2018年03月21日
春分の日
今日は暦の上で「立春」です。
今年のお彼岸のお墓参りも又、大阪組にまかせました。
年に2度のお彼岸ですが、私の墓参りは年に1度の姉弟旅行の時に墓参りを済ませています。

去年もそうだったけど、どうやら今年も墓参りはこの頃になりそうだ・・・。

立春
昼夜の長さがほぼ同じになる日で、この日を境に陽が延びていきます。春分の日は彼岸の中日で前後3日間を春彼岸といい、先祖のお墓参りをする習慣があります。「自然をたたえ、生物をいつくしむ」として国民の祝日になっています。
さて今日の【春秋】
佐賀出身の下村͡湖人の代表作「次郎物語」にこんな場面がある。軍国主義が学校にも影を落とした時代。生徒たちに慕われた教師が辞めることになった。5.15事件についての発言を軍部がとがめ、県知事に辞表を勧告されたという►理不尽を怒り、留任を嘆願しようとする生徒を、教師はたしなめ、「危険分子」と見られた自分に近づかないように諭す。「今の時代は、やたら犬ばかりがふえて行く時代だからね。実は、この家のまえあたりにも、背広を着た犬がうろつきだしたらしいよ」►軍国教育の反省から、戦後の教育基本法は「教育は、不当な支配に服することなく・・」と定めた。「不当な支配」とは、文部科学省のホームページは「官僚とか一部の政党とか、その他の不当な外部的な干渉」とした政府答弁を例示している►これは「不当な支配」ではないか。前文部省事務次官の前川喜平氏が名古屋市立の中学校で公演した内容について、文部省が市教委に報告を求めていた►その際、天下り問題での引責辞任や「出会い系バーの利用」に言及。まるで前川さんが子どもの前で話すのに不適格な人物だと印象付けるように、市教委に報告を求める前に、質問内容を自民党議員が〝添削〟したことも分かった►安倍晋三政権に批判的な前川氏である。「危険分子」と見て排除しようとする「背広を着た何か」が、今の時代もうろついているのか。
西日本新聞 2018・3・21

下村 湖人(しもむら こじん、1884年(明治17年)10月3日 - 1955年(昭和30年)4月20日)は、日本の小説家・社会教育家。本名は下村 虎六郎(しもむら ころくろう)、旧姓は内田(うちだ)。
佐賀県神埼郡千歳村大字崎村(現神埼市千代田町崎村)出身。東京帝国大学英文科卒。大学卒業後に母校佐賀中学校教師や鹿島中学校校長等を歴任。教職辞任後は、同郷で高校・大学同窓の田澤義鋪に従い、講演や文筆活動で社会教育に尽力。青少年に影響を与えた『次郎物語』の著者として知られる。
今年のお彼岸のお墓参りも又、大阪組にまかせました。
年に2度のお彼岸ですが、私の墓参りは年に1度の姉弟旅行の時に墓参りを済ませています。
去年もそうだったけど、どうやら今年も墓参りはこの頃になりそうだ・・・。

立春
昼夜の長さがほぼ同じになる日で、この日を境に陽が延びていきます。春分の日は彼岸の中日で前後3日間を春彼岸といい、先祖のお墓参りをする習慣があります。「自然をたたえ、生物をいつくしむ」として国民の祝日になっています。
さて今日の【春秋】
佐賀出身の下村͡湖人の代表作「次郎物語」にこんな場面がある。軍国主義が学校にも影を落とした時代。生徒たちに慕われた教師が辞めることになった。5.15事件についての発言を軍部がとがめ、県知事に辞表を勧告されたという►理不尽を怒り、留任を嘆願しようとする生徒を、教師はたしなめ、「危険分子」と見られた自分に近づかないように諭す。「今の時代は、やたら犬ばかりがふえて行く時代だからね。実は、この家のまえあたりにも、背広を着た犬がうろつきだしたらしいよ」►軍国教育の反省から、戦後の教育基本法は「教育は、不当な支配に服することなく・・」と定めた。「不当な支配」とは、文部科学省のホームページは「官僚とか一部の政党とか、その他の不当な外部的な干渉」とした政府答弁を例示している►これは「不当な支配」ではないか。前文部省事務次官の前川喜平氏が名古屋市立の中学校で公演した内容について、文部省が市教委に報告を求めていた►その際、天下り問題での引責辞任や「出会い系バーの利用」に言及。まるで前川さんが子どもの前で話すのに不適格な人物だと印象付けるように、市教委に報告を求める前に、質問内容を自民党議員が〝添削〟したことも分かった►安倍晋三政権に批判的な前川氏である。「危険分子」と見て排除しようとする「背広を着た何か」が、今の時代もうろついているのか。
西日本新聞 2018・3・21

下村 湖人(しもむら こじん、1884年(明治17年)10月3日 - 1955年(昭和30年)4月20日)は、日本の小説家・社会教育家。本名は下村 虎六郎(しもむら ころくろう)、旧姓は内田(うちだ)。
佐賀県神埼郡千歳村大字崎村(現神埼市千代田町崎村)出身。東京帝国大学英文科卒。大学卒業後に母校佐賀中学校教師や鹿島中学校校長等を歴任。教職辞任後は、同郷で高校・大学同窓の田澤義鋪に従い、講演や文筆活動で社会教育に尽力。青少年に影響を与えた『次郎物語』の著者として知られる。
Posted by マー君 at 10:20│Comments(0)
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