北海道・青森・秋田・岩手の1道3県では、「北海道・北東北の縄文遺跡群」のユネスコ世界遺産登録を推進している。「顕著な普遍的価値」とされるのは「人々が狩猟・漁労・採集により定住生活を送り、自然とともに生き、様々な環境の変化に適応しながら一万年以上も続いた世界でも珍しい文化」(『縄文ブック』)だという点だ。遺跡の整備、ウエブサイトの開設、推進議員連盟の結成など、官民一丸の努力を積み重ねて2013年から挑戦してきたが、5回連続して国内推薦を見送られた。ライバルが強力だったことも確かだが、不足点を指摘されているのも事実で、2017年に国の文化審議会世界文化遺産部会が指摘したのは、「北海道・北東北にある縄文時代の資産の優位性や特異性を十分に説明し、日本列島の縄文文化を代表している点を示す」ことだった。
世界遺産認定のハードルが高くなりつつある現状では、縄文文化枠は1件だけだろう。であればこそ、長野や山梨や新潟の重要遺跡を含まない北海道・北東北のリージョナルな縄文文化を、どのようにナショナルへと格上げできるのか。これは厄介な問題である。というのも、1万年に及ぶ縄文時代の日本列島の文化が単一なのかという難問が炙り出されるからだ。八ヶ岳山麓産の(石鏃の材料になる)黒曜石が北海道まで到達していた例などから推定すれば、単一の縄文文化があったとも言える。しかし著しく多様な土器の様式からすると多文化・多言語社会だったかもしれない。それならば縄文文化は多数ということになる。要するに、縄文ルネサンスのなかで、「日本」というもの自体が、予期しなかったかたちで俎上に載せられているのである。
縄文を接着剤として自治体が手を結ぶ動きは、あちこちで活発化していて、首長たちが握手したり、一緒に大臣に陳情したりして写真に納まっている。「信濃川流域の市町村が交流と連携をはかり、地域振興や広域観光を推進すること」を目的として2000年に設立された「信濃川火焔街道連絡協議会」は、かって、火焔型土器という文化的共通性が存在した地域のチームワークの復活である。「縄文遺跡を有する都市のネットワーク化を図り、縄文の魅力・深さ・歴史的意義を全国にPRするとともに、縄文の心や文化観を共有し、まちづくりに活用する方策を探ること」を目的に16都市が設立した「縄文都市連絡協議会」は、1998年から毎年「縄文シティサミット」を開催している国宝の縄文遺物を保有する5自治体の連携は、会員制の縄文国宝クラブといった趣だ。
縄文を介したこうした地域連携が、いくつかの対立陣営を生み出しているのかどうかは不明だが、こと縄文となると、日本列島の中でも東と北に大きく偏っており、それは明らかに縄文遺跡の偏在を反映している。ここでもまた、「縄文時代の日本なるもの」が自明の前提ではなく、解明すべき謎として浮かび上がってくる。
(九州大教授、文化人類学) 古谷嘉章
西日本新聞 文化面 「縄文ルネサンス」 2018・3・9
Posted by マー君 at 19:08│Comments(0)
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