東京都千代田区神田錦町に事務局を置く一般社団法人・人生100年時代協議会が制定。
日付は1月1日から数えて100日目となることが多い(閏年では101日目)4月10日に。シニアライフに貢献する事業を行う同協議会がこの日を「長寿を願い、老舗の商品(店舗・施設)を利用する日」「65歳の4月10日を『終活開始日』」として定着をはかることが目的。記念日は2019年(平成31年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

同協議会は、シニアの抱える不安や悩み、シニアの周辺をとりまく社会課題を解決するための事業を行っている。
その事業の中で、評価認定制度「AGE100RATING」では、社会課題解決につながる「100年存在してほしい商品」を調査し、認定。また、シニア向け情報サイト「AGE100PRESS」において、シニアの皆様に推奨したいサービス・商品・企業を紹介している。
そして、4月10日を「100の日」と制定し、大規模な調査事業や長寿を祝う様々なイベントを開催する予定である。また、「100の日運動」として、55歳の4月10日は「人生半分計画の策定をする日(棚卸、振り返りと、挑戦可能性)」、60歳の4月10日は「定年準備をする日(お金、趣味、コミュニティなど整理)」、65歳の4月10日は「終活開始日」としている。
リンク:人生100年時代協議会
日付は1月1日から数えて100日目となることが多い(閏年では101日目)4月10日に。シニアライフに貢献する事業を行う同協議会がこの日を「長寿を願い、老舗の商品(店舗・施設)を利用する日」「65歳の4月10日を『終活開始日』」として定着をはかることが目的。記念日は2019年(平成31年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。

同協議会は、シニアの抱える不安や悩み、シニアの周辺をとりまく社会課題を解決するための事業を行っている。
その事業の中で、評価認定制度「AGE100RATING」では、社会課題解決につながる「100年存在してほしい商品」を調査し、認定。また、シニア向け情報サイト「AGE100PRESS」において、シニアの皆様に推奨したいサービス・商品・企業を紹介している。
そして、4月10日を「100の日」と制定し、大規模な調査事業や長寿を祝う様々なイベントを開催する予定である。また、「100の日運動」として、55歳の4月10日は「人生半分計画の策定をする日(棚卸、振り返りと、挑戦可能性)」、60歳の4月10日は「定年準備をする日(お金、趣味、コミュニティなど整理)」、65歳の4月10日は「終活開始日」としている。
リンク:人生100年時代協議会
灌仏会(かんぶつえ)」は、仏教の開祖・釈迦(しゃか)の生誕を祝う仏教行事である。地域や寺院によっては月遅れの5月8日に行われる。

一般的には「花祭り(はなまつり)」と呼ばれ、その他に「降誕会(ごうたんえ)」「仏生会(ぶっしょうえ)」「浴仏会(よくぶつえ)」などの別名もある。
古代から釈迦の生まれたインドなどで行われてきた行事で、日本では「お盆」とともに仏教伝来からの歴史がある。この日、各地の寺院では花で飾った小さな堂「花御堂(はなみどう)」が作られ、堂の中央に釈迦の立像を安置し、参拝者が御像に甘茶を注ぐ儀式が行われる。
花御堂は釈迦が生まれたとされるルンビニの花園を表している。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時、産湯(うぶゆ)を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来する。
また、釈迦は母親マーヤーの右脇から生まれ出て、7歩あゆみ、右手を上に、左手を下に向けて、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったという伝説が残っている。この言葉は「全ての人間は尊い目的を果たすために生まれてきた」などの意味があるとされる。
ルンビニは、現在のネパール南部の小さな村で、インドとの国境近くに位置する。釈迦が産湯に使ったとされる池や、アショーカ王が巡礼した時に建立された石柱などが残る。仏教の四大聖地の1つであり、1997年(平成9年)に世界文化遺産に登録された。

リンク:Wikipedia、コトバンク、全日本仏教会

一般的には「花祭り(はなまつり)」と呼ばれ、その他に「降誕会(ごうたんえ)」「仏生会(ぶっしょうえ)」「浴仏会(よくぶつえ)」などの別名もある。
古代から釈迦の生まれたインドなどで行われてきた行事で、日本では「お盆」とともに仏教伝来からの歴史がある。この日、各地の寺院では花で飾った小さな堂「花御堂(はなみどう)」が作られ、堂の中央に釈迦の立像を安置し、参拝者が御像に甘茶を注ぐ儀式が行われる。
花御堂は釈迦が生まれたとされるルンビニの花園を表している。甘茶をかけるのは、釈迦の誕生の時、産湯(うぶゆ)を使わせるために9つの竜が天から清浄の水を注いだとの伝説に由来する。
また、釈迦は母親マーヤーの右脇から生まれ出て、7歩あゆみ、右手を上に、左手を下に向けて、「天上天下唯我独尊(てんじょうてんげゆいがどくそん)」と言ったという伝説が残っている。この言葉は「全ての人間は尊い目的を果たすために生まれてきた」などの意味があるとされる。
ルンビニは、現在のネパール南部の小さな村で、インドとの国境近くに位置する。釈迦が産湯に使ったとされる池や、アショーカ王が巡礼した時に建立された石柱などが残る。仏教の四大聖地の1つであり、1997年(平成9年)に世界文化遺産に登録された。

リンク:Wikipedia、コトバンク、全日本仏教会
国家地方警察本部長官通達に基づき1948年(昭和23年)から実施。
自動車普及に伴う交通事故の急増を受けて、1962年(昭和37年)からは政府の重要施策として交通対策本部が中心となり、交通事故撲滅のために「秋の全国交通安全運動」(9月21日~30日)とともに行っている。
広く国民に交通安全思想の普及・浸透を図り、交通ルールの遵守と正しい交通マナーの実践を習慣付けるとともに、国民自身による道路交通環境の改善に向けた取組を推進することにより、交通事故防止の徹底を図ることを目的としている。また、期間中の4月10日を「交通事故死ゼロを目指す日」に制定し、合わせて運動を行っている。
以下の画像は2018年(平成30年)の「春の全国交通安全運動」のポスターであり、その期間は4月6日~15日となっている。また、「交通事故死ゼロを目指す日」は4月10日と明記されている。

ただし、4年に1度行われる統一地方選挙の年は「春の全国交通安全運動」の実施週が5月11日~20日に変更されるようで、これに合わせて春の「交通事故死ゼロを目指す日」も4月10日から5月20日に変更される。以下の画像は2019年(平成31年/令和元年)の「春の全国交通安全運動」のポスターであり、実施期間の違いを確認することができる。

リンク:内閣府、Wikipedia
自動車普及に伴う交通事故の急増を受けて、1962年(昭和37年)からは政府の重要施策として交通対策本部が中心となり、交通事故撲滅のために「秋の全国交通安全運動」(9月21日~30日)とともに行っている。
広く国民に交通安全思想の普及・浸透を図り、交通ルールの遵守と正しい交通マナーの実践を習慣付けるとともに、国民自身による道路交通環境の改善に向けた取組を推進することにより、交通事故防止の徹底を図ることを目的としている。また、期間中の4月10日を「交通事故死ゼロを目指す日」に制定し、合わせて運動を行っている。
以下の画像は2018年(平成30年)の「春の全国交通安全運動」のポスターであり、その期間は4月6日~15日となっている。また、「交通事故死ゼロを目指す日」は4月10日と明記されている。

ただし、4年に1度行われる統一地方選挙の年は「春の全国交通安全運動」の実施週が5月11日~20日に変更されるようで、これに合わせて春の「交通事故死ゼロを目指す日」も4月10日から5月20日に変更される。以下の画像は2019年(平成31年/令和元年)の「春の全国交通安全運動」のポスターであり、実施期間の違いを確認することができる。

リンク:内閣府、Wikipedia
「清明(せいめい)」は、「二十四節気」の一つで第5番目にあたる。現在広まっている定気法では太陽黄経が15度のときで4月5日頃。
「清明」の日付は、近年では4月4日または4月5日であり、年によって異なる。2023年(令和5年)は4月5日(水)である。
「清明」の一つ前の節気は「春分」(3月21日頃)、一つ後の節気は「穀雨」(4月20日頃)。「清明」には期間としての意味もあり、この日から、次の節気の「穀雨」前日までである。
草や木、水などが清く明らかであり東南風の心地よい季節という意味で「清明」とされる。また、「清浄明潔」の略でもある。全てのものが清々しく明るく美しい頃とされ、様々な花が咲き乱れ、各地でお花見のシーズンを迎える。
江戸時代の暦の解説書『こよみ便覧(べんらん)』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記されている。また、「清明」を花言葉にする花は、キンポウゲ科デルフィニウム属のヒエンソウである。
「清明」の日付は以下の通り。
2016年4月4日(月)
2017年4月4日(火)
2018年4月5日(木)
2019年4月5日(金)
2020年4月4日(土)
2021年4月4日(日)
2022年4月5日(火)
2023年4月5日(水)
リンク:Wikipedia、コトバンク、国立国会図書館

「清明」の日付は、近年では4月4日または4月5日であり、年によって異なる。2023年(令和5年)は4月5日(水)である。
「清明」の一つ前の節気は「春分」(3月21日頃)、一つ後の節気は「穀雨」(4月20日頃)。「清明」には期間としての意味もあり、この日から、次の節気の「穀雨」前日までである。
草や木、水などが清く明らかであり東南風の心地よい季節という意味で「清明」とされる。また、「清浄明潔」の略でもある。全てのものが清々しく明るく美しい頃とされ、様々な花が咲き乱れ、各地でお花見のシーズンを迎える。
江戸時代の暦の解説書『こよみ便覧(べんらん)』には「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と記されている。また、「清明」を花言葉にする花は、キンポウゲ科デルフィニウム属のヒエンソウである。
「清明」の日付は以下の通り。
2016年4月4日(月)
2017年4月4日(火)
2018年4月5日(木)
2019年4月5日(金)
2020年4月4日(土)
2021年4月4日(日)
2022年4月5日(火)
2023年4月5日(水)
リンク:Wikipedia、コトバンク、国立国会図書館

1875年(明治8年)のこの日、明治天皇が水戸家の下屋敷を訪れた際に、お花見のお茶菓子として木村屋(現:木村屋總本店)の「あんパン」が出された。

明治初期、銀座の木村屋がパンを売り出しだが、日本人の口に馴染まずなかなか売れなかった。そこであんをつめて売ると、饅頭に似てしかも変わった風味だということで大ヒットした。
当時天皇の侍従をしていて「あんパン」好きであった山岡鉄舟は、木村屋の木村安兵衛に「これまでは京都の和菓子をお出しすることが多かったが、純日本製の「あんパン」をお出ししたらどうか」とアドバイスした。
木村安兵衛は、それまでの「あんパン」に工夫をこらし、日本を代表する花である八重桜の塩漬をいれた「桜あんパン」を開発した。天皇はこれをいたくお気に召し、木村屋の「あんパン」は皇室の御用達となった。その後、一般にも市販されるようになると、また大ヒットしたという。
記念日は、東京都江東区有明に本社を置き、各種パン・和菓子・洋菓子の製造・販売を行う株式会社木村屋總本店が制定。2001年(平成13年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
関連する記念日として、4月12日は「パンの記念日」、毎月12日は「パンの日」となっている。
リンク:木村屋總本店、Wikipedia

明治初期、銀座の木村屋がパンを売り出しだが、日本人の口に馴染まずなかなか売れなかった。そこであんをつめて売ると、饅頭に似てしかも変わった風味だということで大ヒットした。
当時天皇の侍従をしていて「あんパン」好きであった山岡鉄舟は、木村屋の木村安兵衛に「これまでは京都の和菓子をお出しすることが多かったが、純日本製の「あんパン」をお出ししたらどうか」とアドバイスした。
木村安兵衛は、それまでの「あんパン」に工夫をこらし、日本を代表する花である八重桜の塩漬をいれた「桜あんパン」を開発した。天皇はこれをいたくお気に召し、木村屋の「あんパン」は皇室の御用達となった。その後、一般にも市販されるようになると、また大ヒットしたという。
記念日は、東京都江東区有明に本社を置き、各種パン・和菓子・洋菓子の製造・販売を行う株式会社木村屋總本店が制定。2001年(平成13年)に一般社団法人・日本記念日協会により認定・登録された。
関連する記念日として、4月12日は「パンの記念日」、毎月12日は「パンの日」となっている。
リンク:木村屋總本店、Wikipedia
1911年(明治44年)のこの日、日本橋が木橋から現在の石橋に架け替えられ、その開通式が行われた。
開通式は午後1時から行われ、天候は小雨にも関わらず、大勢の見物客が押し寄せた。その数は100万人とも言われ、あまり群集が殺到したため、ケガ人が出るほどの騒動だった。
日本橋について
日本橋は、江戸時代に東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の五街道の起点となった橋である。初代の木造の日本橋は1603年(慶長8年)に架けられた。
日本橋は地名にもなっているが、江戸の中心にあり、街道の起点であることから、その名前が付けられたといわれている。また、江戸の中で最も賑わう場所として、浮世絵による風景画に多く描かれた。
江戸は火事が多く、木造の日本橋は幾度も焼け落ち、現在の石造の日本橋は20代目に当たるとされる。その日本橋は石造りのアーチを2つ並べた形で、道路橋梁としての技術的な完成度の高さと、欄干部に施された和漢洋折衷の装飾が評価されて、1999年(平成11年)に国の重要文化財に指定された。

橋の中央には「日本国道路元標」の文字が埋め込まれており、裏側には当時の内閣総理大臣・佐藤栄作(さとう えいさく、1901~1975年)の名前が刻まれている。
関連記事:「日本橋」の地名の由来
リンク:Wikipedia、コトバンク
開通式は午後1時から行われ、天候は小雨にも関わらず、大勢の見物客が押し寄せた。その数は100万人とも言われ、あまり群集が殺到したため、ケガ人が出るほどの騒動だった。
日本橋について
日本橋は、江戸時代に東海道・中山道・日光街道・奥州街道・甲州街道の五街道の起点となった橋である。初代の木造の日本橋は1603年(慶長8年)に架けられた。
日本橋は地名にもなっているが、江戸の中心にあり、街道の起点であることから、その名前が付けられたといわれている。また、江戸の中で最も賑わう場所として、浮世絵による風景画に多く描かれた。
江戸は火事が多く、木造の日本橋は幾度も焼け落ち、現在の石造の日本橋は20代目に当たるとされる。その日本橋は石造りのアーチを2つ並べた形で、道路橋梁としての技術的な完成度の高さと、欄干部に施された和漢洋折衷の装飾が評価されて、1999年(平成11年)に国の重要文化財に指定された。

橋の中央には「日本国道路元標」の文字が埋め込まれており、裏側には当時の内閣総理大臣・佐藤栄作(さとう えいさく、1901~1975年)の名前が刻まれている。
関連記事:「日本橋」の地名の由来
リンク:Wikipedia、コトバンク
1951年(昭和26年)のこの日、政治家・岩倉具視(いわくら ともみ、1825~1883年)の肖像の500円札が日本銀行より発行された。
当時の1000円札と100円札の間を埋めるべく500円札(B号券)が発行された。表面は岩倉具視、裏面は富士山。寸法は縦76mm、横156mm。確認しにくいが、野菊と「500」の透かしが入っている。この500円札は1971年(昭和46年)1月4日に支払いが停止された。
500円札(B号券)

1969年(昭和44年)11月1日に500円札(C号券)の発行が開始された。B号券と同じで、表面は岩倉具視、裏面は富士山。寸法は縦72mm、横159mm。原画像はB号券と同じものを使っているため、全体的なデザインはよく似ているが、印刷はより精緻になった。透かしは桜花と波線で、その部分には印刷がされていないため容易に確認できる。
500円札(C号券)

1982年(昭和57年)に500円硬貨が発行された後も、1985年(昭和60年)までこの500円札の製造は続けられ、1994年(平成6年)4月1日に支払いが停止された。以後は500円硬貨がその替わりを担っている。
リンク:日本銀行、Wikipedia
当時の1000円札と100円札の間を埋めるべく500円札(B号券)が発行された。表面は岩倉具視、裏面は富士山。寸法は縦76mm、横156mm。確認しにくいが、野菊と「500」の透かしが入っている。この500円札は1971年(昭和46年)1月4日に支払いが停止された。
500円札(B号券)


1969年(昭和44年)11月1日に500円札(C号券)の発行が開始された。B号券と同じで、表面は岩倉具視、裏面は富士山。寸法は縦72mm、横159mm。原画像はB号券と同じものを使っているため、全体的なデザインはよく似ているが、印刷はより精緻になった。透かしは桜花と波線で、その部分には印刷がされていないため容易に確認できる。
500円札(C号券)


1982年(昭和57年)に500円硬貨が発行された後も、1985年(昭和60年)までこの500円札の製造は続けられ、1994年(平成6年)4月1日に支払いが停止された。以後は500円硬貨がその替わりを担っている。
リンク:日本銀行、Wikipedia

春たけなわの季節になりました。新年度のスタートでもある4月。そんな4月の馴染み深い和風月名は「卯月」です。しかし、その他にも4月の異称はたくさんあります。
『二十四節気と七十二候の季節手帖』などの著者で作家の山下景子さんに、卯月の由来とその他の4月の異称について伺いました。
なぜ「卯月」と呼ぶのか?
「“卯月”の語源には、いくつかの説があります。まず、卯の花が咲く月という意味の“卯の花月”が縮まったという説。
ほかに、この月に稲の種を植えることから“植え月”となり、これが略されたという説や、卯月の“う”は、“初(うい)”や“産(うぶ)”などにつながる音だという説もあります。
その他の4月の呼び名は?

旧暦の時代は、卯月以外にも4月の異称がたくさん使われていたそうです。その中からいくつかを選んで、山下さんに解説していただきました。
【卯の花月】(うのはなづき)
卯月の語源説に登場する「卯の花月」も、実際に使われてきました。「卯の花」は「空木(うつぎ)」の異名です。5~6月頃に、真っ白な小さい花を枝いっぱいに咲かせます。
古くから、初夏の代表的な花として、和歌にも数多く詠まれてきました。
旧暦では4月から夏。昔の人は、空木が咲くことで、夏の到来を知ったようです。
【夏初月】(なつはづき)
「夏初月」は、文字通り、夏の初めの月という意味で、「夏端月」とも書きます。ほかにも、旧暦4月には、夏の始まりを表す異称がたくさんあります。
「孟」は初めという意味があるので、「孟夏(もうか)」。また、「初夏」「新夏(しんか)」「早夏(そうか)」「首夏(しゅか)」も、4月の異称です。
【鳥待月】(とりまちづき)
旧暦4月頃、日本に渡ってくる鳥の代表は、「時鳥(ほととぎす)」です。
『万葉集』をはじめ、最も多く和歌に詠まれた鳥で、当時の人々は時鳥の初音(はつね)を心待ちにしていました。
「鳥待月」の「鳥」も、時鳥をさしているのでしょう。
渡ってきた当初は、まだ声をひそめた鳴き方で「忍び音(ね)」とも呼ばれます。
【麦秋】(ばくしゅう)
「秋」という言葉や漢字には、実りや、収穫時期という意味もあります。
麦が小麦色に熟して刈り入れ時を迎えるのは、初夏。そこから、この時期を「麦秋(ばくしゅう)」「麦の秋」などと呼びました。
旧暦の時代はちょうど4月に重なるので、4月の異称としても使われた言葉です。
【乏月】(ぼうげつ)
「乏月」の「乏」は、欠乏の乏です。この時期、穀物が底をつき、食料がとぼしくなることから、「乏月」とも呼ばれました。江戸時代の文献に出てくる異称です。
当時の人々は、麦の収穫が待ち遠しかったことでしょう。現代の私たちが、どんなに恵まれているかを思わずにはいられません。
【木の葉採月】(このはとりづき)
養蚕(ようさん)がさかんだった昔、各地に桑畑(くわばたけ)がありました。桑の葉の新芽が出る頃、蚕(かいこ)が孵化(ふか)します。
蚕のえさは、桑の葉。その桑の葉を採る月が、旧暦4月頃だったのです。そこから、「木の葉採月」という異名もつきました。
食欲旺盛な蚕に食べさせるため、大変忙しい日が続いたそうです。
【清和】(せいわ)
「清和」の本来の意味は、空が晴れ、空気が澄んで、なごやかなことです。
昔の人にとって、清和という言葉にふさわしいのは、旧暦4月頃の天候だったようで、4月の異称としても使われました。
ですが現代の4月も、すがすがしくのどかで、清和と呼びたくなる日が多いような気がします。
この4月から、新生活を始める方もいるかもしれません。そんな人はもちろん、そうでない人も、うららかな季節を、みずみずしい気持ちで過ごせるといいですね。
ウエザーニュースより