2017年12月23日

縄文人の「絵」

縄文時代に三角形の石に描かれた「絵」が発見されました。今まで「絵」の発見というのは、長野県富士見町・唐渡野宮遺跡出土の土器(縄文中期)に描かれた女性像しかありません。
縄文時代の「絵」が珍しいことからいろんな先生方が縄文人の造形意識を知る手掛かりになるのではと思考をめぐらせます。12月20日の読売新聞に関連記事が有りましたので一部紹介します。
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小杉康・北海道大教授(考古学)は「置き仮面(マスコイド)のようなもので、祭祀に用いられたのではないか」とする。一方、「縄文人は絵が苦手だった」と考える文化庁美術学芸課の原田昌幸・主任文化財調査官は、この発見に驚きを隠さない。縄文人がほとんど絵を残していないのは、「立体を平面に変換して表現するという発想を持たなかったからでは」と想像するが、だとすれば、存在すること自体がまた不思議だ。
原田氏は、北海道八雲町・栄浜1遺跡で出土した家形石製品や、千葉県成田市・南羽鳥中岫(みなみはとりなかのこぎ)1遺跡出土の写実的な人頭形土製品などを挙げ、「縄文時代にはオーパーツ(場違いな工芸品)とも言うべき、他には例のない奇妙な造形が所々で見つかっている」と指摘。「それが縄文文化の魅力でもある」と語る。果たして、縄文の「人面画」は突然変異なのか、それとも、これを契機に「発見」が相次ぐか。三角形の岩板や土版に注目である。
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去年生まれた双子の孫はまだお絵かきは出来ません。
この子達が絵を書き出すのはいつ頃だろう?
上手、下手は別にして絵を描くという行為は普通に考えれば誰でも生まれながらに持っている能力だとだと思っていました。
縄文人にはその能力は持ち合わせていなかったと考えると、絵を描くという能力はいつの時代からか長い年月をかけて先祖から引き継いできた能力なのでしょうか?      

【2017年の主な文化財関連ニュース】
1月
● 坂本龍馬が「新国家」という言葉を使って暗殺5日前に書いた手紙発見
2月
●初期の江戸城を描いた最古級の平面図「江戸始図」発見
●東弓削遺跡(大阪府八尾市)道鏡ゆかりの「弓義寺・ゆげでら」の塔跡(8世紀後半)発見
3月
●奈良県明日香村の小山田遺跡(7世紀中頃)、全国最大規模の方墳(1辺約70m)と判明
5月
●沖縄県石垣島の白保竿根田原洞穴遺跡(しらほさおねたばるどうけついせき)で、国内最古の約2万7千年前の全身骨格を含む、少なくとも19体分の旧石器人骨出土
7月
●「『神宿る島』宗像・沖ノ島と関連遺産群」(福岡県)が世界遺産登録された。
●八日市地方遺跡(石川県小松市)で、弥生時代中期(約2300年前)の木製の柄が残る最古の槍鉋が出土
8月
●ケカチ遺跡(山梨県甲州市)で平仮名の和歌を刻んだ10世紀中頃の土器
●東弓削遺跡(大阪府八尾市)道鏡が重用した称徳天皇造営の「由義宮」の一部とみられる遺構発見
9月
●戦国城下町の一乗谷朝倉氏遺跡(福井市、15~16世紀)近くで船着き場の遺構
10月
●「上野三碑・こうずけさんぴ」と「朝鮮通信使に関する記録」がユネスコ「世界の記憶」登録。「杉原リスト」は登録されず
11月
●薬師ノ上遺跡(福岡県筑前町)で、1~2世紀頃の、弥生時代初の完全な形の硯(すずり)
●富雄丸山古墳(奈良市、4世紀後半)が国内最大の円墳と判明
●木古内幸連5遺跡(北海道木河内町) 縄文の石、顔料で人の顔 4300年前
●東弓削遺跡(大阪府八尾市)「「由義寺跡」として国史跡指定に

以下、北海道新聞より 11/30
縄文期石製品に「人の顔」 木古内・幸連5遺跡で国内初出土
【木古内】道埋蔵文化財センターは29日、渡島管内木古内町の幸連(こうれん)5遺跡で、人の顔が描かれた縄文時代中期後半(約4300年前)の石製品が出土したと発表した。三角形の板状の石に目や眉などが黒色の顔料で描かれている。縄文時代の顔の絵は極めて珍しく、顔料で描かれ、また石製品に描かれている絵が見つかったのは全国で初めて。同センターは「縄文人の精神文化を探る貴重な資料」としている。
 石製品は砂岩で、縄文時代の竪穴住居跡を覆っていた土から10月19日に出土した。一辺約12センチ、厚さ1・4センチ。砥石(といし)で整えたような跡があり、片面に石の形を顔の輪郭に見立てて眉や鼻、右目などが描かれている。顔料の成分は不明。眉と鼻はつながり、目には瞳がある。口の辺りにはひげ、または入れ墨のような表現が見られる。用途は不明だが、縄文人の精神文化に関わる物と考えられている。
 有史以前の絵画は原始絵画と呼ばれ、顔料を塗ったもののほか、刻んだ線で粘土などに描く「線刻」などがあるが、縄文時代は原始絵画自体の資料が少ない。
 縄文文化に詳しい小林達雄・国学院大名誉教授(考古学)は「写実的な絵は非常に珍しい。顔は命の象徴で、石製品は重要な祭祀(さいし)道具だったのでは」と話す。
 幸連5遺跡は、縄文時代前期~後期(5500年前~4千年前)の遺跡。函館江差自動車道の建設に伴って昨年春から発掘が行われ、住居跡や土器などが多数発見されている。
縄文人の「絵」
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Posted by マー君 at 10:01│Comments(0)歴史
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