2017年09月15日
耕 治人って知っていますか


13日(水)、久々に地元の郷土作家、前山光則先生の文学講座が市の図書館で行われました。
戦後の文学を読むというシリーズで今回は 母と子を隔てた、あの池、 耕 治人「うずまき」を紹介されました。
耕 治人さんは八代に色々ご縁がある方で、生まれは八代市建馬町の日本セメント株式会社八代工場の社宅、今はゆめタウンで前に三楽がありますがその場所で生まれたそうです。そして八代町立代陽尋常小学校(八代市立代陽小学校)を終え、熊本県立八代中学校(八代高等学校)に入学、家庭の事情で熊本に移り住み18歳(1924)の時に濟々黌中学校(濟々黌高校)卒業、その後学業などで熊本から離れておられます。
この「うずまき」という作品は八代高校の校歌の作詞を依頼されて作られたのがきっかけで八代に帰郷することになり、自分の八代時代の事を追憶しながら書かれた私小説です。前山先生の受講者の中にはその当時八代中学校に在学しておられた方もおられ、作品の説明にもその当時の様子を話されたりして興味深い内容でした。
耕 治人は八代高校の校歌のみならず八代市歌の作詞もされていて八代の事に疎い私にはいい勉強になりました。
また、この作品の話をされる前に白島(?)にあった池(今は小さな井戸)のある場所の写真を紹介されました。
作品を理解する上でも一度は見ておきたい場所なので、今日(14日)探しましたが池のあった場所は探しきれませんでした。白島の場所だけは何とか分かりました。なぜ、一番初めに池があった場所のスライドをみせられたのか?この話の問題点がこの池から起きているので前山先生は昔、池があった場所をスライドで紹介されたのだと思います。今ごろ気付くなんてやっぱり鈍いなと反省せざるを得ません。この作品を読んでいくうちにこの「うずまき」の池がどんな池なのか知りたくなる様な作品です。
白島からの帰りに八代市はどうして八代市歌まで作って貰った作家を大事にしないのかな、もっと取り上げてあげればいいのにと思いました。八代ゆかりの著名人は幾人もいますがすぐ思い当たるのは山頭火くらいです。でもこの山頭火はほんのひと時日奈久温泉に泊まっただけで彼の放浪のほんの一部分でしかありません。でも、山頭火は知られていても耕 治人を知る人は八代にはほとんどいないと思うんです。
そう思うと何か寂しさを感じずにはおれません。

誰もが忘れてしまいそうになっている耕 治人という八代にゆかりある作家をもっと日の当たる場所へと作品を紹介をされる前山光則先生をみんなで応援しましょう。

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