2019年03月19日
キトラ古墳壁画国宝に

朝日新聞デジタルに昨夕、こんな記事がありました。
キトラ古墳壁画、国宝に 文化審議会が答申、昨年重文に
文化審議会は18日、飛鳥時代の極彩色壁画で知られる奈良県明日香村の「キトラ古墳壁画」を国宝に指定するよう文部科学相に答申した。
特別史跡・キトラ古墳の石室で1983年に発見された。東西南北の壁にそれぞれ青龍(せいりゅう)、白虎(びゃっこ)、朱雀(すざく)、玄武(げんぶ)の「四神(しじん)」、天井には東アジア最古とされる天文図が描かれている。下地の漆喰(しっくい)が浮き上がるなど、崩落して壊れる危険があるため2010年まで6年余りかけて厚さ3~7ミリ程度の1143片に分けてはぎとられた。つなぎ合わせてカビなどを除く修理作業を終えたのが16年。ようやく審査できる状況になり、昨年、重要文化財に登録された。
国内の古墳に残る本格的な極彩色壁画は、近隣の高松塚(国宝)と二つだけだが、高松塚は盗掘で南側の壁が崩れて絵が確認できなかった。文化庁の綿田稔・文化財調査官は「キトラ古墳では南側の壁に描かれた『朱雀』もきれいな形で残り、これによって高松塚についても想像できる」と説明。「日本の古代絵画史を考える上で不可欠だ」と評価した。(上田真由美)
特別史跡 キトラ古墳
高松塚古墳に次ぐ我が国2例目の壁画古墳で、1983年の調査で石室内に描かれた極彩色壁画が発見されました。キトラ古墳は、藤原京の南に広がる古代の皇族・貴族などの墓域に所在する小さな円墳で、7世紀末~8世紀初頭頃に造られたと考えられます。東西にのびる丘陵の南斜面に位置し、墳丘は2段築成で、下段の直径が13.8m、上段の直径が9.4mに復元できます。
墳丘の中央には、凝灰岩の切石を組み上げた石室があります。石室には18個の直方体の切石が使われており、石材は古墳から北西に約14キロ離れた二上山から運ばれたものです。石室内部の広さは奥行2.4m、幅1.0m、高さ1.2mで、天井・側壁・床面の全面に漆喰が塗られています。その白い漆喰面に、四神や十二支、天文図などの極彩色壁画が描かれています。
キトラ古墳の現在の墳丘は、発掘調査の成果をもとに、上段・下段とも築造時の大きさに復元しています。墳丘面には全体に保護盛土を施し、南海地震などの被害で大きく崩落していた墳丘の南から南西側も盛土を施し、古代の地形に近づけています。墳丘の前面には、解説板と古代の古墳の姿を体感できる地形模型を設置しています。また、古墳の南西には、四神や天文図、十二支を原寸大で浮き彫りにした金属製の壁画プレート(乾拓板)があり、壁画を写し取る乾拓体験ができます。

発掘調査中のキトラ古墳

墳丘整備後のキトラ古墳

乾拓板

四神の館からキトラ古墳へ
重要文化財 キトラ古墳壁画
キトラ古墳の石室内には、四神、十二支、天文図、日月の壁画があります。四神は天の四方を司る神獣で、壁画は対応する方位に合わせて、東壁に青龍、南壁に朱雀、西壁に白虎、北壁に玄武が描かれています。高松塚古墳では、盗掘により南壁の朱雀が失われていたため、我が国で四神の図像全てが揃う古墳壁画はキトラ古墳壁画のみです。
四神の下には、獣頭人身の十二支が描かれています。北壁中央に子像があり、方位に合わせて各壁に3体ずつが配置されています。現在確認できているものは、子、丑、寅、午、戌、亥の6体です。
屋根形の刳り込みのある天井には、東の斜面に金箔で太陽が、西の斜面に銀箔で月が表されています。天井の平坦面の部分には、円形の中国式の天文図が描かれています。この天文図は、赤道や黄道を示す円を備えており、本格的な中国式星図としては、現存する世界最古の例といえます。

青龍

朱雀

白虎

玄武
以上、文化庁キトラ古墳壁画保存管理施設の記事より

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