2017年09月03日
②ちょっと青森へ【亀ヶ岡石器時代遺跡】
亀ヶ岡石器時代遺跡は江戸時代から、造形的に優れた土器が出土することが知られ、北海道から北日本を中心とする土器を中心とした物質文化、「亀ヶ岡文化」の名称の由来となっています。弘前藩の記事が記載された「永禄日記(館野越本)」や、滝沢馬琴らの鑑賞会の記録「耽奇漫録」などにも、出土品の記録が残されています。また出土数土器の素晴らしさは外国人も魅了し、出島のオランダ商館を通じ、ヨーロッパ諸国にも流出しています。
遺跡は標高7~18m程度の舌状大地(亀山地区)とそれを囲む南北の低湿地(北:近江野沢地区、南:沢根地区)にまたがって立地しています。
土偶、赤塗などの彩色土器、漆器などの遺跡を代表する遺物は南北の低湿地から出土しています。
また、台地部分の亀山地区の南縁部からは、縄文晩期の土坑墓群が確認されたほか、近年の発掘調査で台地北西端部から同時期の竪穴建物跡が初めて発見されました。
これらのことから、従来から言われていたように台地の亀山地区に住居などの居住域が位置し、台地の南縁部に墓域が形成され、その外側に位置し台地を取り囲む低湿地に土器などの「捨て場」が形成されているという、縄文晩期の空間構成が推定できるようになり、「亀ヶ岡文化」を育んだ人々のムラの姿が明らかになりつつあります。
縄文文化 The Jomon Culturee
縄文文化は、紀元前約1万3千年に始まり、世界的にも稀な生物多様性に恵まれた生態系に適応し、自然との共生のもと、約1万年間にわたる持続可能な社会を形成した日本列島特有の先史文化です。本格的な農耕と牧畜を選択することなく、狩猟・採集・漁猟を生業の基盤としながら定住を達成し、協調的な社会を作り上げ、それを長期間継続できた縄文文化は、世界の他地域における新石器時代の文化とは全く異なり、先史文化としては世界史上極めて稀有なものです。
縄文時代と世界史の比較年表
【年代】【時代区分】【主な出来事】【●世界の出来事】【縄文遺跡群】
旧石器時代 細石器文化が日本列島に広がる ●北京原人が活躍する
●ラスコー洞窟の絵画が描かれる
遺跡は標高7~18m程度の舌状大地(亀山地区)とそれを囲む南北の低湿地(北:近江野沢地区、南:沢根地区)にまたがって立地しています。
土偶、赤塗などの彩色土器、漆器などの遺跡を代表する遺物は南北の低湿地から出土しています。
また、台地部分の亀山地区の南縁部からは、縄文晩期の土坑墓群が確認されたほか、近年の発掘調査で台地北西端部から同時期の竪穴建物跡が初めて発見されました。
これらのことから、従来から言われていたように台地の亀山地区に住居などの居住域が位置し、台地の南縁部に墓域が形成され、その外側に位置し台地を取り囲む低湿地に土器などの「捨て場」が形成されているという、縄文晩期の空間構成が推定できるようになり、「亀ヶ岡文化」を育んだ人々のムラの姿が明らかになりつつあります。
縄文文化 The Jomon Culturee
縄文文化は、紀元前約1万3千年に始まり、世界的にも稀な生物多様性に恵まれた生態系に適応し、自然との共生のもと、約1万年間にわたる持続可能な社会を形成した日本列島特有の先史文化です。本格的な農耕と牧畜を選択することなく、狩猟・採集・漁猟を生業の基盤としながら定住を達成し、協調的な社会を作り上げ、それを長期間継続できた縄文文化は、世界の他地域における新石器時代の文化とは全く異なり、先史文化としては世界史上極めて稀有なものです。
縄文時代と世界史の比較年表
【年代】【時代区分】【主な出来事】【●世界の出来事】【縄文遺跡群】
旧石器時代 細石器文化が日本列島に広がる ●北京原人が活躍する
●ラスコー洞窟の絵画が描かれる
----------------------------------------------------------------------------------
紀元前約13000年 草創期 土器や石鏃の使用が始まり、定住化が進み、
ムラが出現する 大平山元遺跡
----------------------------------------------------------------------------------
紀元前約9000年 早期 気候の温暖化が進み、海水面が上昇する(縄文海進)
●長江下流域で稲作が始まる
長七谷地貝塚、垣ノ島遺跡(~後期)
-----------------------------------------------------------------------------------
紀元前約5000年 前期 円筒土器文化の成立 ●中国文明の始まり
●メソポタミア文明の始まり
北黄金貝塚、三内丸山遺跡(~中期)、田小屋野貝塚(~中期)、二ッ森貝塚(~中期)、入江・高砂貝塚(~晩期)、是川石器時代遺跡(~晩期)
----------------------------------------------------------------------------------------
紀元前約3000年 中期 東日本に大規模な集落が発達する
●クフ王のピラミッド建設 ●インダス文明の始まり
大船遺跡 御所野遺跡
紀元前約9000年 早期 気候の温暖化が進み、海水面が上昇する(縄文海進)
●長江下流域で稲作が始まる
長七谷地貝塚、垣ノ島遺跡(~後期)
-----------------------------------------------------------------------------------
紀元前約5000年 前期 円筒土器文化の成立 ●中国文明の始まり
●メソポタミア文明の始まり
北黄金貝塚、三内丸山遺跡(~中期)、田小屋野貝塚(~中期)、二ッ森貝塚(~中期)、入江・高砂貝塚(~晩期)、是川石器時代遺跡(~晩期)
----------------------------------------------------------------------------------------
紀元前約3000年 中期 東日本に大規模な集落が発達する
●クフ王のピラミッド建設 ●インダス文明の始まり
大船遺跡 御所野遺跡
紀元前約2000年 後期 環状列石が出現する
●ハンムラビ法典ができる●殷王朝の成立●ツタンカーメン王即位 鷲ノ木遺跡、小牧野遺跡、伊勢堂岱遺跡、大湯環状列石、キウス周堤墓群
----------------------------------------------------------------------------------------
紀元前約1000年 晩期 亀ヶ岡文化が栄える ●春秋時代
北部九州に稲作が伝来する
亀ヶ岡石器時代遺跡、大森勝山遺跡
----------------------------------------------------------------------------------------
紀元前約300年 弥生時代 吉野ケ里遺跡が栄える ●秦の中国統一●コロッセウム建設

つがる市教育委員会の資料をもとに亀ヶ岡石器時代遺跡の事を勉強させてもらいました。特に亀ヶ岡考古資料室では色々な出土資料の展示品をみせていただきました。その他、木造駅周辺の観光案内も詳しく教えていただきその日の観光には大変役に立ちました。
亀ヶ岡遺跡は岩木川左岸に立地する縄文時代晩期の遺跡です。江戸時代から優れた土器が多数出土することで知られ「亀ヶ岡文化」の名前の由来になりました。亀山、沢根及び近江野沢の三地区からなり、土坑墓群、漆塗り製品、ヒスイ製品の玉類や大型の遮光器土偶などが発見されました。
Posted by マー君 at 11:53│Comments(0)
│歴史