2019年03月31日
西暦570年を意味する庚寅
21日の「春秋」にもう一つ、もしかすればわが国最古の暦使用?の記事が最後に書かれていました。
九州大学糸島キャンパスの近くにある元岡古墳群からその太刀は出土しました。
発見されたのは2011年です。



金錯銘大刀は2011年に福岡市西区の元岡古墳群から出土した鉄製の刀。西暦570年を意味する「庚寅(こういん)」などの漢字19字が金で象眼され、「国内で暦が使われた最古の例となる可能性もある」と学術的価値の高さを指摘された。
太刀には「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の金象嵌文字.
大刀は長さ約75センチ。表面がさびで覆われていたが、エックス線撮影で、刀の背の部分に「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の19文字が象眼されているのが確認された。
銘文は刀が作られた年月日(庚寅の年(570年)の庚寅の日(1月6日)) などを記しているとみられ、最後の文字は「錬」の可能性もあるといい 「すべてよく錬りきたえた刀」という意味が考えられるという。

元岡G6号墳の概要
○ 墳丘規模は直径約 18m。 ○ 石室は両袖式単室の横穴式石室。玄室は幅 1.6m~2.1m、全長 2.0m、天井高 1.8m。羨道は長さ
3.0m、幅 1.3m、高さ 1.4m。 ○ 出土遺物:玄室内から銘文入り象嵌大刀 1 点、水晶製切子玉、ガラス小玉、土玉、金銅製耳環、
金銅製飾り金具破片、須恵器容器類など。閉塞部上面から青銅製大型鈴 1 点、墓道床面直上か ら鉄矛 1 点。
これらの遺物が出土したG-6号墳は直径 18m の古墳で、造られた年代が 7 世紀中頃と推定 され、この地域の有力豪族の系譜を引く古墳です。 古墳の形も一般的な円墳ではなく、多角形の可能性もあります。古墳の形や古墳が造られた 年代については、今後発掘調査を継続しながら検討していく予定です。
歴史の解明には時間がかかるものですね。
九州大学糸島キャンパスの近くにある元岡古墳群からその太刀は出土しました。
発見されたのは2011年です。



金錯銘大刀は2011年に福岡市西区の元岡古墳群から出土した鉄製の刀。西暦570年を意味する「庚寅(こういん)」などの漢字19字が金で象眼され、「国内で暦が使われた最古の例となる可能性もある」と学術的価値の高さを指摘された。
太刀には「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の金象嵌文字.
大刀は長さ約75センチ。表面がさびで覆われていたが、エックス線撮影で、刀の背の部分に「大歳庚寅正月六日庚寅日時作刀凡十二果□」の19文字が象眼されているのが確認された。
銘文は刀が作られた年月日(庚寅の年(570年)の庚寅の日(1月6日)) などを記しているとみられ、最後の文字は「錬」の可能性もあるといい 「すべてよく錬りきたえた刀」という意味が考えられるという。

元岡G6号墳の概要
○ 墳丘規模は直径約 18m。 ○ 石室は両袖式単室の横穴式石室。玄室は幅 1.6m~2.1m、全長 2.0m、天井高 1.8m。羨道は長さ
3.0m、幅 1.3m、高さ 1.4m。 ○ 出土遺物:玄室内から銘文入り象嵌大刀 1 点、水晶製切子玉、ガラス小玉、土玉、金銅製耳環、
金銅製飾り金具破片、須恵器容器類など。閉塞部上面から青銅製大型鈴 1 点、墓道床面直上か ら鉄矛 1 点。
これらの遺物が出土したG-6号墳は直径 18m の古墳で、造られた年代が 7 世紀中頃と推定 され、この地域の有力豪族の系譜を引く古墳です。 古墳の形も一般的な円墳ではなく、多角形の可能性もあります。古墳の形や古墳が造られた 年代については、今後発掘調査を継続しながら検討していく予定です。
歴史の解明には時間がかかるものですね。
Posted by マー君 at 08:06│Comments(0)
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