2022年12月17日
「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を煮るがごとし」(老子)
岸田文雄首相が率いる自民党の派閥「宏池会」をかつて束ねた故・大平正芳元首相は「大国を治むるは、小鮮(しょうせん)を煮るがごとし」(老子)という言葉を好んで用いた。為政者は、小魚を崩さずに煮るような丁寧さを心がけなければならないと、この言葉を解していた▲その精神は、首相に受け継がれなかったらしい。岸田政権が決めた安全保障関連3文書と、防衛費やその財源対策のことだ。他国の拠点をたたく「反撃能力」保有の明記は、専守防衛の原則に関わる安保政策の転換だ。ところが有識者会議の提言を受け、国会閉会を待ったかのように方針を決めてしまった▲しかも積算根拠を示さず5年で43兆円の防衛費総額まで決め、増税など財源対策の大枠を固めた。「所得税増税はしない」と約束したつじつま合わせなのか、東日本大震災復興のための所得税を減らし、その分を回すという▲増税に党内から激しい反対論が起きたが、こちらは国債増発頼みの無責任な議論だった。結局、増税時期を巡る決着は先送りされた。どっちもどっちのごまかしである▲多くの国民が安全保障環境の変化は感じている。あるべき防衛の具体像を示し、どうしても財源が足りぬなら国民に負担を願うのが筋だろう。それがいきなりの総額決定、いきなり増税、被災地にシワ寄せとは▲これまで「検討中」の連発を批判されてきた首相だけに、決断力アピールを焦ったのだろうか。だが、強引な手法は逆に混乱を広げる。煮崩れた小魚を残すだけである。
毎日新聞 余禄2022/12/17

大平 正芳(おおひら まさよし、1910年〈明治43年〉3月12日 - 1980年〈昭和55年〉6月12日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位菊花大綬章。
池田勇人の秘書官を経て政界に進出。宏池会会長として三角大福中の一角を占め、田中角栄内閣の外相として日中国交回復に貢献。四十日抗争やハプニング解散で消耗し、選挙中に首相在任のまま死去。「アーウー宰相」や「讃岐の鈍牛」の異名がある。
衆議院議員(11期)、内閣官房長官(第21・22代)、外務大臣(第85・86・95・96代)、通商産業大臣(第31代)、大蔵大臣(第79・80代)、内閣総理大臣(第68・69代)を歴任。首相就任までに椎名裁定、三木おろし、大福密約といった苦難があり、田園都市構想や一般消費税構想は実現しなかった。読書家、クリスチャン(聖公会)として知られ、「戦後政界指折りの知性派」との評もある。
Wikipediaより。
毎日新聞 余禄2022/12/17

大平 正芳(おおひら まさよし、1910年〈明治43年〉3月12日 - 1980年〈昭和55年〉6月12日)は、日本の大蔵官僚、政治家。位階は正二位。勲等は大勲位菊花大綬章。
池田勇人の秘書官を経て政界に進出。宏池会会長として三角大福中の一角を占め、田中角栄内閣の外相として日中国交回復に貢献。四十日抗争やハプニング解散で消耗し、選挙中に首相在任のまま死去。「アーウー宰相」や「讃岐の鈍牛」の異名がある。
衆議院議員(11期)、内閣官房長官(第21・22代)、外務大臣(第85・86・95・96代)、通商産業大臣(第31代)、大蔵大臣(第79・80代)、内閣総理大臣(第68・69代)を歴任。首相就任までに椎名裁定、三木おろし、大福密約といった苦難があり、田園都市構想や一般消費税構想は実現しなかった。読書家、クリスチャン(聖公会)として知られ、「戦後政界指折りの知性派」との評もある。
Wikipediaより。
Posted by マー君 at 11:15│Comments(0)
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