2022年08月22日
熱血甲子園こんな歴史も
折々に読者から取材のご提案をいただく。「大戦中の高校野球の悲しさも取り上げて」。そんな手紙をくださったのは徳島新聞の元論説委員長の岸積(つもる)さん(88)。徳島商が優勝した1942(昭和17)年夏の甲子園についての資料が同封されていた▼徳島県石井町のご自宅を訪ねた。「夏の甲子園は朝日の主催ですが、この年は政府が主催した。戦意高揚のためでした」。軍が運営し、球場には「戦ひ抜かう大東亜戦」との横断幕が掲げられた▼徳島商の監督から戦後に岸さんが聞いた話によると、攻守交代のたび、観客の名を呼ぶ放送が響いた。観戦中、留守宅に召集令状が届き、慌てた家族から甲子園に連絡の依頼が相次いだためだ。「この夏はミッドウェー海戦で日本軍が大敗した直後。徴兵が急増したころでした」▼参加校にはこんなルールも通知された。「選手ではなく選士と呼ぶ」「打者は投手の球をよけてはならない」「途中交代は禁止」――。最後まで死力を尽くす戦士であれと教え込もうとしたようだ。考案したのが官僚か軍人かは知らないが、非合理のきわみだ▼翌43年になると「敵性競技に熱中すると親米思想を抱く」として多くの県で野球排撃の決議が広まる。これには戦時下の朝日新聞も「野球によつて敵愾(てきがい)心が無くなるといふのはどうも納得出来かねる」と異を唱えた▼熱戦が続く今夏の甲子園もいよいよ決勝の日。珍妙な時局迎合ルールを押しつけられず、若者が存分に白球を追う時代の幸福をかみしめる。
朝日新聞天声人語 2022/08/22(月)
人の命を鉄砲の玉のように扱った日本の歴史は決して忘れさせてはいけません。
高校野球のルールを変えて野球選手を野球戦士に変えようとした日本の歴史。
これはまともな野球ではありません。
その頃の日常生活もまともではなかったのでしょうね。

熱戦が続いた今年の甲子園もいよいよ今日で終わります。
仙台育英か下関国際か午後2時の開催を楽しみにしています。
朝日新聞天声人語 2022/08/22(月)
人の命を鉄砲の玉のように扱った日本の歴史は決して忘れさせてはいけません。
高校野球のルールを変えて野球選手を野球戦士に変えようとした日本の歴史。
これはまともな野球ではありません。
その頃の日常生活もまともではなかったのでしょうね。

熱戦が続いた今年の甲子園もいよいよ今日で終わります。
仙台育英か下関国際か午後2時の開催を楽しみにしています。
Posted by マー君 at 08:50│Comments(0)
│歴史