2018年01月28日

ちょっと志布志まで

志布志の地下式横穴墓が気になって昨日は5時半に起きて志布志まで行ってきました。志布志まで行った理由は短甲と大和政権の結びつきにどうしても理解できなくて現地に行けば何かわかるかもしれない。そんな思いで行くことにしました。
ナビ操作の為、教育委員会から集合場所の原田小学校を教えて貰い出かけましたが、都城経由で約3時間ほどかかりました。
現地に着くと、
地下に埋もれた墓の見学に多くの見学者が集まり私の受付番号は72番でした。午前中だけでも200人近い人の見学者があった様です。
ちょっと志布志まで現地説明場所、右の丘のようなところは原田古墳
ちょっと志布志まで茶畑から見た古墳(裏側)
ちょっと志布志まで茶畑の脇道工事中に 重機が穴に落ち込んで地下式横穴墓が見つかりました
ちょっと志布志まで
ちょっと志布志まで穴が開いた玄室、下には石棺が見えます
ちょっと志布志まで
ちょっと志布志まで周りが茶畑だった頃の原田古墳の写真
ちょっと志布志まで

「以下現地資料より抜粋」
原田古墳
直径40mを超える巨大な円墳で、埴輪や葺石はなかったと考えられています。盗掘を受けているため、どのような人物の墓か詳細は不明です。発見された須恵器から約1550年前の古墳時代中期(5世紀中頃)に造られたと考えられ、大崎町の横瀬古墳と同時期の古墳になります。
円墳は前方後円墳とともに有力者の墓ですが、原田古墳(円墳)の人物は横瀬古墳(前方後円墳)の人物に準ずる地位にあったと考えられています。しかし、円墳としては規模が大きく、当時の貴重品である初期須恵器があることから、原田古墳に葬られた人物は、ある程度の権力を持った存在であったと考えられます。

地下式横穴墓とは?
九州南部の東側の地域、鹿児島県・宮崎県で発見される古墳時代の墓です。地表から深い穴(竪坑)を掘り、竪坑のそこから横方向へ地下通路(羨道・せんどう)を造り、その先に遺体を安置する部屋(玄室)が造られます。大隅半島では遺体が軽石製の棺(ひつぎ)石棺に納められることもあります。玄室や石棺の中には剣やヨロイ、鉄製の鏃(やじり)や鏡、小刀など、さまざまな道具が遺体とともに納められています。
遺体を安置した後は羨道を粘土や土、木の板などでふさぎ、竪坑を埋めます。このようにして地価の空洞を持つ墓に埋葬されました。現在では地上に墓の存在を示すものがないため、地下式横穴墓があることが知られていない場合が多く、工事や農作業中に玄室の天井が崩落し地下の空洞が発見されて存在が判明します。
ちょっと志布志まで
ちょっと志布志まで
ちょっと志布志まで◎副葬品
〈石棺内〉●鉄剣(鞘付) ●刀子(小刀) 布状の繊維(遺体に布をかぶせていた)
〈石棺外〉●短甲(約1500年前・5世紀末)(内部に鉄鏃が納められている) ●鉄鏃(圭頭鏃)2本、(長頸鏃)20本以上 ●ヤリ、ヤリ柄(菱形編漆膜)(石棺の上にあったが柄は横に落ちている) ●鑷子(じょうし)状鉄製品(ピンセット状の金属具) ●鉄斧(てっぷ) ●U字形鍬鋤先(木製のクワやスキの先端に付ける刃)



貴重な短甲
短甲は地方で独自に製造されたものではなく、近畿地方の中央政権(ヤマト王権)が全国に配布したものと考えられています。短甲は墓の主が近畿中央政権と政治的な連携を持っていた証として配布され、その背景には実際の軍事行動などにおける貢献があったと考えられます。
鹿児島県で地下式横穴墓から発見された短甲は、鹿屋市祓川(はらいがわ)と原田の2例のみです。祓川は67年前の発見で詳細な出土状況はわかっていません。3号墓の短甲は出土状況が確認できる県内初の例となります。
短甲のほかにも多くの副葬品が納められていることから、3号墓に葬られた人物は高い地位と権力を持ち、中央政権と関係の強い人物であったことが想像されます。原田古墳との関係は不明ですが、この場所が古墳や地下式横穴墓が集まっている古代からの墓域であった可能性をうかがわせます。

何故、短甲が高墳からではなく地下式横穴墓から出てくるのか?何年か前、えびので見つかったのも地下式横穴墓だった。・・・・
この疑問はやはり残ったままです。?・・?


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Posted by マー君 at 13:31│Comments(0)歴史
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