「いじめ」から生まれた「故郷」の名曲
少し遅れて行ったのですが昨日(2/6)、八代市立図書館で文学講座が有りました。教室に入ると何か懐かしい昔を想い出させるようなメロディーの歌声が耳に飛び込んできました。---
♪♪更け行く秋の夜 旅の空の わびしき思いに ひとりなやむ・・・
小さな頃に学校で習い誰もが口ずさんできた
「旅愁」です。この曲はもともとアメリカの
オードウェイの「dreaming of home and mother]と言う曲に
犬童球溪(いんどうきゅうけい)が直訳ではなく作詞したものです。この詩の生まれた背景には球溪の非常に悲しむべき人生での体験が有ります.
球溪は明治12年熊本県人吉市の農家の次男として生まれます本名 信蔵と言います。明治38年東京音楽学校[現 東京芸術大学]を苦学して卒業後、
音楽の教師として兵庫県の柏原中学校(現 高校)に赴任します。その頃は男子校で日露戦争で、荒れる生徒の心を和らげるための授業が、生徒の度重なる妨害の為授業にならず、ついには
病気に成ってしまい赴任したその年の12月に
辞職をします。
その後、新潟高等女学校(現 新潟中央高校)に転任。
「旅愁」は教師として初めて赴任した柏原中学校での苦悩に明け暮れた思いが新潟時代の球溪に作らせた詞であると言われています。いま「いじめ」の問題が色々と取沙汰されていますが、昔も今も変わらないところが有るようです。これは先生が生徒をとは逆になっていますが
「いじめ」は「いじめ」です。でも球溪は
苦悩の中から素晴らしい名曲を遺してくれました。
「旅愁」は球溪27歳の時の作品です。同じ年に
「故郷の廃家」・・・♪♪幾年ふるさと 来てみれば 咲く花鳴く鳥 そよぐ風 ・・・・・も作詞しています。流石、熊本県人
講座の講師は前山 光則氏でした。
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