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Posted by おてもやん at

2020年08月12日

茜雲忌・あかねぐもき

もうあの事故から35年も経つのか・・・?
悲しい出来事は毎年起きていますね、天災であったり人災であったり。
防げる事故もいっぱいあっただろうに。

1985年(昭和60年)のこの日、日航機123便が群馬県御巣鷹山(おすたかやま)に墜落し、520人の犠牲者を出した。生存者は4人だった。

遺族らがつくる「8・12連絡会」が編集したメッセージ集のタイトルから「茜雲忌」(あかねぐもき)とも呼ばれる。日本航空123便は、8月12日18時12分に東京国際空港(羽田空港)を離陸、大阪国際空港(伊丹空港)に向かう途中であった。死者数520人は日本国内で発生した航空機事故では2015年8月の時点で最多であり、墜落事故および単独機の航空事故でも世界最多である。

今日は何の日より
1985年日航機事故墜落した日航ジャンボ機の主翼部分(1985年8月、群馬県・御巣鷹山)=共同

日航機事故35年、安全意識継承に課題 ミス発見模索続く
事故機の調査を担当した運輸省航空事故調査委員会(当時)の元事故調査官、斉藤孝一さん(75)は話す。「難しい修理ではなかったはずなのに」。

事故の原因は機体にある後部圧力隔壁の修理ミスとされる。同機は78年に大阪国際(伊丹)空港で尻もち事故を起こし、米ボーイング社が修理した。そこで指示書と異なる修理がされ、隔壁をつなぐリベット留めが不十分だった。

斉藤さんは「強度が不足してしまうのは明らか。複数のチェックが働いていれば誰かが気づけた」と語る。日航側も見抜けぬまま機体は飛び続け、修理から7年後、上空で操縦不能に陥った。
日本経済新聞 社会・くらし 2020/8/11 より

  


Posted by マー君 at 09:49Comments(0)記念日