とんでもない殿様?だけど
こんな事もしています。
①相撲の吉田司家の招請
②赤穂浪士お預かり
③水前寺成趣園(桃山式回遊庭園)の増築
こんな事もしています。
①相撲の吉田司家の招請
②赤穂浪士お預かり
③水前寺成趣園(桃山式回遊庭園)の増築
6/20図書館講座で元禄の殿様の話がありました。
肥後細川藩3代目藩主・細川綱利です。
彼は2代目藩主細川光尚(父)が31歳死去したため、8歳の綱利が跡目を継ぐ事に成りました。綱利は江戸で成長しますが、甘やかされ、贅沢でわがままな生活ができる環境に育ちました。熊本で藩政に当たるのは19歳に成ってからです。綱利の時代は江戸幕府が出来てほぼ100年、経済が急速に発展したまさに「元禄」の時代です。わがままで贅沢三昧、華美を好み遊興「相撲・歌舞伎など」にふける毎日です。藩財政は徐々に緊迫、重臣たちにより何度も藩政改革を行いました。しかし綱利が70歳で隠居72歳で死去するまでの彼が生前中は藩財政は良くは成りませんでした。日本広しといえども、60年以上も藩主の座にあり、その間贅沢、放蕩、わがまま三昧に明け暮れ、親戚筋や心ある家臣から幾度となく諫言を受けた殿様はあまりいません。小言を言われてその時少しはわかっても、わがままな性格は一生なおらなかったみたいです。
とんでもない殿様です
肥後細川藩3代目藩主・細川綱利です。
彼は2代目藩主細川光尚(父)が31歳死去したため、8歳の綱利が跡目を継ぐ事に成りました。綱利は江戸で成長しますが、甘やかされ、贅沢でわがままな生活ができる環境に育ちました。熊本で藩政に当たるのは19歳に成ってからです。綱利の時代は江戸幕府が出来てほぼ100年、経済が急速に発展したまさに「元禄」の時代です。わがままで贅沢三昧、華美を好み遊興「相撲・歌舞伎など」にふける毎日です。藩財政は徐々に緊迫、重臣たちにより何度も藩政改革を行いました。しかし綱利が70歳で隠居72歳で死去するまでの彼が生前中は藩財政は良くは成りませんでした。日本広しといえども、60年以上も藩主の座にあり、その間贅沢、放蕩、わがまま三昧に明け暮れ、親戚筋や心ある家臣から幾度となく諫言を受けた殿様はあまりいません。小言を言われてその時少しはわかっても、わがままな性格は一生なおらなかったみたいです。
とんでもない殿様です