2014年05月09日
阿房列車と松浜軒

内田百閒(うちだひゃっけん) この方ご存知ですか?
いよいよ今年も八代市の図書館講座が始まりました。講座は文学講座と八代の歴史講座があり毎月第1週の水曜日に文学講座、毎月第3水曜日に八代の歴史講座がおこなわれます。時間は午前10時30分~12時まで2階の大集会室で行われます。参加費無料、予約申し込み不要で誰でも参加する事が出来ます。5月7日の文学講座は当初予定されていた講師の方が体調不良と言う事で急遽、代役として熊本高専英文学科名誉教授・山田 章則先生が「エッセイの楽しみ」という演題で話をされました。
内容はエッセイとは何ぞや・・日本語では随筆(思いつくままに自由な形式で書いた散文)と訳されるが、狭義の意味では「随筆」「散文」「随想」「感想文」などがあり、広義では「小論文」「試論」「評論」などを含む文章を指します。
日本で歴史に残る最古の随筆は平安中期,996年(長徳2)ころから1008年(寛弘5)ころの間に成立した日本最初の随筆文学で作者は清少納言の「枕草子」と言われています。清少納言は、独特の鋭い観察眼と、女性らしい細やかさで貴族の日常生活を綴っています。またその後も随筆文学は、鴨長明「方丈記」、吉田兼好「徒然草」、本居宣長「玉勝間」、松平定信「花月双紙」などの傑作があります。・・このような話から始まり先生ご自身が好まれる作家で福原麟太郎、向田邦子、正宗白鳥、内田百閒などの随筆を1篇づつ紹介されました。
話の中で非常に興味が湧いたのは内田百閒(うちだひゃっけん)1889(明治22年)~1971(昭和46年)夏目漱石門下の日本の小説家、随筆家。岡山市の裕福な造り酒屋「志保屋」の一人息子として誕生。俳諧的な風刺とユーモアの中に、人生の深遠をのぞかせる独特の作風を持ち後輩の芥川龍之介に慕われたそうで本名は内田 榮造。女優の高峰秀子は最も愛する作家として「百閒」を挙げています。彼の代表作「阿房列車・あほうれっしゃ」のなかに実は八代のことが沢山載っているそうです。松浜軒はほんの一時期ですが昭和26年(1951)~昭和33年(1958)旅館として使われていました。今は国指定名勝として文化財にもなっていますが、その当時は松井家も食い扶持として利用されていたのだと推察いたします。そして内田百閒ゆかりのスポットが八代の松浜軒だったのです。百閒は松浜軒が旅館をしていたこの間に9回も八代を訪れ松浜軒に泊まっていて、それも東京からだそうです。
百閒の作品に「八代蚊」というのがあり今回講座の中で紹介されました。熊本は漱石、そして八代は百閒、文学にも自慢できる八代の顔が有ります。内田百閒の事は八代市の文化財さんぽ⑯旧熊本藩八代城主浜御茶屋(松浜軒)庭園 の中にも少し記事が有ります。
生活習慣病重症化予防教室
八代市立博物館〝もののふと茶の湯〟
久々の講演会
病院での市民講座『麻酔科医って何しているの』(闘病日誌)
「追悼 石牟礼道子ツアー」第2回
学芸員のこだわり八代学(第5回)
八代市立博物館〝もののふと茶の湯〟
久々の講演会
病院での市民講座『麻酔科医って何しているの』(闘病日誌)
「追悼 石牟礼道子ツアー」第2回
学芸員のこだわり八代学(第5回)
Posted by マー君 at 14:47│Comments(0)
│講座