2018年11月19日

宮内庁治定の陵墓問題

今日の「編集手帳」から少し横道にそれますが、宮内庁が治定している陵墓についていろいろと問題があるのに、何故、頑なに調査を拒んだり、変更しようとしないのか、このまま宮内庁に陵墓を任せておいていいのか、そんな疑問が膨らんできます。
日本の国の本当の歴史が知りたいと思う人は沢山いるのではないでしょうか。
宮内庁治定の陵墓問題


不思議なことに、日本人は国の始まりにおいて、文字を刻むことに無頓着だった。世界の多くの為政者が墓誌を残し、その事績を後世に知らしめようとしたのとは対照的だ◆大和政権最大の前方後円墳(仁徳天皇陵)でさえ、墓誌は見つかっていない。このため、それが本当に仁徳陵なのか確定できない◆文字こそが歴史を証言することは明白だろう。古代史を語るうえで、「古事記」「日本書紀」の存在は圧倒的である。国立国会図書館が開館70周年を記念して開催している特別展「本の玉手箱」をのぞいても、その思いは強まる。日本国憲法公布の官報からドラマ「太陽にほえろ!」の脚本に至るまで、紙という物に記された文字が、これまでの時代を語っている◆文字情報はネットがあればいいという向きもある。だが現代を数百年後の歴史家が調べた時、今のネット空間はどこまで参照できるだろう。国会図書館はウエブサイトの保存も進めているが、日々大量に生成されるネット言説の多くは残せない◆日本人として自らの歴史をつないでいく、文字を紙などの物として残す意味がそこにある。
読売新聞 2018・11・19 [編集手帳]

墓誌
死者の伝記,功徳を記して墓の中に収めたもの。中国では後漢以後に発達,六朝になると方形の石二つを組み合わせ,一つに墓誌(銘文を伴うことが多く墓誌銘という)を刻し,他に死者の姓氏や地位を刻して蓋とし,柩(ひつぎ)の前に埋めてその標識とした。日本でも中国の風習をうけて奈良時代以降行われた。

以下 Wikipediaより
治定見直しに於ける問題点
現在天皇陵とされる古墳の中には、その天皇の治世と古墳の築造時期が大幅にずれている例が存在する。継体天皇陵として治定されている太田茶臼山古墳はその例で、実際の築造時期は継体天皇の治世より約1世紀前にあたる、と推定されている。また、雄略天皇陵のように、文久年間に別々の円墳と方墳を強引に一つに繋ぎあわせた陵を明治に入り治定した例もある。逆に、天皇陵指定を受けていないが、考古学者によって天皇陵と推定されている古墳も少なくない。これらの古墳は指定を受けていないが故に学術調査が可能で、被葬者の同定が可能となった。
宮内庁は学術的信頼度については「たとえ誤って指定されたとしても、現に祭祀を行なっている以上、そこは天皇陵である」とし、治定見直しを拒絶している。近年では、「治定を覆すに足る陵誌銘等の確実な資料が発見されない限り、現在のものを維持していく所存」[13]としている。これに対して井沢元彦は、現代考古学で明らかに別人と判明している墓を天皇陵として祀ることは先祖霊に対する侮辱であると指摘している。
天皇陵指定を受けていないが、天皇陵と推定されている古墳には、主に以下のものが該当する。
・文武天皇陵:中尾山古墳(奈良県明日香村)
・継体天皇陵:今城塚古墳(大阪府高槻市)
・斉明天皇陵:牽牛子塚古墳(奈良県明日香村)
・推古天皇陵:植山古墳(奈良県橿原市) - ここが初葬地で後に現推古陵へ改葬されたとする説もある

治定見直しに伴う指定の変更
宮内庁は、「皇室の陵墓はあくまでも祭祀の対象であるため、一般の古墳や墓所とは性格が異なる」として、天皇陵を始めとする陵墓の治定見直しならびに指定の変更を拒絶している。この方針は、戦前の旧神祇省・旧宮内省から引き継がれたものである。陵墓及び陵墓参考地の指定変更が行われる場合についても、「被葬者の特定が可能な史料が発見された」「天皇陵ではないことが文献や記録から明らかになった」などのやむをえない事情によってのみ行われることを明らかにしている。
陵墓の治定替え又は治定解除は1912年(明治45年)1月が最後となっており、それ以降は治定替え・治定解除は一度も行われていない。陵墓参考地の治定替え・治定解除も1955年(昭和30年)8月以来行われていない。
治定見直しに伴って、治定替えにより天皇陵とされた古墳には、主に以下のものが該当する。
・天武・持統天皇檜隈大内陵:野口王墓古墳(奈良県明日香村) - これに伴い見瀬丸山古墳が天皇陵から陵墓参考地(畝傍陵墓参考地)に変更されている
・文武天皇檜隈安古岡上陵:栗原塚穴古墳(奈良県明日香村) - それまでは野口王墓古墳が檜隈安古岡上陵とされていた。


同じカテゴリー(歴史)の記事画像
地図の日(最初の一歩の日)(4月19日 記念日)
五百円札発行記念日(4月2日 記念日)
3月30日の出来事
蓮如忌(3月25日 記念日)
北方領土問題について
北方領土の日・2月7日
同じカテゴリー(歴史)の記事
 地図の日(最初の一歩の日)(4月19日 記念日) (2023-04-19 08:58)
 五百円札発行記念日(4月2日 記念日) (2023-04-02 09:08)
 3月30日の出来事 (2023-03-30 08:50)
 蓮如忌(3月25日 記念日) (2023-03-25 08:56)
 北方領土問題について (2023-02-08 09:50)
 北方領土の日・2月7日 (2023-02-07 09:26)

Posted by マー君 at 21:03│Comments(0)歴史記事
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。